第6話 イチャイチャゲーム実況を生配信

 アカネを連れて、俺の自室に入る。

 

 ……ひと通り掃除はしたし、変なものも仕舞ったし、なにも問題はないはずだ。


「どうぞ、適当なところに座って?」

「は、は、はいっ!」


 アカネはなんだかロボットみたいな硬い動きで部屋に入ってくると、そのままベッドへと腰かけた。

 

 ……さて、と。


「じゃあ、さっそく……」

「っ! う、うんっ!」

「なにしよっか? えっと、ゲーム機ならいくつかあるんだけど」

「えっ?」

「あ、別にゲームじゃなくても全然いいよ。普通にお喋りだけでも。ただ、なんかやりながら話してた方が手持ち無沙汰ぶさたにはならないかなって思ってさ」

「えっと、うん……そうだね?」

「じゃあこれにしよっか。『金太郎電鉄』。ルールもそんな難しくないし」

「うん……あの、そ、それだけ?」


 アカネが恐る恐るといった様子で訊いてくる。

 

 ……それだけ? ってどういうことだ?


「えっと、金鉄は嫌だった?」

「いや、そうじゃなくて……」

「え?」

「な、なんでもない……」


 問い返す俺に、アカネはなんだか複雑そうな表情で答えた。ただ、その様子はどこかホッとしているように見える。


「……そうだよね、いくらなんでも早すぎるもんね。私は別に、それでもよかったけど……」

「姫野さん?」

「あっ、うん。なんでもないの、ホントに!」


 アカネは何かをごまかすようにパタパタと手を振る。


「そ、それにしても岸本くんの部屋ってゲームとかパソコンとかいっぱいあってすごいね!」

「あー、そうかも。俺、友達とかと遊んだらしないから、小遣いとか基本こういうのに使ってるんだよね」

「そうなんだ……あ、なんかこういうヘッドホンとかマイクとか、配信者とかが持ってるのと似てるね」

「……ちょっと言うの照れるけど、実は俺、趣味でゲーム実況してたりするんだよね」

「えっ、うそっ! 岸本くんがっ?」


 アカネはえらく食いついてきた。


「私も実況動画とかよく見るよ〜! いいなぁ、岸本くんが実況してるんだぁ……私も見てみたいなぁ」

「お、俺のはぜんぜん大層なものじゃないよ?」

「見てみたいなぁ〜」


 アカネがヘッドホンを持ってジリジリと距離を詰めてくる。


 ……うっ、これは断れない雰囲気か? 興味を持ってくれるのは嬉しいんだけど、さすがに照れるぞ……?


「お願い岸本くん……そうだ、終わったらいっぱいチューしてあげるっていうのはどう?」

「……」


 ……なるほど。それは、やぶさかではないな。




 * * *




「それじゃあ、実況していきまーす」


 俺は生配信をスタートさせると、ヘッドホンのマイクに向かってそう言った。3人ほど視聴者が入ってくる。


「じゃあ、前回の続きからやります。えーっと、ここどこだっけ」

「ねぇ……」

「あっ、そっか。ダイランドに追われてるんだっけ。ヤベ、足音聞こえたわ」

「ねぇ、ちょ、ちょっと……っ!」

「あ、うん? イテテっ⁉」


 ギュゥ、と。腕を強く掴まれた。振り返ればそこには顔を青くして画面をにらみつけるアカネの姿が。


「ど、どうしたの、ひ──」


 姫野さん、と言いそうになってこらえる。

 

 ……危ない危ない。これは生配信なんだ。マイクもONのままだし、名前を出すわけにはいかない。

 

『え、いまなんか女の子の声聞こえなかった?』


 配信サイトのチャット欄にコメントが追加される。お? 配信始めてから初コメントだな。


「えっと、今日はゲストでカノ……友達が来てくれてます」


 マイクに向かってそう話すと、


『今の彼女って言いかけなかった?笑』

『横に彼女置いてホラゲ実況とかリア充過ぎんか』

『可愛い声の女の子がいると聞いて←』


 次々にコメントが追加される。また視聴者数も4、7、10とどんどん増えていく。

 

 ……おお、反応すご! これが女の子パワーなのか……?


「この廊下を抜けて行きまーす。あ、ゾンビいるな。無視無視」

「コワイコワイ、はやく行ってぇ!」

「この部屋に入りまーす」

「だめっ! やだぁ! 絶対中に居るもん!」

「ゾンビは……居ないみたいですね、残念」

「ぜんぜん残念じゃないよぉ……もう帰ろうよぉ……」


 隣でアカネが怯えた声を出すたびに、視聴者のコメントが投げられてくる。


 ……なんかちょっと、ワクワクするな。登録者数35人の俺のチャンネルに、いまもう50人以上集まってるんだがっ?

 

 怯えるアカネをしり目に、楽しくなってきた俺は実況を続ける。


「さて、警察署の地下に来たけどー、暗いなー」

「ヤダヤダ、行かないでぇ……」

「狭いし、なんかいそうだなー」

「帰ろ? ねぇもう帰ろ? さっきのケガしたオジサンのとこでずっとお話してよ?」

「そんなことしてたらダイランド来ちゃうよ……」


 何だかんだ言いつつも画面にくぎ付けになっているアカネが微笑ましい。ちなみに、コメント欄は見たことないくらいに盛り上がっていた。


『マジ可愛いな。めっちゃ怯えてんじゃん』

『声優? 声めっちゃ綺麗』

『彼女イジメんなー笑』


 もう完全に彼女認定を受けていた。まあ、彼女って言いかけちゃったし仕方がない。それにしても楽しいな、ふたりでこうやって同じゲームにのめり込むっていうのは。

 

 ……これからもたまには、こういう時間を過ごせたら嬉しいな。

 

 そんな風に思っている時だった。ゲーム画面の端から勢いよく何かが飛び出してくる。


〔バウワウッ! バウバウバウッ!〕


「イヤァー--ッ⁉」

「うわっ⁉」


 アカネが横から思いっきり抱き着いてくる。俺はむしろそっちの方にビックリしてしまう。


「いやぁぁぁっ、ゴワイよぉ……うぅっ、ヴぇぇぇんっ」

「えっ、ガチ泣きっ⁉ ……って、あ、死んでた」


 画面を見れば血文字で『YOU ARE DEAD』と表示されている。アカネを脅かした張本人であるゾンビ犬に噛み殺されてしまったようだ。


「え、えっと……ちょっとトラブルのため今日の配信はこれで終わりまーす」


 俺はマイクを切って配信も切ると、俺にしがみついてグズるアカネの背中をポンポンとさする。


「ひ、姫野さん、もう大丈夫だから。ゲーム終わったから」

「うわぁぁぁんっ!」

「ヨーシヨシ。怖かったねぇ」

「うん゛っ! ごわがったよぉぉぉ……」


 ポロポロ涙をこぼすアカネの頭を撫でつつ、思う。

 

 ……姫野さん、泣き顔もめっちゃ可愛いんですが! ああ、どうしよう。このままじゃ変な性癖に目覚めそうだ……!

 

 それからしばらく、俺にしがみついて泣きじゃくるアカネをなだめて過ごした。

 

 ──これは余談だが、俺のチャンネル登録者数はこの日の実況を境に、500人を超えることになった。

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