第39話

 夜が更けると、馬を休ませるためにも野宿をした。


 野宿の使う大半の道具は王宮に置いてきたので、最低限のものしかない。だが、その最低限の道具で灯は火をおこし、俺たちは携帯食の乾燥肉を齧った。


 灯とフリジアは、無理をさせた馬をねぎらう。俺も馬をなでてやりたかったが、胸の痛みでそれを断念した。


「ルロさま、大丈夫ですか?」


 灯は俺に近づいて、尋ねてくる。


そして、結んだ胸の包帯を改めて確認した。丁寧にまかれた包帯だったが、毛布を千切って包帯にしている箇所はやはりズレやすい。だが、今回に限っていえば、包帯はちゃんと己の役割をちゃんと果たしているようだった。


「包帯もズレていないようですね。よかった。これを飲んでいてください」


 灯が荷物から取り出したのは、二種類の薬だった。おそらく彼が作ったのだろう。微妙に飲み込み難い大きさで、口に含むと苦みが広がった。子供だったら、吐き出している味である。


「痛み止めです。眠くなるものなので、日中渡せなくて申し訳ありません」


 騎乗中に眠ってしまえば、再び落馬しかねない。だから、日中は痛み止めを渡せなかったのだろう。


「いいよ。馬から落ちたのは、俺のミスだ」


 俺は、拳を握った。


 俺が馬から落ちなければ、もっと早く領地についていたはずだ。なのに、俺のせいでいらない時間を過ごしている。


「ルロ様、自分を責めないでください」


 灯は、そう言った。


「馬が転んでしまったことはしょうがないですよ。忙しているときには、よくあることです」


 だが、フリジアや灯は馬をつぶしていない。


 俺のような無理な走り方をしていないからだ。


「俺にも、灯やフリジアみたいな騎乗の技術があれば」


 くやしさの余りに、そう呟く。


 だが、灯は首を振った。


「急いでいたんですから、しょうがないですよ。ルロ様は、馬にあまりなれていなかったんですよね?」


 灯に見透かされてしまい、俺は恥ずかしくなる。


 俺は、馬に一人で乗れないほどの腕前ではない。だが、フリジアや灯のように馬を全力で走らせるようなことは苦手だった。


「母上のところにいた時には、あまり遠出をする機会がなかったんだ……」


 基本的な騎乗はできる。


 だが、今日のように馬を限界まで走らせるのは初めてだったのだ。


 こんなことは言い訳だと分かる。


 馬が、どんな道で足を踏み外しやすいかとも考えられていなかった。それは間違いなく、俺のミスだ。


「もっと馬にのる練習をしていれば、よかった……」


 そうすれば、俺たちはもっとはやく領地にたどり着いていただろう。


「ルロ様……」


 灯は、俺に毛布をかける。


「余り過ぎたことを思い悩まないでください。僕もフリジアも、ルロ様に大怪我がなくてほっとしているところです」


 そう励まされると、少しだけ心が温かくなる。


 安心はできないが、少しだけ楽になることができた。


 フリジアも灯も、俺にはもったいなさすぎる部下だ。そう思っていると、灯は俺の体に毛布を掛けた。


「灯、おまえは自分の毛布はどうするんだ?」


 三枚持ってきた毛布の内、一枚は俺の手当てに使われてしまっている。無事な分は俺とフリジアで使っているので、灯の分がない。


「フリジアさんと交代で見張りをしますから、僕の分はいりませんよ」


 灯は、そう言って遠慮する。


 だが、夜の風は寒い。


「灯……こっちに来い」


 俺はそう言って、灯を呼び寄せた。


灯は「どうしたのだろう」という無垢な顔をした。俺たちよりもずっと年上だというが、そのような顔をされるとその話さえも嘘のように思えてくる。俺は、自分の毛布の半分を彼にかける。その行動に、灯は驚く。


「ルロさま!あの……ボク、冷え性だから冷たいですよ」


 本人の自己申告通り、灯の体はひんやりとしていた。指先も、足も、氷のようにひんやりしている。灯の体が触れるたびに、俺の体がぶるりと震える。灯は、それに申し訳なさそうな顔をしていた。


 けれども、俺はそれでもかまわないと思った。


「いいよ。俺があったかいから、十分だろ」


 はぁ、と俺は灯の指先に息を吹きかける。


 それだけでは温まらず、俺はずっと灯の細い足をなでていた。

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