第四章 終焉と誓いの物語

第1話

親愛なるお母さまへ




 突然の非公式のお手紙をどうかお許しください。


 生贄の儀式に際して、最後に、どうしてもお母さまにお伝えしたいことがあり、筆を執ることにいたしました。長い間文字を書いていなかったため、この手紙は、私の朗読師レイヴェルの補佐のもとにしたためております。


 手紙といえども、お母さまに自分の想いをお伝えするというのは大変緊張いたします。昔は、よく私とお話ししてくださったと記憶しているのですが、私を避けるようになった原因はやはり、私が視力を失ったあの事故のせいでしょうか。


 お母さまがあの一件をどのように考えておられるのかはわかりませんが、何年経っても、不思議とお母さまをお恨み申し上げるような気持ちは生まれませんでした。ただ、もう二度と昔のようにお話しできなくなったことを寂しく思うばかりです。


 お母さまは、物心がついたころから私の憧れでした。いつでも凛然と、遠くを見つめるような若緑の瞳が好きでした。お父さまとお母さまがどのようにして夫婦になったのか、お母さまの幼いころはどのような姫君だったのか、もしもお話を聞くことができていたら、女神さまの御許でも、お母さまのことをより身近に感じられただろうにと惜しんでおります。 


 私がロザリーに襲われたとき、お母さまが駆けつけてくださったことを、本当は嬉しく思っておりました。緊張してしまってはっきりとしたお話ができませんでしたが、久しぶりにお顔が見られてとても嬉しかったのです。


 今でこそ女神さまのことは心から敬愛しておりますが、幼いころは、お母さまが望むような人形姫になりたい一心で祈りを捧げていたように思います。幼い私はおそらく、女神さまよりもお母さまに愛されたかったのです。打算的な思いを抱く人形姫を、不出来だとお叱りになるでしょうか。


 こんな未熟な人形姫ですが、それでも、女神さまは応えてくださいました。実を言うと、私は女神さまのお声を聴いております。目が見えるようになったのも、女神さまのおかげなのです。


 お母さまのお声は、女神さまのお声によく似ていらっしゃいます。ひょっとすると、聴く者によって違う声に聞こえるものなのかもしれません。


 女神さまは、私にある使命をお与えになりました。まるで「夢」のようなできごとなので、詳細は省きますが、私はそのお役目を果たしたと考えております。今ある王国が平和で、本当によかった。


 お母さま、最後にお願いがございます。


 人形姫の伝承について、もしも偽りがあるのなら、次の人形姫のためにあらためていただきたいのです。私の朗読師が調べ上げたことを、どうか無駄になさらないでくださいませ。


 制度が覆らなかった以上、私に関してはもう、民の心の安寧のために身を捧げられるのなら、と折り合いをつけ、生贄となる覚悟はできております。逃げるつもりはございません。


 でもお母さま、いつまでもこんなことを続けるおつもりですか。次の人形姫の命も、わずか十八の若さで散らすおつもりですか。


 どうか、私と同じような想いをする姫が二度と生まれませんように。


 それが、私の最後の願いです。


 お母さまに向ける感情はあまりに複雑で、相応しい言葉が見つかりませんが、それでももしも来世があるのなら、また、お母さまの娘として生まれてきたいと思います。今度はたくさんお話をして、時には口論もできるような、そんな関係であれたらとってもすてきです。


 さようなら、お母さま。どうかいつまでもお元気で。




 お母さまとお母さまの王国に、女神アデュレリアの祝福を。


                             コーデリア・エル・アデュレリア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る