第48話

王冠奪還を達成するために領地から、数多くの戦える人間が集まった。俺たちはそれぞれ馬にのって、ベリルが目指しているという北の洞窟を目指す。


「ようやく、戦か。腕が鳴るな!」


 レンズは、どこか嬉しそうにしていた。彼は、誰よりも多くの武器や武具を身に着けていた。それを運ぶ馬の脚も太く頑丈なものだ。


「そこまで戦を楽しみにしているのは、あなたぐらいですよ」


 あきれたように、フリジアは返した。


 たしかに、レンズほど戦に沸き立っている人間はいない。無論、興奮している人間だっていることにいる。だが、その一方で言いようのない不安に押しつぶされそうになっている人々もいた。


「この戦いは、次の王者を決めるための戦いだ!」


 俺は、皆の前に立って声を出した。


「勝った方が正義になり、負けた方が悪になる、そういう戦いになるだろう!」


 俺の声は、どこまでも響く。


 まるで何かにとりつかれたかのように、俺は口を開いていた。死んだ父が、ふがいない息子に手を貸しているような感覚だったかもしれない。あるいは、ずっと前のご先祖様がこのときだけ俺に力を貸してくれていたのかもしれない。


「後世の子供たちを正義の子にしろ。今の俺たちには、それができる!!」


 俺は、剣を抜く。


 すると俺に続くかのように、次々と剣を抜く者が現れた。この場にいる人間たちの気持ちは、一つだった。


 勝つのだ。


 勝って、正義となるのだ。


「ルロ様!」


 先頭を走っていた灯が、馬を戻してきた。


「ルロ様、ファリア様がいらっしゃいます」


 灯が口にしたのは、予想外の言葉だった。


 大群の真ん中にいた俺は、急いで先頭に躍り出る。そこには、たしかにファリアがいた。俺たちの父親たちとさほど変わらない歳の彼は、なぜか自分の軍を連れてはいなかった。たった一人で、俺たちの前に立ちふさがっていた。


てっきりベリル側についたファリアが、俺たちの邪魔をしにきたのだと思った。だが、それでは彼が一人でいる理由にならない。


「ファリア様、どうしてここに?」


 フリジアが尋ねる。


 ファリアは、どこか悲しそうに微笑んだ。


「私の軍は息子に任せ、ベリル様を追ってもらっています。私はある目的のために、ここにやってきました」


 ファリアは、灯を指さした。


 それに、灯が驚く。


「私は、もう衰えました。おそらく、これが最後の戦となるでしょう」


 ファリアは、俺たちの父親と同世代である。肉体的にも衰えてくる時期である。息子も大きくなっているのならば、もはや世代交代は完全にすんでいるのかもしれない。


「私の武人としては、ぱっとしないものでした。ですが、最後は私の世代の最強の者と戦いたいのです」


 ファリアの言葉に、灯は黙り込む。


彼は、何かを深く考えているようだった。


「……今の僕は、ルロ様に仕えています。そのため、ルロ様のためにならない戦いはできません」


 灯は、そう言った。


 だが、ファリアは剣を抜く。


 灯も、同じようにまっすぐな剣を抜く。


「そんなことは分かっています。でもね、私にも譲れないものがあるのです!」


 ファリアは、灯に向かって剣を振り下ろす。


 灯は、それを利き手から逆の手に持ち替えて剣を受け止める。


「強いあなたには、分からない!せめて、華々しく散りたいという老体の気持ちを!!」


 必要に襲い掛かってくるファリアに、灯は苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「名誉を重んじるタイプですか……面倒な」


 灯は、馬から飛び降りる。


 そして、そのままファリアが乗っていた馬の首に向かって星型の金属を投げつける。手裏剣と呼んでいた武器である。その武器は馬の首にあたり、馬はいなないて乗り手であるファリアを落とした。


 だが、それでもファリアは戦意を喪失しない。


「ルロ様……どうか、お先に行ってください」


 灯は、そう呟いた。


 俺は、首を振る。


「ダメだ。お前は、握力が……」


 灯は、微笑む。


 その微笑は、とても綺麗ものだった。こんな時であるというのに、俺は灯の笑顔に見ほれてしまった。


「先に行ってください。必ず、合流します」


 灯は、そう言う。


 俺は、自分の馬の手綱をぎゅっと握っていた。


「どうして……どうして……俺の周りには、心が強い人間が多いんだよ」


 泣きそうになった。


 灯は、この場で戦うべきではない。この場で灯が一人で戦っても、誰も助けられないかもしれない。彼は利き手の握力を失っているというのに。


「ルロ様が、ボクたちを強くいさせてくれるんですよ」


 灯は、そう言った。


 それとほぼ同時に、灯の姿が消える。利き手ではない手で刀を握り、灯はファリアと切り結ぶ。金属の音が、全盛期を過ぎてしまった二人の兵士たちの悲鳴のように響いた。


「ルロ、行くぞ!」


 レンズが、俺の後ろから声をかける。


「でも、灯が……」


 俺は、鋭い剣劇を見せる灯とファリアを見つめる。


「灯だったら、大丈夫だ。あいつは、おまえを信じている。だったら、おまえもあいつを信じてやれ」


 レンズに言われ、俺は覚悟を決める。


 馬に鞭をうち、俺たちは先を急いだ。


 俺たちの後ろからは、未だに剣同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。灯を戦に連れてきた以上、こうなるかもしれないことは覚悟してきたことだ。だが、いざその時が来ると胸が締め付けられそうになった。

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