第47話

王都から、王冠が盗まれたという話が手紙で届いた。


その犯人は分からないということになっているが、王妃はベリルが盗んだのではないかと疑っているようであった。ベリルはすでに王冠を奪還するために軍を動かしているがそれは狂言で、時期を見計らったところで王冠を奪い返したと発言して王位までも狙うつもりだろう。というのが、王妃の考えだった。


 王妃は手紙で、俺たちに秘密裏にベリルが隠し持っているはずの王冠を取り戻してほしいと依頼してきた。俺たちは王子に従うことを決めていたので、王妃の願いを無碍にすることはできなかった。だが、それと同時に領地に残す人々のことが気にかかった。


 ベリルの軍勢は多く、主要戦力を連れて行かなければならない。


 この間のように、領地の防衛が難しくなるおそれがあった。


「この間のようにレンズに残ってもらうわけには行かないし……」


 俺は、ぼそりと呟く。


 灯の家で、俺は迷っていた。本来ならば自分の館で仕事をするべきなのだろうが、今回の悩みはフリジアやレンズには知られたくなかった。知られたら、領主失格であると思われそうだからだった。


 領地のことを心配するのならば、領地防衛をレンズに任せるという手もある。だが、それは悪手であることは分かっていた。


 レンズは、むしろこういう戦のときに頼りになる男だ。本人も来るかどうかわからない敵よりも、敵に向かって突き進んでいくことを望んでいるだろう。フリジアや灯は、俺の側を離れることを反対するに決まっている。残していく人員などいなかった


「ルロ様……」


 迷う俺に声をかけたのは、シュナだった。


「最大戦力を連れて、行って!」


 シュナは、強い言葉でいう。


 その場に同席していた灯も、シュナの大声に驚いたようだった。普段だったら言葉使いを注意するところだが、今はそれも忘れてしまっている。


「私たちは、灯様に戦い方を教えてもらったわ。防衛ぐらいだったら、できるはず」


 力強く、シュナは言った。


 シュナはそういうが、現実がそんなに甘いはずがない。


 前回は助かったが、今回は領地の人々が蹂躙されるかもしれない。俺は、それが怖いのだ。


「俺は死んでほしくないんだ。みんなに生きていて欲しいんだ」


 下を向く俺の肩を、シュナは力強く抱いた。


それに、俺は驚く。


「バカ!」


 シュナは大きな声で、俺を罵った。


 俺は、ぽかんとする。


 あまりのことに、灯も言葉をなくしていた。


「この領地のみんなは、あなたが思うほど弱くない。なに、一人で背負っているような顔をしいているのよ」


 シュナは、弓を持ってくる。この間、彼女が持っていた武器だ。次に持ってきたのは、槍だ。さらに彼女は、嫌な臭いがする薬のようなものを持ってくる。


「弓も槍も……毒の使い方も、灯様に教えてもらったわ。私たちは、私たちの故郷を守る力がある!」


 力強い言葉であった。


 その言葉を、思いを、情熱を、それらを伝えるためにシュナは肩で息をしていた。


「少なくとも、おじさ……前領主様はそれは知っていたわよ。だから、私たちの前ではだらけてたわ」


 シュナは、部屋にある椅子を見る。


 それは、きっと父がよく座っていた椅子なのであろう。この場では、父は休日のようにだらけていたらしい。シュナが普通のおじさんと勘違いするほどに。でも、それは周囲を信用していたからだったのかもしれない。


 シュナは、自分の胸に手を当てる。


 そして、俺を睨みつけた。


「あなたも、少しぐらい私たちを信じなさい」


 シュナの言葉は、乱暴であった。


 それでも、俺の背中を押してくれた。


「……シュナ、ありがとう」


 俺は、シュナに礼を言った。


 それに、シュナは眼を丸くする。


 きっと彼女は、言葉遣いを怒られると思ったのだろう。だが、俺は彼女に感謝した。彼女の言葉がなければ、俺は前に進むことができなかったであろう。


「灯」


 俺は、愛人に声をかけた。


「戦える人間、全員に声をかけてくれ。全力で、王冠を奪還しに行くぞ」


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