第7話 今日はお泊りで!

「……」スヤァ

「……寝ちゃったよ」


 アカネは俺の隣に座ったまま、何とも気持ちよさそうに眠っていた。


「泣き疲れたんだな、きっと」


 アカネの頭を優しく撫でる。細い髪がサラサラと揺れた。


「しっかしどうするか」


 時刻は夜の21時。さすがに遅い。そろそろ起こして家まで送っていかないと……なんて思っていると、ブーッ! と床に置いていたらしいアカネのスマホが鳴った。通知画面に、


『お母さん:お泊り用の血液パック持っていくの忘れてるわよ~。コンビニで買いなさい』


 と表示される。

 

 ……お泊り? え、姫野さん、俺の家に泊まるつもりだったの?

 

 ふと、アカネの持ってきた大荷物を思い出す。なるほど、アレは夕飯を食べにくるためだけの荷物ではなかったらしい。

 

「しかし……付き合って1週間と少しの彼氏の家に泊まりに来るって、今はそれが普通なのか?」


 まあ泊りでおOKということならもう少し寝かせておいてあげてもいいかと、とりあえず俺のベッドまで運ぶことにした。

 

「よいしょっ……と」


 アカネは軽かった。運動不足系陰キャの俺でも抱えられる。

 

 ……実は結構、体が小さいんだな、姫野さん。普段とても目立つからそんな感じしなかったけど、もしかして150センチ無い? 細身だし、出てるところは出てるから、それで少し身長も高く感じたのかな。

 

「っと、いかんいかん。寝てる彼女をこんなじっくり観察するのは……」


 もうちょっと抱きかかえていたい衝動をこらえ、アカネをベッドへと寝かす。


 ……こうして寝ている姿を見るのは1カ月前の保健室以来だな。まあでも、あの時の姫野さんは起きてたけど、なんだか懐かしい。

 

「それにしてお無防備だな。俺に襲われるかも、なんて考えないのかな?」

 

 自分で呟いておきながら、まあ考えもしないんだろうなと、そう思う。

 

 ……姫野さんは屋上前で初めて言葉を交わしたあの日も、すぐに俺のことを信じてくれたし。俺としてもそんな信頼を踏みにじって襲う気なんてさらさらない。

 

「それに、いくらなんでもそういう関係はまだ早すぎるもんな。俺たちまだ高1だし。だいいちそういう段階っていうのはもっとこう、準備をしてから……」


 そう言いかけて、ハッと。俺は気が付いた。

 

 ──夕飯に誘った時のアカネの驚き顔。


 ──『ちゃんと準備してきたから』という言葉。

 

 ──俺の部屋に入ってきた時の緊張し切って挙動不審だったアカネの姿。


「……あれ? もしかして、姫野さん」


 ……俺と『そういうこと』する気、満々だった……?


「う、うそぉぉぉっ⁉」


 思い至るやいなや、顔がめちゃくちゃ熱くなる。

 

「マ、マジで? うそ、え? えぇっ⁉」


 ……よくよく思い返してみる。……あれ? 考えてみれば『両親がいないから』とか、『そういうこと』するときの定番の誘い文句じゃないか? 俺、自分からそんな風に誘っておきながら姫野さんからのアプローチを全スルーしてたのか?


「さ、最低すぎる……」


 自己嫌悪だった。これはホント良くないことをした。……ただ、嬉しいこともある。


「俺が誘ったら、姫野さんは……OKしてくれるってことなんだよな」


 それくらい、俺のことを信頼して、好きでいてくれるということなのだ。


「ありがとう、姫野さん」


 俺はベッドで眠るアカネの頭を再度、撫でる。それからその体に布団をかけた。


「俺、絶対に君を大切にするから。今度はちゃんと、自分の意思で誘うから」


 相変わらずアカネは俺の腕を放さない。俺はベッドの上のアカネの寝顔を眺めつつ、そのままうつらうつらとして……寝落ちした。

 

 ──その夜、俺はとても懐かしい夢を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る