学校でひとりで過ごすこと
鈴木松尾
学校でひとりで過ごすこと
霧嶋が久しぶりに部活に来た。二年ぶりだ。
アイツは高一の秋に祖母とお母さんが亡くなった。家族葬だったからお通夜にも行けなかった。それから練習にも来なかったし、アイツ、平気かなって思っていたら、グループLINEからもいなくなった。それで何かあったのかと思って、教室を見に行ったら、霧嶋は席に座ってた。けど本当に席に座っているだけで、誰ともしゃべってなかった。「なんでアイツはひとりなの?」と同じクラスの木口に聞いてみると「知らねえよあんなヤツ」になっていた。
霧嶋はお葬式が終わってからすぐに部活に来なくなった訳ではなかった。あの頃はコロナの感染者数が初めて一日で千人を超える日が増えてきて、部活自体が自宅で自主練になって、みんなで集まることは禁止された。霧嶋はグループLINEで得意な技とかその練習方法を何本か撮影して、編集した動画を送っていた。ただ誰も観ていなかったと思う。自宅に和太鼓を持っているヤツは誰もいなかったし、持っていたとしてもかなりの騒音になるから音が出せない。打面が樹脂で作られて音が出ない太鼓を持っているヤツもいる。霧嶋も持っていた。音が出ないと言っても、和太鼓程出ないだけで、高校生が打てば、大きくて鈍い音がする。霧嶋の動画は送られてきても誰も自主練できなかったし、次第に、霧嶋本人ではなくてプロが演奏している動画のリンクが送られて来たけど、このときも誰もリプしないで、別のトークが始まっていた。グループLINEから霧嶋が居なくなってから、何かしてしまったのかと思い返してみた。それで初めて気づいた。無視したみたいになってない?ってみんながウワサしていた。多分、クラスでもそうなんだと思う。誰もリプしない状況に気づけなかった。それがみんなにとって普通だったし、何かできる訳でもなかった。流したし流された。
それからの霧嶋は部活に来なくなり、クラスでも用がなければ誰ともしゃべらないようになっているらしい。以前は、いつでもどこでも隙を見てしゃべり続けてて、アイツは口から生まれたんだよって言われてたぐらいなのに。元々、感染症予防で部活と長い私語は禁止されていた。禁止されてなくても霧嶋は人と関わろうとしなかったと思う。
ある日、心配になって、思い切ってお昼に誘った。「学食で食べない?」って誘った。けど霧嶋は来なかった。誰かと食べる約束してるのかと聞くとそうでもなかった。奢ってやるよ、と言っても来ないし、学食じゃなくて、近くにある二郎にも誘ったけど来なかった。並ぶのがイヤなのかと思って、サイゼに誘っても来なかった。お弁当を見ないからそっちの教室で一緒に食べていいかと聞いたとき、霧嶋はかなり引いていた。また別の日、お昼に教室を見に行ったら、霧嶋は居なかった。まさかと思ってトイレにも行ってみたが、居なかった。意地になってこっちはお昼を食べないで探したらやっと見つかった。体育館の観覧席で霧嶋はひとりで食べてた。寒くないのか?と思って見てると、こちらに気づけてないフリしてお弁当を片付けてどこかに行ってしまった。
もちろん、帰りも一緒になるタイミングで教室に行ったけど、一緒なのは廊下を抜けて階段までで、そこから先霧嶋は、自習室に行くとか、図書室で本を読むとか、屋上で空を見る、体育館で筋トレする、音楽室でメトロノームを聴く、既に机に居ない、等、こちらはこちらでしつこいなというのがバレてしまうぐらい、霧嶋を心配した。霧嶋の家の前まで行ったことが何回もある。学校でひとりで過ごす高校生。
霧嶋のことが好きだった。
今月の一日、霧嶋が復帰するって顧問の金城が言っていた。「霧嶋って誰?」と耳打ちする声が聞こえる。今では後輩の方が多い。もう高三だし、発表会は夏に終わってるし、年明けには共通テストもある。
それでも霧嶋はなかなか来なかったけど、今年の部活最終日に来た。三年のほとんどが集まっていた。霧嶋は前と変わってなかった。吹っ切れたのかも知れない。それか、霧嶋には親友ができたのかも。友達とワイワイ騒いだり、言葉遊びで人をからかう雰囲気を、そのまま和太鼓に込めて打っている、そういう感じが変わってない。その親友がボクでないことが寂しい。練習中、曲と曲の合間に霧嶋が金城以外の誰かに話し掛けようとしているのに気づいた。以前の様に、隙があればすぐ近くの誰かとしゃべる、しゃべりたい、という感じだった。それは結局、未遂に終わったけど、帰りの電車の中で思い返してみると、その未遂によってボクは二年間ずっと嫉妬していたんだと気づいた。それは当たっていると思う。
学校でひとりで過ごすこと 鈴木松尾 @nishimura-hir0yukl
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます