第一四話

 これぞ為朝の読み通り、天皇方の総大将である兄・義朝の切り札である。

 義朝はその頃、

(先手を打ち、我が方より夜襲をかけておきながら、戦況がはかばかしくない)

 と爪を噛んでいた。

 やはり何と言っても、わずか三〇騎足らずの弟・為朝勢に手こずったのが痛い。その後南西の御門に回り、父・為義勢を攻めるも、兵力が拮抗していることもあり攻めあぐねた。

 一応の指揮下にある清盛ら平家勢も、心許ない。ウロウロと諸門に寄せては、攻めあぐねて退く……を繰り返すのみである。これは義朝や清盛の力量に問題があるのではなく、やはり寄せ手より守る側の方が必死なためであろう。

 義朝としてはいよいよ決断せざるを得なかった。即ち火攻めである。

(周囲の高貴なる寺院や神社に、火が及ぶかもしれん)

 だからこそ切り札を切るのに躊躇していた。とはいえ、

「火攻めこそが最も効果的な戦術でござる」

 と、出陣前に後白河天皇や関白・忠通に伝え、

「良い良い。寺社など、勝利した後に幾らでも再建出来る」

 と許可を得ている。

「やれ!」

 とうとう、義朝は郎党達に火攻めを命じたのである。

 郎党達は白河北殿にギリギリまで接近した後、馬を降り、火矢をつがえて次々と射た。

 北殿の塀の内に飛んだ火矢は、バチバチと爆ぜるのみでなかなか火がつかない。が、それでも暫くするとあちこちから煙が立ち上り始めた。小半刻も経つと、それらは力強い火柱と化し塀の内中うちじゅうを燃やし尽くさんとした。

 為朝ら主従が見たのは、まさにその、兄・義朝が火攻めを決断し火矢を放った瞬間である。

 と同時に、崇徳上皇が既に落ち延びられたと知った瞬間でもあった。

「新院は、既に大お館様らと共に、お逃げなさったそうですぞ」

 という郎党の報告に、為朝も家季は、

「はあ~!?」

 ぽかんと口を開け、間抜けヅラを二つ並べた。

「まことか?」

「女官共がそう言うておりまする。また左大臣頼長様は、流れ矢が首にあたり、もはや虫の息だそうで」

「頼長なんざ、どぎゃんでんよか。……そうか。新院は既に逃げなさったか」

 俺達オイどんらだけ打ち捨てられたか、と為朝は天を仰いで嘆息し、しかしすぐに郎党達の顔を見回すと、

「されば、もはやこの場に用はない。撤退するばい」

 急げ、と声をかけ、馬に鞭を入れた。為朝とその郎党二八騎は、馬をぴたりと揃え、まさにこれから日が昇らんとする方角へと去った。

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