第49話

 北の洞窟を目指して走っている間にも、ベリル勢と思われる軍と鉢合わせた。彼らは俺たちを足止めするために、果敢で挑んでくる。


「よっしゃ!!俺のところにこい!!」


 ベリルが叫び、馬を走らせながらも斧で馬上の敵をなぎ倒していく。フリジアは、その様子を見ながらため息をついた。


「相変わらず、戦い方が非常識ですね」


 フリジアは剣を抜き、相手の鎧の隙間を狙っていた。ベリルと違って、一人ずつ確実に倒している。ベリルの敵の倒し方が非常識すぎるだけなのだが。


「……灯さんがいないと苦戦しますね」


 フリジアは、そんなことをぼつりと呟いた。


「いないやつのことを当てにしても仕方がないだろ。ルロ!!」


 レンズは力強く、俺の名前を呼んだ。


「先に行け!」


 レンズが、俺の馬の尻を叩く。


 馬が驚いて走り出し、俺はそのまま走った。走り続け、気が付けば北の洞窟の前まで来ていた。洞窟の周辺には、人がいなかった。


俺は、馬から降りる。


腰から剣を抜いて、洞窟の中に入った。暗い洞窟のなかは湿っていて、どこからか水滴が落ちる音が響いていた。なんて、不気味な場所だと思う。けれども、同時に寂しい場所でもあった。ベリルは、どうしてこの場所を選んだのだろうか。それが、少し気になった。


「誰がきたんだ……」


 洞窟の奥のいたベリルは振り向いた。


 そして、俺の姿を見て驚いた。


「お前は確か、灯の主人の……ルロっていう奴か。お前も俺が王になることは不満なのかよ」


 ベリルの言葉は、どこか悲しそうなものであった。


 もうすぐ王になれるというのに、どうしてそんな表情をするのだろうか。俺には分からなかった。


「幼い王じゃ、国民をまとめることはできないだろう。どうして、それが分からない?」


 ベリルの言葉に、俺は首を振る。


「王は、これから育てる。国民のためになる王を」


 ベリルは、笑った。


 その笑い声が、洞窟にこだまする。


「あの未熟な王子をそんなふうに誰が育てられるんだ。どうせ、だれかに搾取されるだけの王になる」


 それとも、とベリルは尋ねる。


「お前に、次世代の王を育てることができるのか?」


 ベリルの言葉に、灯は首を振った。


「できないかもしれない。それでも、他人を見下ろすことしかできない王にはしない!!」


 俺は、剣をベリルに向けた。


 ベリルも自分の剣で、俺の攻撃を受け止める。暗い洞窟で二人の剣劇の音が響き渡る。


「俺が強い王になる!」


「あなたがやるのは、人を見下すことだけだ!」


「人を見下すことは、強いことだろう!」


 ベリルは、俺の剣をはじく。


 そして、俺の胸元に剣を突きつけようとする。


「ルロ様!」


 そのとき、灯の声が聞こえた。


 後ろを振り向く前に、灯が俺の前にいた。ベリルもまさか灯が目の前にくるとは思ってもみなかったのだろう。灯は返り血や自分の血で汚れながらも、しっかりと刀を握ってベリルの横腹を刺していた。


「この……愛人ふぜいが」


 ベリルは、最後の力を振り絞って剣を振り下ろす。


その剣は、灯の肩に突き刺さった。


「灯、ベリル様!」


 落ちた王冠など目もくれずに、俺は二人に駆け寄った。灯を抱き起し、怪我があまり深くないことを確認する。


「申し訳ありません……ファリア様に勝つことはできたのですが」


「もう喋るな、灯」


 俺は灯の肩の傷に布を巻き、簡単な止血を行う。


 そして、ベリルの方を見た。


 ベリルはまだ生きており、深々と刺さった刀に苦しんでいた。


「どうして……俺が王になれない。俺には……王になるしか残されていなかったのに」


 ベリルの呟きに、俺ははっとする。


 ベリルもまた、父に十分な遺産を残されていなかった息子だったのだと。王たる兄だけはすべてを与えられ、弟のベリルには何も残されていなかった。王冠の奪還は、ベリルにとっては父の形見の奪還だったのかもしれない。


 俺はベリルの腹の剣を抜き、その傷を手で押さえた。


「動くな、きっと助かるはずだ」


「……俺を助けてどうするんだ?」


 ベリルは尋ねる。


「分からない。次の王もスーリッツ王子のほうが相応しいと思う。でも、おまえも殺したくもない」


「矛盾しているな……」


 ベリルの言葉は、もっともだった。


「あなたは、なににも残されなかったんじゃない。残されたものは、きっとある。俺も最初はそう思ってた。父は、俺に何も残してくれなかったって。でも、父は俺に一番大切なものを残していてくれた」


 ――灯。


 領地と共に残された父の愛人。


「ベリル様、どうか残されたものを探してみてください。物でも、地位でもないかもしれない。それでも、何かが残されているはずなんです。身内を失った人の旅路というのは、きっとそういうものなのでしょう」


「甘いな……。父上が、俺を愛していたかも知らないくせに」


 ベリルの声はどこか悲しそうであった。


「愛していますよ。きっと――……思いやってくださっていましたよ」


 俺がそんな弱音を吐いていると、灯が近づいてきた。てっきり灯がとどめを刺す者かと俺は警戒したが、灯はそんなことをしなかった。


「どいてください。傷を縫います」


 灯は荷物のなかから、針と糸を取り出す。


「痛み止めを飲んでもらいますが、それでも痛むと思います」


 灯は、ベリルの口に痛み止めを放り込む。ベリルがせき込む音が聞こえたので、酷い味なのだろう。灯は、無言で傷を縫い始める。


「灯、ありがとう。ベリル様を助けてくれて」


 真剣な目をしながら、灯は口を開く。


「あなたのお父様は、ルロ様のような優しい領主を……部下を残しました。それが、今のあなたの命を救っている。もう、それでいいじゃないですか」


 灯は、口を動かしながらも手を止めることはなかった。


「……私は、最初は殺すことしかできませんでした。けれども、前領主様がそうではない道を用意してくれた。ルロ様は、僕に自由になっていいといってくれた」


 残されるものは、物でないことの方がきっと多いんですよ。


 灯は、そう呟く。


 ベリルを灯に任せた俺は、転がってしまった血まみれの王冠を拾った。これをスーリッツ王子に献上すれば、次世代の王は彼となる。だが、幼すぎる王に待っているのはいばらの道であろう。


「ベリル様は……もしかしてスーリッツ王子に、子供らしくいてほしかったから王冠をうばったのですか?」


 俺は、ベリルに尋ねた。


「バカが」


 ベリルは痛みに耐えながら、答える。


「その王冠は父上のものだから、欲しかっただけだ。もう、手が届かないところにいってしまったけどな」


 手当を終えた灯は、息を吐いた。


「灯、俺は甘いのかな?今回の戦争は、誰も悪くないように感じるんだ。誰もが、誰かを愛そうとして、ねじ曲がって、それで争ってしまったように感じるんだ」


 俺の言葉に、灯は笑う。


「そうではないかもしれません。でも、そうかもしれません。そして、そんなふうに考えていいのですよ。あなたは、何一つ変わる必要はないのですから」


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