第5話 俺は陰キャでホントよかった

 放課後、夕飯の支度を済ませてしばらくしたところ。ピンポーンと家のチャイムが鳴った。時計を見ればいつの間にかもう7時だ。俺は急いで玄関へと向かい、ドアを開ける。


「こ、こんばんは、岸守くん」

「こんばんは、姫野さん」


 ドアの向こうにいたのは本日のゲスト、学校No1美少女の姫野アカネだ。いつもと変わらぬ可愛さだ……が、しかし。なんだろう、どこかいつもと雰囲気が違う。なにか違和感が……あっ。


「姫野さん、着替えてきたの? いつもの制服じゃないね」

「えっとね、一回家に帰ったの。制服はその、汗とかかいちゃったから」

「そっか……あと、もういっこ気になってるんだけど、その大荷物はいったい……?」

「あ、これ? 着替えとかいろいろ詰めたら大きくなっちゃった」


 えへ、とアカネはパンパンに膨らんだショルダーバッグを叩きながら困ったように笑った。

 

 ……女の子は荷物が多くなりがちとは聞いたことがあるけど、まさかこれほどとは。よその家で夕飯を食べるだけでもこれだけ準備が必要なのか。


「えっと……それじゃあ姫野さん、中へどうぞ」

「う、うん。お邪魔しまーす……」

「そのバッグは俺が持つよ」

「あ、ありがと」


 アカネのスリッパを用意し、家を案内する。洗面所の位置を教えて手洗いをしてもらって、その後にリビングへ。


「うわぁ、すごい。これ全部、岸守くんが用意したのっ?」


 アカネは食卓の上を見て、口を押えて驚いた。今日テーブルの上に並んでいるのはコロッケに千切りキャベツ、きんぴらごぼう、お漬物、お味噌汁だ。


「作ったのはお味噌汁だけなんだけどね。コロッケは俺の行きつけのお肉屋さんで買って、千切りキャベツときんぴらごぼうはスーパーで買ってきたやつだよ」


 炊いていた白米をよそいながら正直に答える。正直俺は料理とかめんどくさい派の人間だ。バリエーションも少ない。


「そうなの? でもすごいよ。自分の食べるものをしっかり用意できるんだもん。私はたぶんお母さんに放って置かれたら菓子パンとかで済ませちゃう」

「それは体に悪い気がする……」

「あはは、でもそういう人も多いと思うよ。だから岸守くんは偉いっ!」

「そうかな、ありがとう」


 ……そうやって褒められると悪い気はしない。次はおかずも作ってみようかな……なんて、我ながら単純な男だと思う。

 

 いただきますをして、ご飯を食べ進める。アカネが美味しい美味しいと連呼してくれるので、ひとりで過ごすいつもの食卓と違ってにぎやかだ。


「そういえば岸守くんのご両親はなんのお仕事をしてるの?」


 いろいろ話してる中で、そんな質問が出てきた。


「水商売だよ。父さんがホストで母さんはスナック経営」


 別に隠すことでもないので素直に答えると、アカネは少し驚いたようだった。

 

 ……まあ、一般的ではないよね。


「ぜんぜん悪い意味とかじゃないんだけど……なんかすごく意外」

「だよね」

「うん。岸守くんはひとり大好きっ子なのに、ご両親はいろんな人とお友達になるのが仕事だもんね」

「お友達……まあ良く言えばね」


 アカネの柔らかい表現の仕方に、やっぱり優しい子だなぁと改めて好きになる。


「岸守くんはさ、自分がお父さんとかお母さんに似てるって思うところある?」

「んー、骨格が少し」

「こ、骨格かぁ……性格は?」

「ないない。ぜんぜん似てない」


 うちの両親はどちらかというと両方とも『ウェーイ系』だ。陽キャの中の陽キャ。父親に至ってはその道で『喋るディスコボール』なんて呼ばれてるほど騒がしいヤツなのである。


「俺は小さいころから父さんや母さんにクラブやらキャバやらへと連れ回されてさ、そこで散々騒がしい人たちに囲まれて……逆にそれで大勢と会話するのが苦手になっちゃったんだよね……」

「た、大変だったんだね……」

「まあ子供の俺を夜に家に放置するよりかはよっぽど良かったんだろうし、根が悪い人間ってわけでもないんだけどね」

「そうなんだ」


 アカネはクスリと微笑んだ。


「でも、そんな過去があって今の岸守くんがあるのなら、私は岸守くんのご両親に感謝しなくっちゃ」

「え、なんで?」

「だって岸本くんがひとりが好きな人じゃなかったら、私たちはあの屋上前で出会わなかったから」

「……確かに」

「でしょっ?」


 ……じゃあ、俺も両親には感謝すべきなのかもな。姫野さんを彼女にできるような、そんな陰キャとして俺を育ててくれてありがとう、って。……いや、素直に感謝はできねーな?

 

 そんな風に楽しく会話をしつつ、俺たちはご飯を食べ終えた。

 

「ごちそうさまでした」


 ふたりで食卓に手を合わせる。


「さて、それじゃあ……俺の部屋でも行く?」

「っ! はっ、はいっ!」


 アカネがなぜか、ピンと背筋を伸ばして返事をした。


「私……大丈夫だから。ちゃんと準備もしてきたし……」

「……?」


 なんのことかは良く分からなかったけど、とりあえず食器を下げて、俺たちは2階にある俺の自室へと向かった。

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