物語のススメ

蓬葉 yomoginoha

物語のススメ

「ほんとに一人で遊ぶのが好きなんだね、夏織は」

「んー……別にそういうわけじゃないよ。一人遊びも嫌いじゃないって感じ」

「その程度とは思えないけどなあ」

「みんなと話すのも好きだよ」

「それも嫌いじゃないってだけなんじゃないの」

「……」

 言葉に詰まってしまったのは、すぐに否定できなかったからだ。

「夏織は、何にでも興味ありそうだし、何にでも興味なさそうだもんね」

「でも、サヤちゃんと話すのは好きだよ」

「えっ///」




 こんにちは。少し気分が落ち込んでいる夏織です。

 今日はすごろくの気分ではないので、じっとパソコンに向かっています。


 ひとりで過ごすのが好きな人はきっと自ずと物語を作るようになる、そんな気がします。



 いつから書いていたかは忘れました。

 ……嘘です。たしか、小学生の終わりごろ、読んだ本の要素を取り出したような小説をノートに書きだしたのが最初で、それ以降、うなぎ屋のタレのように継ぎ足し継ぎ足していって、今ではノート30冊くらいになりました。

 


 ジャンルは「家族もの」。たくさんの兄弟姉妹とその周りの人たちの日常を描いた、それだけといえばそれだけの物語。

 けれど、日記のように積み重なったそれは、私にとってはかけがえのない物語になっている。

 ストーリーの展開を構想したり、キャラクターが会話したりするとき、自分で作った話なのに、嬉しくなってしまう。まるで自分の子どもが成長した時のように。まだ子どもはいないけれど。

 こういうのを自画自賛というんだろうか。いや、自文自嬉? 

 ……語呂が悪いから自画自賛でいいや。





 そんな私はノートPCを手に入れて、ついに自分の物語をネットに出そうと決めました。

 ひとりの時間も楽しいけれど、せっかくなら、誰かに見てもらいたくて。誰の気をひきたくて。

 サヤちゃんは「ネットの世界は怖いよー」と引き留めようとしてきたけれど、私は勇気を出して、新作を投稿していった。TwitterもInstagramも興味がなかった私が。


 意外とネットの世界は優しかった。私の小説を評価してくれる人が増えた。

 世界は一つじゃないんだと、私は知った。一人なら、知らなかった世界が、そこにはあった。


 

 そして、私は決めた。ずっと書いてきた物語を、愛したとすら言っていい物語を、その世界に出してみようと。

 





 けれど、私は間もなく、思いとどまった。。

 理由はいくつかある。

 一番大きい理由は、あの物語が否定されたら、多分私は立ち直れないから。

 それはもう既に投稿した物語もそうだけれど、でも、あの物語は他とは量が違う。積み重ねてきたものがある。

 それが否定されたときというのは、多分、夢破れたときとおんなじくらい、辛いものだと思うんです。

 平たく言えば、私はそれにビビったんです。


 それからもう一つ。

 なぜだかはわからないけれど、あの物語は、私の部屋の中に置いておくのが正しいんじゃないかと、思ってしまったんです。

 言ってしまえば、だれの目にも触れないままノートの経年劣化とともに朽ちていくのが一番いいんじゃないかと。

 




「夏織がわけわかんないこと言うのはもう慣れっこだけどさ」

「うん」

「その小説の話は、今までで一番わかんない」

「そりゃそうだ。私もわかんないんだから」

「でも……なんていうか、そういう小説の在り方もあるのかもね。ヘンリー・ダーガーみたいな」

「だれ」

「なんか誰にも見せないまま小説書き続けたおじさんらしいよ。お姉ちゃんが教えてくれたー」




 どうなんだろう。

 その人がどういう思いで物語を紡いだかはわからない。

 私は、少なくともあの物語については「この作品を後世に残して」という気持ちでは書いていない。日記のように、ゆっくりと刻んでいるんだ。サヤちゃんが言ってたそのおじさんも、同じだったのかな。


 

 夕方の風を浴びながら、私は一つ、思いついた。

 もしかして、この世の小説家って、意外とそうなんじゃないか。

 自分の本当にほんとうに大切な物語は、自分のためだけにとどめておいているんじゃないか。


 自分だけのための、独りよがりで、尊い物語。


 小説を投稿するようになって、かえってそのすばらしさに気づくとは。人生無駄なことなんて何もないんだなあ。

 




「夏織は、もし人生の最後にそのお話が発見されて、すごいお話ですね、って評価されたら、何て言う?」

「そうだな……。恥ずかしいからまた、元の所に戻しておいてねって言うかな」

「えええ。せっかく見つけてくれたのに?」

「じゃあ、あなただけは読んでもいいよ、特別だよって」

 サヤちゃんは「ふふふ」っと笑った。この子はほんとに笑顔が似合う。

「でも、うん、そうなんだね。小説って誰かのために書くだけじゃないんだね。自分のための、物語か」

「……」

「サヤも書いてみようかなー」

「サヤちゃんとんでもない話書きそう。犯人決めないミステリとか」

「なっ、なんだよそれ!」

 彼女は笑いながらわしゃわしゃと私の髪をかき撫でた。

「ちょっとやめてよ」

「あははっ」

 


 私のノートの中の人々は、勝手に会話をする。私は書記のようにその営みを書き記す。その積み重ねが30冊のノートだ。

 彼らが語るストーリーの間の矛盾も少しはある。まだキャラクターたちが明かしてくれない秘密もある。そんなだからネットには投稿しないというかできないのだけれど。

「……」

 ベッドに右向きに横たわりながら、続きを書いていく。この話も随分長くなった。きっとプロの小説家なら無駄でしかない場面もたくさんあると思う。

 けれど否定される筋合いはない。だって誰かに評価されるための物語じゃないんだ。


 自分のための物語。


 サヤちゃんもたまにはいい表現をするものだ。

 部屋の隅に積もったノート。タイトルを決められなかった、物語。


 

 ノートの表紙に、私はようやく油性ペンをあてた。





 これを読んでる人のほとんどは自分で物語を紡ぐはず。あなたにもそんな物語はありますか?

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