俺に彼女がいる事を知らないお嬢様は、いつも甘えてくる。

白海 時雨

第1話

「舞お嬢様、入ってもよろしいでしょうか?」


煌びやかで高級感のある扉をノックしながらそう言う。


「……」


しかし、中からの返事は一向に無い。確認の仕方が悪かっただろうか。


俺は、少し言葉遣いを改めて言い直す。


「舞お嬢様、お支度をお手伝いするため、入ってもよろしいでしょうか?」


「……」


だが、やはり沈黙。


果たしてお嬢様は、いないのだろうか。いや、そんなことは無い。昨日はしっかり部屋に入っていった。


そんな時ふと昨日言われた事を思い出す。


「はぁ」


ため息をつきながらも、頭を横に振り、俺は、三回目のノックと共に呼びかけを行った。


「舞、起きてるか?」


「起きてるよ、入って」


やっとのことで呼びかけに反応してくれ、俺は、ガッツポーズをしながら扉を開いた。


すると、まあ、なんてことでしょう。


目に入るのは、はだけて少しというか大分見える、大きな大きなとてもたわわな胸ではないですか。


「お、おい! 昨日、俺が扉を開ける前にしっかりパジャマをなおしとけって言っただろ?!」


慌てて俺は、目を隠し、言う。


「洋太郎ならいい」


「よくない! 早くなおせ!」


「別にいいのに」


そう渋々言いながら、舞は肩から外れたパジャマを戻す。


「はい、いいよ、洋太郎」


ベッドの上からの舞の言葉を聞き俺は目を隠してた手を元の位置に戻す。


「よし、じゃあ、私は、カーテンを開いたり、毛布を畳んだりしていますのでお嬢様は、朝食をお食べになってください」


「ん」


なにか不満そうな顔をする舞。


あ、そうだった。


「ごめん、舞」


「うん」


不満そうな顔から、にこにこと嬉しそうな顔に一変。そのにこにことした顔は、とても可愛らしく、どこかハムスターのような小動物を連想させる。


「敬語だめだから」


そう言い残し、彼女は、朝食を食べるためベッドから降りてとことこと一階へと降りて行った。


「はぁ、俺の敬語を習得するための頑張ってきた労力の意味…」


そして、俺は黙々とカーテンを開いたり、毛布を畳んだりして仕事を進めていく。


この仕事というのは、簡単に言うと舞の執事みたいな感じだ。内容は、舞の周りのことをお世話する事。


先程からお嬢様と言っている通り、舞の家は古くから歴史のある財閥を担っている家である。


そして、その蝶ヶ崎家に長年にわたって執事やメイドなどの補佐役をしてきたのが俺の家、樹筆家だ。


樹筆家では、代々男は、高校生になると蝶ヶ崎家の一人の執事になり、女は、メイドとなって食事や部屋の整理を行う。


そう、普通今俺が毛布を畳んだりすることは、メイドの人がやる事なのだ。執事はあくまで、予定などを調整したりする人。


しかし、俺は何故か舞のすべてのことをやっている。


理由は簡単。舞が俺を直々に指名したからである。身の回りの事をすべてやるお世話係として。


まあ、俺と舞は、歳が同じという事から幼少期の頃からずっと同じ学校で、遊んできたりした。幼馴染みたいなものである。俺を選ぶのも納得出来る。


でも、俺には悩みが一つある。


最近の舞についてだ。やたらと俺と二人きりな時、甘々な彼女。学校にいる時とのギャップがすごいのである。理由は分からない。


そんなこんな考えているうちに、部屋の片付けが終わった。我ながら、上出来である。


「完璧だな」


俺は、片づけ残しがないか確認していると、舞も戻ってきた。


「わぁ、きれい。ありがと、洋太郎」


「当たり前だ、どれだけ俺が中学の時、練習したと思ってんだっ」


「じゃあ、着替えるね」


俺が片づけの事を褒められ、天狗になっているといきなり舞は脱ぎ始める。


「ちょ、ちょ、ちょっと、待ってくれ! 俺が出ていってないから!」


「洋太郎はそこにいて」


「い、いや、いくらなんでもやばいって!」


「そこにいなさい」


いかにもこれは、命令よみたいな表情で俺をにらんでくる舞。たとえ幼馴染みたいなものとはいえ、これは、やばいんじゃないか。


「いなさい」


「わ、わかったよ…」


押しに負け俺は、舞が着替える間、部屋の中にいることとなった。


「さ、流石に! 後ろは向いてるからなっ?」


「うん」


舞の返事から数秒後、鳥の鳴き声と共に布のすれる音が聞こえてくる。俺は、その音が聞こえる度、心臓の鼓動がどくどくと高鳴っていくのを感じる。


だめだだめだ、俺には…。


そんな俺の様子を知らない舞は、呟く。


「ドキドキ…する?」


「し、しねーよ!」


「そっかぁ」


落ち込むような声を発する舞。


「い、いや、ま、まあ、少しは…ドキドキするけど…」


「ふふふ、そっかぁ」


さっきの声色とは真逆な声色に安心する。なぜ俺をドキドキさせて喜んでいるのか分からないが、舞が喜ぶ姿は幼少期の頃から見ていて一番好きなところだ。


悲しむ姿は見たくない。


まあ、でも俺は、好きとは言ったが、恋愛的な目線で舞を見ることはない。幼馴染として好きなだけだ。





俺には彼女がいるしな。

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俺に彼女がいる事を知らないお嬢様は、いつも甘えてくる。 白海 時雨 @Sirasuk

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