第37話
俺の言葉の意味は、まだ幼いスーリッツ王子は理解できていなかった。
母の隣で、言葉なく立っている。
それでも、しきりに母の顔と俺たちのことを見つめていた。自分のことを言われているとは分かっているのに、その言葉の意味が分からないのはもどかしいことだろう。
「母上、何の話をしているのですか?」
スーリッツ王子は、母に尋ねる。
母親である王妃は、何といえばいいのか迷っていた。やがて、彼女は口を開く。
「この人たちは、あなたが将来いい王様になるならば味方になってくれると言っているんですよ」
母の言葉に、スーリッツ王子は無邪気に喜んだ。
「うん。僕は、将来は父上のような立派な王様になるよ」
その言葉に、俺は首を横に振る。
王子は、そんな俺を不思議そうな目で見ていた。
「いいえ、王子。自分らしい王を目指してください。王子が良いと思えるものを目指してください」
俺は、王子と視線を合わせた。
王子は普段は見慣れない大人に近づかれたせいか、緊張しているようだった。
「それって、どういうこと?」
スーリッツ王子は、たずねる。
「俺も父親のような領主になりたい、と悩んだことがあったんです。けれども、俺の仲間たちは「そのままでいい」と言ってくれました。王子も「そのままでいい」と言われるような、良い人間になってください」
俺の言葉が難しかったのが、スーリッツ王子は顔をしかめる。王妃は「王子には、まだ難しい話だったかもしれませんね」と言った。
「あなたが、近くにいて王子を教育してくれればよかったのに」
王妃は、俺にそんなことを言った。
お世辞ではなかった、と思う。
綺麗な瞳で、彼女はまっすぐに俺を見据えていた。この視線がウソならば、この世に信じるものなど何一つもないだろう。
「部下にも、そう言われました」
俺は笑う。
もっとも、灯は冗談交じりだったが。
「けれども、俺には父から受け継いだ領地だけで精一杯です」
俺は、灯の肩を抱く。
俺にとって、灯は領地の象徴だった。灯が健やかでいてくれれば、領地は大丈夫なような気がする。そんな錯覚に陥らせてくれるような人だった。そんなことを知らない灯は、目を点にしていたけれども。
「大変です!」
城の兵士が走ってくる。
その場にいる全員に緊張が走った。
「ベリル様が、王子に味方する軍勢の領地に兵を放ちました」
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