第二話

 すぐに座の中央が空けられ、鴨居に頭を打ち付けた大男と、その父が招き入れられた。

「これなるは我がせがれ、八郎為朝にございまする」

 大男の父が、御簾を隔てて上皇に向かい、うやうやしく平伏した。きっちりと鎧を着込んでいる。

 我が八男、と父に紹介されたその男は、何故か父の傍らに仁王立ちのままである。

 ――鬼か!?

 誰もが目を丸くして、男を眺めた。

 当世、身の丈六尺程の大男ならば、珍しいとはいえ時折見かける。しかしこの男、床から六尺の高さにあるのは、頭ならぬである。

 その、装束の上からもそれと判る隆々とした肩のさらに上に、齢一八の若武者の頭があった。まごうことなき堂々たる七尺男である。暑いさなか九州から上京したせいで、白い顔が赤く日焼けしている。まさに鬼である。

 父同様、武装はしているが、どうにも中途半端なのが気にかかる。籠手や脛当ては着けているのに、胴や草摺は着用していない。

(なるほど。この、鬼の如き大男の体格に合う鎧なぞ、そこらに都合よく在ろう筈がなかろうの)

 仕方なく、寸法の合う具足のみ装着したのだろう。

 上皇はそう気付き、くすりと笑みを漏らした。

(それにしても、まあ立派に育ったものよのう……)

 数年ぶりに見る彼が、想像通り実に頼もしいではないか。

 あの当時、時の権力者である少納言信西を巧みにやり込め、そしてその逆恨みをかった少年は、その後九州に向かった。

 父親が、表向きは少年の無礼を咎め勘当した事にし、九州の親戚のもとへ逃したのである。

(何とも哀れな事よ。こちらが呼びつけて、その腕を披露させたがばかりに……)

 上皇もその噂を耳にして気の毒に思い、密かに身辺の者を遣わして、九州へと発つ寸前の少年に熊野のお守りを贈った。少年はその後さっさと親戚の許を離れ、瞬く間に九州一円を制した。

 今、目の前に立つ七尺男は、まさにあの時の少年である。数年前に上皇が気にかけた、あの少年で間違いない。

 父親は源氏の棟梁らしく豪快な顔つきをしているが、男は何故か、父親にあまり似ていない。赤く日焼けしてはいるが、色白で目鼻が整っている。母親は摂津国江口の評判の美女だと小耳に挟んだが、男はその母親似なのかもしれない。いずれにせよ、あの頃の面影がしかと残っている。

 上皇はあたかも、久々に再会する我が息子を眺めるかのように、男に見入った。

 他方、その男。――

 早う平伏せいと傍らで袖を引く父をよそに、

「先般検非違使けびいし罷免されしゝゝゝゝゝ、これなる源為義が八男、為朝にござる。戦の評定と聞き、急ぎ駆け付けたばってん……」

 ぎろりと目を見開き、居並ぶ者達を見渡すのである。

「評定ならぬ、酒の席とは……。どぎゃん有様か!?」

 わずかに怒気を帯びた声が、室内に響き渡った。

 その、男の礼をわきまえぬ態度、台詞に敏感に反応したのが、御簾の傍らにいた左大臣頼長である。

「無礼者っ!!」

 即座に男を一喝した。男は鎮西総追捕使をかたっているが、所詮は自称であり、無位無官の野人に過ぎない。卑賤の者が、居並ぶ殿上人らを好き勝手に批判するなど、あってはならぬ大失態である。

「新院(崇徳上皇)の御前であるぞっ! 無礼な態度に身の程知らずな嫌味、終いには余計な口出しを……。さすがに看過出来ぬわ」

 頼長が上座から、腰を浮かさんばかりの勢いで男を睨みつける。

たれぞ、そこな下賤の若造を叩き出せ!」

 はっ、と一同うろたえるが、誰もその鬼の如き七尺男に近寄ろうとする者はいない。

「早う、そ奴を叩き出さぬか!」

「これこれ、落ち着かれよ左大臣」

 上皇は、珍しく御簾の奥から小声で頼長をたしなめた。

「今はいくささなかゝゝゝである。礼など二の次で構わぬ」

「はっ。……されど」

「されど、ではないわ。劣勢なる我が方にとって、あの父子こそが頼みである事を、忘れたか!? もそっとおおらかに応対せずばなるまい」

「はあ……」

 頼長は上皇の言葉に、はっと我に返ったように冷静になった。

 ひとつ、咳払いをし、

「新院の格別のお許しである。戦のさなかゆえ、略礼を許す。……それにそのほう、ちと勘違いしておるやもしれぬが、その方の父・為義の官職を剥奪したのは、新院や我々ではないぞ。先般みまかりし一院(鳥羽上皇)の御所における宣下である。我らに苦言すは筋違いであろう」

 と男を諭した。さらに、

「それよりその方、九州にて大いに戦を重ね、名を上げつつあると聞き及ぶ。此度こたびの合戦について、趣き計らい申せ」

 と問いかけた。

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