第5話

 治癒者たちは、案外すぐにやってきた。

 まだギリスが腕を吊っているうちにだ。

 タンジールから治癒者の出立を知らせる鷹がやって来た時から、誰を送ってもらえるのかと、どこかで期待していたのだろう。

 ギリスは迎え出たグラナダ宮殿の玄関に、到着した旅装の三人組を見て、どうしようもなくがっかりした。

 かつてタンジール宮廷での悪童時代に、いっしょに遊んでやった三つ子の餓鬼どもだった。どうりで鷹通信タヒルでは誰を送るか具体的に書かれていなかったわけだ。

 さしもの長老会も気まずかったのだろう。ギリスはそう思った。

 彼らは今ではもちろん餓鬼でなく、ちゃんと元服した、一五、六歳の姿をしていたが、迎え出た自分を、にやにや見返してくる顔は、悪童の昔と何ら変わらなかった。

「ご無沙汰でした」

「お元気そうで、兄貴デン

「どうしたんですか、その腕」

 三つ子は順番を決められないらしく、いつも同時に喋った。そのせいで、何を言っているやら、分かるような、分からないようなだった。

 彼らはどれも、緑色の蛇眼をしており、それと同じ色の竜の涙を額の上のほうに持っていた。顔はみんなそっくり同じで、石の育ち具合がいくらか違うのを見ないと、どれが誰か、ぱっと見には分からないほどだ。

「帰れ、お前ら」

 情けなくなって、ギリスはそう呟いた。

 彼らは落ちこぼれだった。治癒者は治癒者だが、ひとりひとりの魔力が弱いのだ。三人揃ってやっと使い物になる程度だが、それでもまともな竜の涙の治癒者と比べると、石のない者の治癒術に毛が生えた程度だった。

 魔法は年齢が上がるにつれて遅れて発露することもあるから、将来性に期待しようと言って、ジェレフが彼らの面倒を見ていたが、その奇蹟の治癒者である兄貴分デンに、彼はいっさい何も学ばなかったらしい。

「せっかく来たのに、それはひどいんじゃ……」

「遊んでからなら帰りますけど、今来たばっかり……」

「冷たいなあ、ヴァン・ギリス。昔はもっと……」

 口々に話す三つ子の口を、ギリスは一つずつ手で塞いだ。しかし片手しか使えないので、いちどきには一人分しかふさげない。この際仕方ないと思い、怪我で吊ってあるほうの手も使うことにした。しかしギリスには手は二つしかなく、相手は三つ子なのだった。

 一人、口封じを逃れた者だけが、最後までめげずに文句を言った。

「長老会から派遣されてきたんですよ、俺らは。兄貴デンが治癒者を喚んだんでしょう」

「お前だれ。ルサール、カラール、それともアミールか」

「アミールです」

 頷きながら、三つ子のうちの、自由な発言権を持った一人は答えた。

「お前ら程度の魔法でよけりゃ、普通の治癒者がここにもいるさ」

「今さりげなく酷いことを言いましたよね。俺らも昔のままじゃないですよ。新ネタだってあるんだから」

 心持ち胸を張ってアミールは言った。

 じゃあ見せてみろと言って、ギリスは彼らに腕を治させた。

 三つ子はいつも三人同時に魔法を使った。

 母親の腹の中で三つに分かれる時に、まるでそれが手違いだったみたいに、なにか重要な欠片をお互いの中に忘れてきたようで、三つ子は三人そろわないと、うまいこと魔法が振るえないらしかった。

 多胎で生まれる者には、そういう繋がりがあることが、たまにはあるらしい。だが、竜の涙に多胎のものがいることは珍しかった。双子で生まれても、石を持っているのが片方だけであることのほうが、多いらしい。

