喰街〜クイマチ〜
アリエッティ
第1話 綺麗な街並。
随分と前から、街からは〝野良犬〟というものがかなり減った気がする。環境の整備によるものか、単純な時代の変化かはわからないがとにかく前より見なくなった。
「……俺がずっと同じところにいるだけか..」
友達は、みんな都会へ行った。
狂ったように学歴を求め大学へ通い、大きなところへ就職をする事を望んで殆どいなくなった。高校時代の友達の連絡先は今だに持っているが、偶に挨拶をしても一切返信が無い始末。しかしそれが本来の変化というものであり、人間の成長だという事も知っていた。
「他にやる事ないのかよ..?」
正しい筈の周囲の未来に愚痴っぽく、偶に負け惜しみを吐露してみたりする。何もしていない、コンビニ帰りの分際で。
「ワンワン、ワンッ!!」
「..なんだようるせぇなぁ。」
自宅へと続く殺風景な一本道に生えている電柱の傍で、犬がこちらを見つめ吠えている。
「どこの犬だ?
...首輪ついてないな。」
見たことの無い犬だが誰かに飼われている訳では無さそうだ。こちらに向かって吠えているが瞳を覗くと警戒をしていない気がする。寧ろ優しく気弱に見える。
「お前、野良犬なのか?」
近付くと吠えるのを徐々にやめ、脚に頬を擦り寄せ甘えてくる。
「クウゥ〜ン...」「よしよし、可愛いなお前」
久々な何かとの強いスキンシップ。
それと同時に野良犬に出会った事が、なんだか懐かしく感じられ少し嬉しかった。
「ワン、ワン!」「ん、なんだ?」
コンビニのレジ袋を口でつまみ引っ張る。匂いに反応したのかどうやら中身を欲しがっているようだ。
「悪いなぁ、何かあげたいけど確かそれ出来ないんだよな。それにお前が食べられるようなもん何にも無いぞ?」
「クウゥゥン..」
「はっは、そんな顔で見んなよ、ごめんな。」
人の言葉を理解したようながっかりのリアクション、切ない顔が男を見上げる。
「…ありがとうな、なんか元気でたわ。
お前も強く生きるんだぞ?」
礼をいって背を向けた。
犬は遠ざかる姿を見て大きく吠えていたが、してあげられる事は特に無い。聞こえないふりをして帰路についた。
「ただいま..」
犬に取られそうになった戦利品を部屋にて広げ、徐にテレビを点ける。流れる画面を一瞬見つめ音声を聞き流しながら袋から弁当と炭酸飲料を取り出す。
「母親はまた夜遅いのか?
..まぁいいや。」
いい歳をこいて実家から出てないのかと馬鹿にされそうだが、地元から出ていなければ大概の人間は一緒に住んでいるだろう。
『本日未明東京都××区に住む男性が、行方不明となりました』
「行方不明か、東京は広いって聞くしな。」
難儀な話題ではあるが所詮は他人事、箸を割り弁当に手をつけ一口目を入れようとしたその時だった。
『男性の名前は秋葉 載一さん。見た目の特徴は中肉中背、身長は180cm』
「秋葉、載一...?」
同級生の名前だった。連絡を入れても返事は無く、音信不通である事が多かった。
『恋人が朝家を訪ねたときはまだ家にいたそうで、昼頃から突如姿を消したそうです。』
「‥嘘だろ?
嫌われてたんじゃなかったのかよ。行方不明って、アイツ何処にいきやがったんだ..」
そっと持っている箸をテーブルに置いた。行方が分からないというショックと共に偶々ではあるが、身近に彼の懐かしい要素がある事に気が付いた。
「..カルビ弁当、アイツよく食ってたな。」
自分でもよく買っていたが、周囲の誰かがそれを食べていると横から箸を出して摘もうとする程気に入っていた。
「なんでこんなときにこれ買ったんだ、俺..」
そんな事を思いながらかきこむようにして弁当を頬張った、味はいつもと変わらない。
その日から犬のいた電柱が何となく気になるようになった。日によっていたりいなかったり、まちまちではあったが出会った日は軽く挨拶をしていた。
「今日はいるかな..」
「ワン! ワン!」 「お、いた。」
吠える犬に駆け寄り身体を撫でた、犬も懐いてきているようで強く顔を舐めてくる。
「お前どこから来てるんだ?
