第一一話

「やあやあ我こそは下野守義朝が一ノ家来、鎌田次郎正清ぞ! これなる御門のたれぞ護りたるや!?」

 百騎が門前に広く展開し、正面の正清が大音声を上げた。

「ほう」

 すぐに為朝が、騎馬にて御門の真ん中へと立つ。

お前達ワイどんらは源氏か。じゃったら主筋の前に立ちはだかるな。早々に立ち去れ」

「さてはやはり、西海道の御曹司か……」

 正清はそう呟くと、周囲の手勢を見回し、

「確かに御曹司は主筋に違いないが、今は朝廷に盾突く賊徒ぞ。勅に従わぬ逆賊をば討ち取りて名を上げよ!」

 と言うが早いか視線を正面に戻し、いやそれよりも早く弓を構えると、矢をつがえて射た。さすがは関東にその人ありといわれた男の妙技である。

「……っ!!」

 為朝は、すかさず顔を右に一寸足らず躱した。間髪を入れず、正清の射た矢は為朝の兜のしころにグサリと刺さった。

「やりおったな!」

 主筋に弓を引くとは何事ぞ、と激昂した為朝は、正清をカっと睨みつけるや否や、馬に鞭をあて駆け出した。その剣幕にギョっとした正清は、

「うわっ」

 と思わず悲鳴じみた情けない声を上げ、逃げ出した。同時に正清を取り巻く手勢百騎も、我先に西へと逃げる。

「待たんかいっ!!」

 鬼神もかくやとおぼしき形相の為朝が、その後を追う。

「お館様っ、待たれませい! 深追いは禁物でござる。我らが役目は御門の警固にござるぞ~っ」

 為朝の背後で、懐刀の須藤家季が必死になって彼を諌めるので、おっとそうだと引き返す。お陰で正清らは危うく難を逃れた。

 そのまま鴨川の河原で本陣と合流すると、

「西海道の御曹司に一瞬で気合い負けし、思わず逃げ帰ってしまいました」

 申し訳ない、と義朝に土下座して侘びた。

「この、たわけがっ!!」

 義朝は掴みかからんばかりの剣幕で正清を叱り飛ばす。

 とはいえ、正清とてそんじょそこらの端武者ではない。義朝の配下指折りの腕利きで、長年義朝に付き添ってきた腹心である。

(まさか正清が、気合い負け!?)

 いや、正清だけの話ではない。正清ら百騎が戻る直前、清盛率いる平家勢も、為朝に恐れをなし西側の御門を迂回した……との報を聞いている。

(これは不味い)

 義朝は眉をひそめた。

 いずれも状況を聞くに、為朝ただ一人にいたぶられたというではないか。

(あ奴をこのまま捨て置けば、士気が落ちる。士気が落ちれば、戦の潮目が変わる……)

 戦とは〝勢い〟である。我が方有利、という勢いに乗り、先手を打って攻撃をかけ、その勢いのまま押し切って敵方を蹴散らし、一気に勝利をもぎ取る。

 ちなみに余談だが、この当時の戦には、

 ――勢いに乗って勝つ

 という大雑把な〝戦略〟のみが存在し、〝戦術〟という概念は存在しなかったと言って良いだろう。せいぜい夜討ちを行うなど、奇襲攻撃を多少行った程度である。

 我が国において戦術らしい戦術を駆使し、用兵の妙により勝率を高めるという概念をもたらしたのは、それこそ為朝を敬愛し、

「我は八郎なれど、稀代の豪傑たる叔父・鎮西八郎為朝と同じ〝八郎〟を名乗るなど、実におこがましい。ゆえに我は九郎ゝゝと名乗ろう」

 と謙遜した、後年の源義経だったかもしれない。その義経はこの時から三年後、他ならぬ義朝の八男として生まれた。それもまた、ひとつの因縁かもしれない。

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