第40話
灯の足は、つるりとしていて触り心地が良い。
それでもしっかりと筋肉が付いていて、戦う人間の足だということが分かる。最初はすねのところばかり撫でていたが、やがてそこは俺の体温で暖まっていく。十分に温まったところで、俺の手は灯の太ももの方へと延びていた。
他意はなかった。
ただ、寒そうだから温めたいだけだった。
「ルロ様、怪我に触ります」
そう灯に言われて、俺ははっとした。
すねのあたりを撫でるのはともかく、太もものあたりをなでるのは意味合いが違いすぎる。特に、父親の愛人であった灯相手なら。
いや、愛人と言っても父は灯の立場を守るためにあえて愛人にしたのだが――そんなことを考えながら、俺はすぐに手をひっこめた。
灯は、ほっとしたような顔をする。俺のことを気遣っての表情だということは分かっていたが、どうにも別の了見のようにもとらえてしまう。
「……愛人って、言っても父上とはなにもなかったんだよな」
思わず、俺は確認してしまう。
父上と灯が愛情をもって抱き合っていたとしても、今の俺は二人を拒絶する気はない。ただ二人の過去に、そのようなことがあったと理解するだけだ。
「はい。ですが、僕の祖国では忠義を確認する意味での行為がありましたから」
そう言われて、灯と俺の国とでは文化が大きく違うことを感じた。
灯にとっての行為とは、忠義の証というものらしい。だが、父親にとっては愛情の形の確認という行為のはずである。父上は灯を愛していなかったのだろうか、と俺は思った。
「灯は、父上とそういうことをしたかったのか?」
俺の子供じみた質問に、灯は笑った。
「忠義を確認するという意味では、求めてくだされば否定することはなかったと思います」
灯の返答は、大事なことをはぐらかした言葉であった。
俺は、その言葉に満足できない。
「……そういう意味じゃなくて、愛人として父上のことが好きだったのか?」
俺の質問に、灯は少し悲しそうな顔をする。
父上のことを思い出しているような顔だった。
「前当主様との関係は、あまりに複雑すぎました。あの方は、私の患者で、仕える主であり、生きる意味でした。この国の愛という言葉は、それらの気持ちをうまく内包してくれないような気がします」
灯は、俺に顔を近づける。
「単純な愛であれば、僕は前当主様が亡くなった時に僕自身も自害していましたでしょう」
そう言われて、俺はどきりとした。
そして、心の底から灯が死ななくてよかったと思った。
「どうして、自害なんてしようと思ったんだよ」
俺の質問に「文化ですよ」と灯はいった。
「ボクの国では主が死んだら、自害するという文化があるんです」
「なんか……こわい文化だな」
灯は首を振った。
「あの世でも主に仕えることができる文化ですよ。ボクはルロ様をよろしくと言われていましたから、あとを追うことはありませんでしたが」
灯がその文化で父のあとを追わないで良かった、と俺は心の底から思った。
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