少し癒しになってんだよな....あれ。」
犬の傍に何かが落ちている、小さな薄い本のようなものに見える。
「ワン! ワン!」「くれるのか?」
犬がそれをくわえ渡してくる。受け取ってみるとそれは子供が読む絵本のようだった。
「桃太郎..」
幼い頃の記憶が蘇る。友達の家に遊びにいったとき、よくその家のおばあちゃんが読んでくれていた。学生になり、大きくなってもおばあちゃんは小さな頃の感覚のままそれを読み聞かせていた。
「名前なんだっけな...そうだ、義数!」
風間
古臭い役者のような名前が特徴的で記憶に残っていた。大きな家に住んでいたが両親の姿はあまり見たことがない、読み聞かせをしてくれていたあの人は祖母だろうか。
「あれはおばあちゃんの家だったのか、有難う犬。オレちょっと行ってみるわ」
煤けて汚れた桃太郎の絵本を握り、思い出を頼りに足を動かす。知っている地域内といえどヒントが少なく辿り着くのは困難であったが何度か進んだ覚えのある道筋をどうにか感覚で歩み自らを導いた。
「ここだ、義数の家」
庭園に囲まれた大きな和風の民家、そこの縁側でよく桃太郎の読み聞かせをきいていた。
「ここから犬が来てるのか。」
「…あら、お客さん?」
近い塀の外から中を覗いていると、白髪の優しい表情をした女性が顔を見せる。
「あ、お久しぶりです。
..覚えてますかね? 義数の同級生の....」
「……あ、貞治くん⁉︎」「そうです!」
坂下 貞治。
人に己の名前を呼ばれるのは何年振りだろうか、まだ存在を覚えてくれている人がいた。
「久し振りね、昔よく遊びに来てくれてた。
..今日はなんだって来てくれたの?」
「あの、これっ..!」
手元に握る絵本を見せる。おばあちゃんは驚いた顔をして直ぐに入り口の門を開け中へ通してくれた、まるで通行証のようだ。家の中へ入るのは申し訳なく感じ、縁側に軽く腰を掛けさせてもらう事にした。
「これを犬が持っていたの?
変ねぇ..物置にしまっておいた筈なのに。」
「犬を飼ってはいないんですか?」
「ええ。
ウチはおじいさんが犬嫌いだったから」
この家から来た訳ではない、だとすればやはり野良犬か。ならば何故この家にあった絵本を持っていたのだろうか?
「懐かしいわねぇ..よく小さいときに読んであげたっけ。真剣に聞いてくれてたわよね、何度も聞いて知っている内容なのに。」
「義数が穏やかな奴でしたからね、あいつと聞いてたらなんか楽しくて。優しいし」
物腰が柔らかく、棘が無い人だった。
運動部であったが特有の勇ましさが無かったので、とても接しやすかったのを覚えている
「本当に良い子だった。
..なのに、なんで〝あんな事〟にねぇ....。」
「あんな事? 何かあったんですか?」
「…そうか、知らなかったんだねぇ。」
涙ぐんだ様子から穏やかでない事情な事はわかったが、思っていたより事実は思っていたより凄惨であった。義数は数ヶ月前に、事故にあって亡くなったそうだ。道路に飛び出した少年を庇い、犠牲となってしまったという。
「少し、良い子過ぎたのかねぇ..?」
「‥久し振りに、読んでくれませんか」
「え?」「聞かせてください、桃太郎。」
思い出を、現在の記憶に引き上げたくなった。
おばあちゃんが聞かせる声はとても心地よく冷え切った心の末端を暖かく包んでくれた。
「また来ます」
「ええ、いつでもおいで。」
犬の他に知り合いが一人、いや二人増えた
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