第2話 追加チューを要求する

 放課後になった。別れのあいさつをする相手も居ない俺はそそくさと教室を立ち去る。


 ……あー、なんかちょっと眠いかも。

 

 あくびをしながら校門から出る。向かう先は近くにある大きな公園。いつも犬の散歩をする人やランニングをする人たちが行き交う場所だ。


「よいせ……っと」


 俺はひとつのベンチまで行くと腰かけた。そこはアカネとふたりで過ごすときの定位置だ。ベンチ脇の生垣が高く、わざわざ覗き込んででも来ない限りは誰が座っているのか分からない。秘密の逢瀬おうせをするには絶好の場所だった。

 

「ふわぁ……」


 再び大あくびが出る。

 

 ……おかしいな、昨日はしっかり寝たはずだけど。もしかすると、休み時間に読書しすぎて頭が疲れたのかもしれない。

 

 スマホを見るとまだ7限目の授業が終わってから20分そこそこしか経っていない。友達とお喋りをしてからここに向かってくるのだろうアカネが到着するまではもうしばらく掛かりそうだ。

 

「ちょっと目を休ませよう……」


 俺は軽く目をつむり、ベンチの背もたれに体を預けた。風が土草の香りを運んでくる。とても心地がよい。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。


「……あっ⁉」


 俺はバッと体を起こした。そんなつもりはなかったのに、いつの間にか眠ってしまっていた。


「あ、起きた」


 隣から声が聞こえる。そこではすでにアカネが座ってスマホをいじっていた。


「おはよう、岸守くん。気持ちよさそうに寝てたね」

「お、おはよう……」


 俺もスマホを確認する。時間は17時半と少し。

 

 ……おいおい、30分以上も寝てたのか。


「ごめん、姫野さん。待ってるのが退屈だったわけじゃないんだ。ただ、座った途端になぜか眠気が……」

「ううん、気にしてないよ」


 微笑んで、アカネはスマホを仕舞う。


「だいいちいつも待たせてるのは私の都合だし。むしろ私の方がいつも岸守くんに悪いなって思ってたから」

「いや、そんなことないって。俺、普段は待ってるのも楽しいよ。姫野さんが会いに来てくれるって考えてるだけで嬉しいし」

「そ、そう……?」


 アカネは照れたように頬を赤くする。


「ありがと。私もね『岸守くんにこれから会えるー!』って思うと、すごく嬉しい気持ちになるんだよ」

「そっか、ありがとう」

「うん……!」


 ふたりして、はにかむ。

 

 ……なんだか心がムズがゆい。胸の内側を爪の先でカリカリとかかれているような、そんな感覚。


「あ、そうだ」


 アカネはそう言うと、通学カバンからコンビニのビニール袋を取り出した。


「コレ、その……岸守くんに」

「俺に? ありがとう……」


 差し出されたその袋を受け取った。中身を見る。


「えっ、これ……増血剤ぞうけつざいっ?」

「う、うん。今日のお昼は吸い過ぎちゃったと思って……。たぶん岸守くんが眠くなっちゃったのも、そのせいかも」

「それで、買ってきてくれたの? わざわざ?」


 アカネは無言でコクリと、恥ずかしそうに頷いた。


「でもね、他意は無いから! もっといっぱいシたいとか、そういうワケじゃなく!」

「あ、ああ。分かってるよ」

「ホントだからねっ⁉」


 ……姫野さんが恥ずかしがる気持ちは良く分かる。増血剤って買うのに勇気がいるからなぁ。

 

 吸血は準性行為にあたる。世間ではキスより上で、本格的なエッチより下……くらいな位置づけだ。ゆえに、吸血鬼と人間のカップルがより多くの吸血を行えるようにするために特別調合で作られた増血剤が置かれている場所は、18禁雑誌やゴム製のアレなどの売り場の近くなのだ。


「ほ、ホラ! 今日は増血剤といっしょに飲料用血液パックも買ったし! 岸守くんから吸うのはガマンできるから!」

「だ、大丈夫だよ、疑ってないから」

「うぅ~~~なんか恥ずかしいよぉ」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがるアカネは、普段クラスで見せる陽気な彼女の表情とはぜんぜん違っていてとても愛おしい。

 

 ……ヤバい。キスしたい。


「姫野さん」

「えっ?」


 顔を上げた彼女に、俺はキスをした。


「んっ……」


 一瞬、肩をビクッとさせるアカネ。でも、その体の硬直はすぐに解けた。


「きっ、岸守くんっ……?」

「あ、その……可愛くてつい。それにホラ、さっき俺の血を飲み過ぎたって言ってたから。その分の対価として、追加チューってことで……」


 思わず言い訳してしまう。付き合ってるわけだし、本来そんなの必要ないはずなのだが。


「……足りないよ、岸守くん」

「え?」

「それじゃまだ足りないから、チュー。もう1回」


 今度は姫野さんから顔を近づけてくる。足りない足りないと建前を作り続けて、それから何度も俺たちは再び唇を重ねるのだった。

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