 だからこの三つ子の竜の涙は、とても珍しいものだった。だが、何の役にも立たない珍しさだ。

 進歩したと言ったくせに、三つ子の治癒術はチンケなもので、スィグルよりましかと思える程度だった。スィグルの執念の治癒で半ば治っていた矢傷を、三つ子は総がかりでうんうん言って治した。

「こんな小怪我を治すのに脂汗までかくな!」

 もういいよと三つ子を蹴散らして、ギリスは彼らが掴んでいた自分の腕を奪い返した。

 見くびられたもんだ、長老会には。こんな役立たずを寄越しやがって。

「がんばったのに」

「治癒やらせといて、ひどい」

「挨拶もまだのうちから足蹴だよ」

 ひどいひどいと言い交わしている三つ子を見て、ギリスはほとほと情けなかった。

 それでも可愛い弟分ジョットたちだった。

 ジェレフが死んで、誰がこいつらの面倒を見ているのやら。

 治癒者でありながら、グラナダに厄介払いされたくらいだから、案外誰も、後見してくれていないのではないか。かつて自分が鼻つまみ者で、あちこちたらい回しされたあげく、誰も拾ってくれなくて、イェズラムのところまで行き着いたみたいに。 

 とんだゴミ捨て場らしいよ、グラナダ宮殿は。

 そう覚悟を決めて、ギリスは結ってあった頭を撫でつけた。

「とにかくまあ、よく来たよ。行くとこないなら、しばらく居たら?」

「いや、できるもんなら王都に戻りたいです。兄貴デンはどうして帰ってこないんですか。いろんな噂は聞きますけど」

 アミールは半永久的に代表して喋る権利を与えられたと信じているらしい。

「宮廷は、どうなっているんだ」

 ここしばらく、全く縁遠くなった玉座のダロワージのことを、ギリスは訊ねた。

「エル・エレンディラ派のサフナールが、族長の侍医になったので、ぶいぶい言わせてます。ジェレフが、せめてもうちょっと生きてれば……」

「お前らが立派にあとを継いでれば、そんなことぼやかずに済んだんだって」

 ギリスが教えてやると、三つ子はおたおたした。

 今さらおたおたしても始まらない。彼らも悪いが、そうなると分かり切っていて、派閥で後継を張れる治癒者を確保しなかったジェレフも悪いのだ。当代の奇蹟は治癒術には熱心だったが、派閥争いを避けていた。

「当代の奇蹟になれとは言わないさ、ジェレフは特殊だったんだろうからさ。だけどなにも宮廷一の落ちこぼれになることないんじゃないの。お前らほんとに英雄か」

兄貴デンだって、将来になんの希望もない落ちこぼれのくせに……」

 エル・アミールは負け惜しみを言った。

「お前らなあ、新星の射手である俺になんてことを」

 ギリスは長老会が抜擢した唯一無二の存在だった。たとえその事実に誰もが首をかしげてもだ。とにかく、長老会の統率者だったイェズラムが、自分を後継として選んだ。その事実はギリスにとっては最も重要なことだった。

兄貴デンはエル・イェズラムにからかわれたんですよ。レイラス殿下が新星なんてさ。長は冗談のつもりだったのに、兄貴デンはなんでも真に受けるから、信じちゃったんじゃないですか」

