第36話
王の葬儀が終わると、貴族たちはそれぞれの領地へと戻っていった。俺たちも荷物をまとめて、自分たちの故郷へと戻ろうとしていた。
「お待ちください」
そんな俺たちに、声をかけた女性がいた。
この国で最も高貴な女性である、王妃である。喪服のままの王妃は、未だにスーリッツ王子をつれていた。俺たちは、慌てて礼を取る。
「頭を上げてください」
王妃の言葉に、ようやく俺たちは頭を上げた。
近くで見た王妃は、顔色が悪く痩せ細っているような気がした。きっと夫の葬儀の喪主を務めた心労が、そうさせていたのだろう。
「この度は、葬儀中にベリルが剣を向けて申し訳ないことをしましたわ」
王妃の言葉に、俺たちは驚く。
だが、よく考えてみれば王妃の謝罪は当たり前のことだった。
王妃は、今王族の中で最高権力者である。そして、ベリルが起こした不始末の正すのは彼女しかいなかったのだ。
「いいえ。俺にも、灯にも怪我はありませんでしたから」
俺は、灯の方をちらりと見る。
灯も頷いていた。
灯も、あの一件に王女が悪いとは思っていないようだ。
それを見ていた、王妃は小さく呟く。
「その従者を随分と大事にしているようですね。ベリルが執着したせいで、迷惑をかけてしまって申し訳ないわ……」
はぁ、と王妃はため息をつく。
そして、旅装束であってもなお美しい灯を見て言う。
「彼は、あなたの愛人なんですか?だからこそ、あんなにも執着したんですか?」
王妃の質問は、直球だった。
その質問に、俺は少しばかりたじろぐ。王妃は、王族の文化のなかで生活しており、愛人という言葉に嫌悪感は少ない。王や貴族たるもの側妃や愛人を持つのは普通のことである。さすがに、それが男というのは珍しいことだった。
だが、もう俺の中で答えは決まっていた。
「いいえ、灯は父の愛人です。そして、俺にとっては領地と共に受け継いだ遺産であります」
その答えに、王妃は驚いていた。
「俺は、自分の領地で育たなかったんです。けれども、フリジアやレンズ、灯といった人々を遺産として残してくれたからなんとかやっていけてます」
俺は、灯の手を取った。
灯は、それに驚く。
「何一つ、残してもらえなかった。最初は、そう思いました。けれども、今は違う。父上は、一番大事な人を残してくれたって。絶対に裏切らない人を俺に残してくれたって、思えるようになったんです」
俺の言葉に、王妃は微笑んだ。
その微笑は、優しい母の顔だった。
「いい考えですね」
そして、同時に抱えている王子のことを不安げに見つめる。
「この子も、父から多くを譲り受けることはできないかもしれません。どうか、私たちの味方になってもらえませんか?」
王妃の狙いはこれだったのだ、と俺は思った。ここで、できるかぎり味方を増やし息子の王の座につけたいのだろう。
王妃の言葉に、俺はフリジアの方を見る。
フリジアは、頷いて賛成の意を表していた。
「分かりました。俺たちは、スーリッツ王子に味方いたします。ただし、一つお願いがあります」
俺の言葉に、王妃が身構えるのを感じた。
俺が、何を要求するのか分からなかったからだ。
「どうか王子は傲慢になることなく、人々を助け、感謝できるような、謙虚さを持った人に育ててください。それが、俺の願いです」
俺の言葉に、王妃はきょとんとしていた。
俺の頼みは、おそらくは味方となった貴族らしくないものだっただろう。普通の貴族だったら金や地位、領地を所望するものだ。
「それは――難しいそうですね」
王妃は、呟く。
「ですが、それが俺の願いです。お願いします。この国の国民は、俺の領民でもあります。彼らを不幸にはしないでください」
将来の国民の幸せは、小さな幼い王子の双肩にかかっていると言えた。
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