第41話

時間をかけてだが、俺たちは領地へと戻ることができた。


 遠目から見る領地は、変わったところはないように見える。


それでも心配になって、俺は今すぐにでも領地に駆け出しそうになった。だが、馬を操っている灯もフリジアもそうはしなかった。


「待ってください、ルロ様」


 そう声をかけたのは、フリジアだった。


 フリジアは、真剣な表情で領地を睨んでいる。


「もしかしたら領地が制圧されて、敵が隠れているのかもしれません。私が、先に偵察に行ってきます」


 そういうとフリジアは、灯の方を見た。


 灯は、まっすぐな剣を引き抜いている。いざというときには、いつでも戦えるということを言いたいのであろう。


「灯さん、もしもの時は頼みます」


 その言葉に、灯は頷いた。


「はい、わかっています。ルロ様をお守りします」


 フリジアは己の剣を抜いて、片手で馬を操って領地に近づく。


静かに近づくフリジアも、俺も、緊張していた。


もしかしたら、敵が隠れているかもしれない。そうなれば、フリジアは敵からの一斉攻撃を受けてもおかしくはない。だが、俺がいるところでは、人影は探すことができなかった。


「とまりなさい!」


 そんなとき、少女の声が響いた。


 その声は、聞き覚えがあるものだった。


 その声と同時に、フリジアが乗っている馬の足元に矢が放たれた。それに驚き、いななきを上げる馬をフリジアはなだめる。ようやく馬が落ち着くと、フリジアが目をむいた。


そこにいたのは、シュナであったのだ。


シュナも矢をつがえながらも、フリジアの登場に驚いていた。


「フリジアさん……!」


 目を凝らした俺も、驚いた。


シュナは、男性用の防具を無理やり身に着けていた。さすがに男用のものをすべて身にまとうことはできなかったのか、すねや胸。頭だけを守るように甲冑をつけていたが。


「シュナ……どうして弓なんかを」


 フリジアは、戸惑いながらも馬から降りる。


 そこにやってきたのは、レンズだ。


「ここは、通さないぞ!この野郎!!」


 レンズは大きな斧を振り回しながら、フリジアの前に立つ。だが、自分の目の前にいるのがフリジアだと気が付いて言葉をなくしていた。


「フリジア、どうしてここにいるんだ?」


「それはこっちのセリフです、レンズ。それより、どうして、シュナが武器を扱っているんですか。彼は、女性ですよ?」


 戸惑うフリジアの後ろから、灯が声をかける。


「シュナには、僕が武器の扱い方を教えていました。弓の扱いとか、結構才能ありますよ」


 灯は、馬から降りる。


それを見たシュナは、一目散に灯に向かって走り出した。そして、ためらうことなく灯に抱き着く。


「灯様……よかった」


 人前で血の繋がっていない男女が抱き合うなどありえない。だが、この二人に関しては親子のようなものだと知っているので誰も注意をしなかった。


「敵がきたときは、私たちだけで食い止められないかと思いました」


 シュナは、泣いていた。


 気丈に武器を握っても、彼女にとってはこれが初陣だったのだろう。その緊張の糸が、今ぷつりと切れたのだ。久しぶりの子弟抱擁を見ながら、レンズはため息をつく。


「まったく、来た敵の数が少なくて助かったぜ。俺たちだけで追い返せた。あと、灯」


 レンズは、灯の頭をごつりと叩いた。


 だが、力は入っていないらしく灯は痛がる様子はない。


「おまえ、村の女たちに武術教えていただろ」


 その言葉に、フリジアは眼を白黒させる。


 貴族のフリジアにとっては、それは驚くべきものだった。普通ならならば、民衆が暴徒になるような武器を持つことを為政者は好まない。俺の領地でも、領民が剣や槍といった武器を持っていることは稀である。


 だが、灯は俺たちが思わぬ方向性の戦いたちを民に教えていたらしい。


 農民たちの武器は、農具だ。


 彼らは普段は畑で使っている農具を振り回し、敵を威嚇していたらしい。その光景を想像したフリジアは、大きなため息をついた。ちなみに、男女関係なく戦えるように男にも教えていたらしい。


「はい、農具も立派な武器になりますし。最後は総力戦になるのですから、女も、農民も、戦うべきですよ」


 その言葉に、レンズは苦笑いを浮かべる。


 普通だったら、女が武器を持つなど考えられない。


だが、灯は有事に備えて、シュナの友人知人たちに身の守り方や武器の扱い方を教えていたらしい。戦うどころか働くことさえも恥ずかしいことであると思っている貴族ではない彼女たちは、特段思うことなくそれを習得していったようだ。


「そのおかげで、少ない軍勢でも持ちこたえられたよ。烏合の衆だったけど、ないよりはましだ」

 

 レンズは、自分の巨大な斧をかつぎなおした。


 一応、彼も貴族の一人なのだが、そんな武器を持っていると農具を武器にしている民衆と変わらないように思えてならない。これは、たぶんレンズの気性のせいだろう。


「それで中央はどうなったんだ?」


 レンズの言葉に、俺は馬上から答える。


「俺たちは、スーリッツ王子に味方することにした。だが、それを知ったベリルが兵士を差し向けてきたんだ」


 なるほどな、とレンズは頷く。


 彼も貴族だ。頭脳労働が苦手と言っているが、少しのことを教えれば真実にたどり着くことができる。


「道理で敵の数が少ないと思ったぜ。だが、俺たちの領地以外では深刻な被害がでたところもあるかもしれないな」


 レンズたちは、敵襲をなんてこともないように言う。


 だが、女性たちが攻撃に徹しなければならないほどに激しい戦いを行っていたのだろう。何てこともないように言ってしまうのは、きっとレンズの性格によるものである。


「ルロは……なんか、怪我ではしたのか?」


 胸に包帯を巻きつけていた俺を見たレンズは尋ねる。


 その声には、少なからず心配があった。


「ちょっと肋骨を骨折したんだよ」


 俺は、そう答えた。


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