 三つ子はにやにや笑って、けろりとそう言った。

 べたべたくっついて立っている旅装の彼らを、ギリスはむっとして眺めた。

 まったく昔から、悪餓鬼なやつらだよ。

 お前ら口を慎めと、ギリスは珍しく説教したい気持ちになった。

 その時ふいに背後から声がした。

「冗談だったのだ、ギリス」

 耳の奥に今も残る声と、はっきりと合致したその声は、まるで背中を鞭打たれるような衝撃をギリスに与えた。

 振り向くと、グラナダ宮殿の入り口を飾る、緑も美しく刈り込まれた丸い茂みの向こうから、ゆったりと長身の魔法戦士が歩いてきた。

 イェズラムだった。

 いつも気怠そうな隻眼でこちらを見下ろして、イェズラムはギリスと遠目に向き合っていた。

「まさかお前が真に受けるとは思わなかった」

 面白そうに笑って、イェズラムはそう言った。

 その顔が元気そうに見えて、ギリスは腰が抜けかけた。

「生きてたの、イェズラム」

 やっぱりそうだったのかと、ギリスは呼びかけた。

 今までどこにいたんだろう。墓所にあるあの石は、一体誰のものだったんだ。

 でも、とにかくイェズラムが生きててくれて、よかった。本当に、よかったと、ギリスがその姿を見たとき、イェズラムは不意に消えた。

 そこには誰もいなかった。植え込みの緑があるだけで。

 ギリスは目を瞬いた。

 そして、身じろぎもせず、食い入るような目で、イェズラムの姿をそこに探した。

「幻視術です、兄貴デン

 肩を寄せ合って立っていた三つ子たちの誰かが、背後から不意にそう言った。

 まぼろし。

 自分の体がどっと嫌な汗をかくのを、ギリスは感じた。腹の底から冷えて、ひどく寒いような気がした。

 しかめた顔を、三つ子に見せないように、ギリスは振り返らなかった。

「最近、きゅうに使えるようになったんです。上にはまだ内緒にしてます」

 悪童のころと変わらない口調で、彼らは秘密めかして話していた。

「どうやって出した。お前ら読心できるのか」

「いいえ。自分たちの見たことあるものを、幻として見せてるだけです。やろうと思えば、その場にいる複数の人に同じものを見せられるんですよ。晩餐のときに試しました」

「イェズラムを出したのか」

 ぎょっとして、ギリスはさすがに彼らのほうを見た。

 まさか族長がぶっ倒れたのは、そんなもんを見たからではないのか。

「いいえ。それはさすがに不敬ですから。ひょうを走り回らせただけです」

「みんな逃げ回っちゃって、面白かったなあ。気絶する女官までいて大騒ぎ」

「俺らが犯人だって、まだ誰にもばれてないみたいです。新しい玉座のダロワージの怪談ですよ」

 口々に話して、気味良さそうに笑っている三つ子は、ただ単に、ばれない悪戯をやり仰せた話が、楽しいだけのようだった。

 かつてギリスもそうだった。治癒術しか使えない三つ子は、氷結術を使って人を驚かす兄貴分を、いつもうらやましげに見ていた。

 あの時欲しかった力を、やっと手に入れて、こいつらは得意になっていると、ギリスは思った。

 笑う兄弟たちの肩を抱きながら、こちらをじっと見て、アミールが話した。

「誰が犯人かは、永遠に、ばれなくていいんです、兄貴デン。だけど、俺らはたぶん治癒者じゃないです。それでも役に立つと思いますか」

 長老会は、よりによって、とんでもない、ヤブ治癒者を寄越したもんだよなあと、ギリスは感心した。ジェレフは生前言っていた。治癒術の根本は愛だって。

 だけどこいつらの根本に愛なんかあったか。あるのは悪戯心だけだった。

 ジェレフもつくづく、無駄な骨折りだったよ。

「お前らも新星の英雄になりたいのか」

「そうですね。名君のダロワージの落ちこぼれよりは」

 誰だか分からない、誰かひとりが言った。

 誰が喋ったのか、ギリスは顔を見てもう一度確かめようとしたが、彼らはそれを自分の口が言ったか、それとも別の兄弟が言ったか、あまり気にならないらしかった。三つの顔はどれも等しく、それは自分の意志だという顔をしていた。

 もしかして、こいつらは本当はひとりで、あとの二つは幻影なんじゃないかと、ギリスはふと疑わしくなった。そう考えてみると、面白い気がして、ギリスは微笑んだ。

「まあ入れ。俺の新星を見せてやるから」

 ギリスは悪童たちを、小宮廷にいざなった。

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