第38話

 城の兵士の報告に、俺たちは唖然とした。俺たちの領地には、戦える人間が少ない。だというのに、ベリルが差し向けた軍勢が向かっているというのか。


「フリジア、馬に乗せている荷物を捨てろ!」


「ルロ様、それは……」


 今回持ってきた喪服などは決して安いものではない。だが、それを積んだままにしていれば馬は早く走ることはできない。


「灯、最低限の食料だけ積んで先に走ってくれ。灯だけだったら、俺たちをより早く領地につけるだろう」


 俺の提案に、灯は首を振る。


「いいえ。こんな時からだらこそ、ルロ様の側を離れるわけにはいきません」


 俺は、爪を噛む。


 冷静な頭では、大将の俺が倒れれば終わりなことはわかっている。それでも領地が心配で、判断が上手くできない。


「ベリルが、こんなにも強引な手にでるなんて……」


 王妃が、茫然としていた。


 彼女もベリルが、こんな凶行にでるとは思わなかったのだろう。


 フリジアは馬にまたがりながら「レンズさんが時間稼ぎをやってくれることを祈りましょう」と呟いていた。


「お待ちください!」


 馬を走らせようとすると王妃が、俺たちを呼び止めた。


「ベリルは、灯に執着していました。……灯が、愛人になるというのならば兵を止められるかもしれません」


 言いよどみながら、王妃は言う。


 だが、灯は首を振った。


「僕は残した故郷に残した弟子を信じています。彼女たちならば、持ちこたえることができるはずです」


 灯は、そう言った。


 俺の脳裏にはシュナの顔が浮かんだが、医者としての修行を積んでいた彼女が戦えるとは思えなかった。それでも、灯は信じているのだという。


「ルロ様!行きますよ!!」


 灯は、馬を走らせる。


 荷物を極限まで捨てた馬は、風のような速さで山道をかけていた。俺とフリジアも、それに続く。だが、さすがに灯のスピードには俺たちはついていけなかった。


 急げ、急げ、と俺は馬を走らせる。


領地の人々を守るために、俺はできるだけ早く馬を走らせた。


俺の馬がいなないた。


それと同時に馬はバランスを崩して、俺は地面に叩きつけられる。衝撃を殺しきれずに地面に転がると、肋骨のあたりで軋んだ音が聞こえた。


「ルロ様!大丈夫ですか!!」


 引き返してきた、灯。


 フリジアも馬を止めて、落ちた俺に怪我がないかを確認する。


「ルロ様、大丈夫ですか?」


 俺は自分の体を見聞するが、怪我などはなかった。ただぬかるんだ道で転んだので、泥だらけだった。体全身が痛かったが、これならごまかせると思った。


「俺は大丈夫だ。馬のほうは……」


 俺は、自分で走らせていた馬の様子を尋ねた。


 馬のほうには、灯が駆けつけていた。


「馬を早く走らせすぎましたね。足を骨折しています」


 俺の馬を見聞した灯は、腰につけていた剣を抜いた。その剣で、馬の首を切る。馬は絶命の痛みで暴れたが、すぐに力を失い手足をだらりとさせた。


足を骨折した馬の回復は難しいために、速やかに殺してやるしかないのだ。


灯は、俺たちが知らない祈りを馬に捧げていた。俺は胸の痛みを感じながら、灯の声に祈りの声は国を問わずに穏やかなのだなと俺は考えていた。


「ルロ様、怪我は?」


 灯は、俺に近づく。


 体中に痛みがあったが、何より酷いのは胸の痛みだった。呼吸のたびに「ずきり」と痛んだが、早く領土に帰るために痛みをごまかす。


「大丈夫だ、動く」


 俺がそう言うと、フリジアはあらかさまにほっとしていた。


 だが、灯の眼光は鋭い。


 その鋭い眼光のまま、灯は俺の胸に触れた。我慢できなかった俺は「いてっ!」と口に出してしまう。


「肋骨を折っていますね。息をするのも辛いはずです」


 冷静な灯の言葉は、当たっていた。


 フリジアは狼狽したように、俺と灯を見比べていた。


「フリジアさん、荷物から包帯を出してください。僕は添え木でコルセットの代わりができるかどうかをやってみますから」


 灯の言葉に、俺は首をかしげる。


「コルセットって、女が服をつけるときの下着のことじゃ……」


 俺が言うと、灯は「肋骨を骨折したときは、男性でも専用のコルセットをつけるんですよ」と教えてくれた。灯はそこらへんに落ちていた木片を追ったり削ったりして、添え木に仕えそうな形に木を加工していく。フリジアも包帯を持ってきていた。


「足りますか?包帯……」


 フリジアは不安そうだ。


 最低限の荷物に減らしているから、包帯の数もかなり少ない。灯は、フリジアに寝ると器用の毛布を取ってくるように言った。


「俺のせいで……かなり時間を無駄にしてしまったよな」


 俺は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 だが、灯もフリジアも何も言わない。俺の手当てに真剣になっている。


「怪我人は余計なことは考えないでください」


 灯は、寝るための毛布を引き裂いた。その毛布で、添え木と俺の胸を固定した。苦しいぐらいにきつく結ばれた布に、俺は思わず触れる。


「少しゆっくり馬を走らせましょう」


 灯の言葉に、俺は「急げないか?」と尋ねる。すると灯は、鋭い目つきで「強い衝撃を与えると折れた骨が、内臓に突き刺さるかもしれませんよ」と言ってきた。


 怖い言葉に「冗談だよな」と俺は灯に尋ねた。


「冗談なはずないでしょう……。フリジアさん。僕の荷物を少し移してもらっていいですか?ルロ様には、こちらの馬に相乗りしてもらいます」


 灯は自分の馬につんでいた食料をフリジアの馬に移した。そして、荷物から解放された馬に俺を乗せる。灯は、そこにひょいと飛び乗った。


 馬が、小さく身震いをする。


「重い?」


 手綱を握った灯が、馬に尋ねる。


 当然ながら馬は答えなかったが「がんばって」と灯は、馬の前足の付け根を叩いた。灯は馬を走らせるが、先ほどまでのスピードは出ない。フリジアもそれは同じだった。


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