第4話 今日は家に親が居ないんだ
今日も今日とて、俺とアカネは校舎6階のうす暗い空間で抱き合っていた。チュルルルッという音だけが小さく響いている。
「ぷはっ! ごちそうさま。今日も美味しかったよ、岸守くん」
「う、うん。それはよかった……」
吸血は快感を伴う。素肌を素手でまさぐられるような、そんなこそばゆい刺激が全身に駆け巡るのだ。声を出さないように耐えるのも楽じゃない。
……とはいえ、最近はちょっとそんな感覚を楽しみにしてる自分もいるんだけどな。校舎の中でっていうのがいいスパイスになってる。背徳感ってヤツだろうか。
「岸守くん」
「あっ、はいっ」
不純な思考に傾きかけたところへと声をかけられて、思わず敬語で返事をしてしまう。
「どうしたの?」
「いや、なんでも?」
「そう……? まあそれはそうと、岸守くん。今日の放課後なんだけどまたいつもの公園で大丈夫?」
「ああ、うん。いいよ」
この1週間はほとんど毎日のように放課後をいっしょに過ごしている。最初の頃は他の生徒にバレないように会う、というのにもっとドキドキしていたが、今ではそれにも少し慣れてきた。
「あ……でもさ、姫野さんの友達の方は大丈夫なの?」
「え?」
「昨日の昼休みにちょっと聞こえてきたんだけどさ。いつもの友達に遊びに誘われてなかった?」
「えーっと、そういえばそうだね……」
アカネは腕組みをすると、「う~ん」とうなり始める。
「確かに約束はしてたけど、日付は決めてないし……あーでも、あんまり付き合い悪いと彼氏ができたってバレちゃうかも。でもなぁ、岸守くんといっしょに居たいし……」
「だとすると、今日のところはそろそろ友達と過ごした方がいいんじゃない?」
「……むぅ、岸守くんは私といっしょに居たくないの~?」
ぶぅ~と、アカネが頬を膨らます。
「私はもっとずっといっしょに居たいのに、岸守くんは別に私といっしょじゃなくてもいいんだ~。ふ~ん……」
「い、いやいや! 違うから! 俺もいっしょに居たいよっ? でも姫野さんにはすごく良い友達もいるから、そっちの関係も大切にしてほしいっていうか……」
「……ぷっ。あはは、ごめんごめん。冗談だよ」
アカネはこらえきれないみたいにして噴き出すと破顔する。
「私そんなに重くないから、大丈夫だよ」
「……ちょっとビックリしたんだけど」
「ごめんってば。あと、ありがとね。私のこといっぱい考えてくれて。岸守くんのそういう優しいところ大好きだよ」
チュッと、優しく唇を奪われる。
「……今のはどういうチュー?」
「ん、えっと、ごちそうさまのチュー?」
「無理やりだね」
「えへっ。……嫌だった?」
「ぜんぜん?」
むしろ嬉しいまである。すごく自然なキスだった。
……そうか。とりあえずキスをしてしまって、建前はそのあとに適当にでっち上げるのでもいいんだな? 俺は最初に断りを入れることばかり考えていたから目からウロコだった。
「じゃあ、今日はちょっと寂しいけど、友達と遊んでくることにするね」
「ああ、うん。いってらっしゃい」
「あはは、いってきます」
「あ、でも……」
「でも?」
「……もしよかったら、友達と解散した後にウチに来ていっしょに夕飯でも食べない?」
基本的に俺の放課後は暇だ。だからもしアカネが俺といっしょに過ごしたいと言ってくれるなら、我が家の食卓に歓迎したいなと思ったのだが。
「えっ⁉ 岸守くんのおウチっ⁉」
アカネは声を
「あの、えっと、誘ってもらえてすごく嬉しいんだけど、でもさすがに夕食の場は岸守くんのご家族にも迷惑だろうし……」
「ああ、大丈夫。俺のトコ、父さんも母さんも夜勤だから」
「えっ?」
「俺ひとりっこだから、家には他に誰も居ないし」
「えっ?」
「いつも通りふたりきりだよ」
「岸守くんのおウチで、ふ、ふたりきり……!」
アカネはなぜか赤くなった頬を両手でしばらくこねくり回したあと、
「そ、そそそ、それじゃあ、お邪魔します……」
緊張するような、あるいは嬉しそうにニヤけるような、その中間くらいのちょっとおかしな表情でそう返してくれた。
「よかった。それじゃあ、何時くらいに来る?」
「え、えっと、6時……いや、7時でお願いします!」
「あ、うん」
「ちゃんと準備してくるからっ!」
「え? ああ、うん。よろしく……?」
……なんの準備だろう? まあ、姫野さんくらいになると、もしかすると人の家に来るにあたっていろいろと気遣うこともあるのかもしれない。そんなに身構えて来なくても大丈夫だよと言ってあげたかったが、
「……どうしよう。まず何からすべき? 亜美たちと別れて家に帰ってすぐシャワー浴びて、メイク直して、それでそれで……」
……なんだかブツブツとひとり言を呟きつつも、姫野さんはやる気に満ちあふれているようだし、口にするのは野暮かもな。
俺は俺で、しっかりと歓迎できるように、まずはしっかり家を掃除しておこうと、そう思うのだった。
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