第35話

葬儀の場所は教会から、墓地へと移った。


歴代の王族たちが眠る墓地は、今日はいつもとは違って参列者で溢れていた。豪奢な飾りが施された王の棺が、墓穴の中に深く埋められていく。それを見ながら、フリジアは呟いた。


「もう少しで、灯さんとルロ様も墓穴に埋まるところだったんですからね」


 小さな声だが、フリジアは真剣に俺と灯のことを心配していた。俺と灯は、そろって苦笑いをした。盛大にやらかした自覚が、一応俺たち二人にもあった。


 だが、あの場では灯を庇わなければならないと思ったのだ。


その相手がフリジアであっても、俺は同じ行動をしていただろう。俺の内心を見透かしたように、フリジアはため息をつく。


「部下思いなのは良いことです。良いことですけど、限度があります」


 灯さんはあれぐらいのことならば一人で解決できますよ、とフリジアは言う。その通りなのだろう、と俺は思う。


そうは見えないが、灯は俺たちよりもずっと年上だ。経験もあり、実力もある。彼に任せておけば、きっともっとよい方向に解決したことであろう。俺は、場を荒らしただけだ。


 王の棺に、土がかけられていく。


 それを見ながら、灯はぼそりと呟いた。


「ルロ様。ボクが必要ですか?」


 その言葉に、俺は眼をむく。


 俺は一度だって、灯が必要ないと思ったことはなかった。むしろ、灯がいなくなってしまうことが怖くて仕方がなかった。


「俺には……まだ、灯が必要だ」


 その言葉は、真実だった。


 灯は「そうですか」と答える。


 黒髪と同色の服が、風を受けてそよぐ。この場の誰よりも、灯には喪服が似合っていた。まるで、喪服という黒が彼のためにあるかのようだった。


「ルロ様、あなたは王子につきますね」


 灯は、純真な目で俺に尋ねる。


 虚を突かれた俺であったが、灯の問いかけには静に頷いた。


ベリルの横暴さは、度を過ぎている。ベリルは横暴さゆえに、きっと何かを引き起こすであろう。スーリッツ王子は幼すぎたが、それでもまだ賢王に教育ができる可能性が残っていた。


「ベリル様は、傲慢が過ぎる。……俺は、あの人の傲慢を許すことはできない」


「ルロ様は、傲慢さを嫌いますか?」


 灯は、俺に尋ねる。その顔は、ちょっと不思議そうだった。どうやら、灯も為政者は多少の傲慢さが必要と考えているのかもしれない。


 俺は、自分に言い聞かせるように口を開いた。


「俺は、色々な人に支えられて生きている。領地の人々、フリジア、レンズ……そして、灯。お前たちに支えられて、生かされている。それを分からない人間が王座につくことは、危険だと思うんだ」


 俺の言葉に、灯はゆっくりと頷いた。


「けれども、王には王なりの傲慢さも多少は必要ですよ。ルロ様には、それを身に着けていただかないと」


 灯の言葉に「それは、追々な」と答えた。


「でも、俺は傲慢さを学ぶのが難しそうだよ。教えてくれる父上もいないし」


 いいえ、と灯が首を振った。


「傲慢さは、人間が一番簡単に身に着けられるものです。それは、教えられなくとも学んでしまうものでもあります」


 むしろ、謙虚さこと難しいのです。


 灯は、そう言った。


 そうなった人間を知っているかのような言葉であった。


「スーリッツ王子も、ルロ様のような方が側にいたら謙虚さとちょうどいい傲慢さを学ぶことができるかもしれませんね」


 灯の言葉は、現実味がないことだった。灯自身も現実味がないことを知っていて、くすくす笑いながらの言葉だった。


「おいおい、俺に領地を捨てろっていうのか?」


 父が残した領地だから、簡単には捨てられない。


 灯もそれを知っているから、心配するようなことはしていない。


「宮仕えはご興味ありませんか?」


 悪戯じみた灯の言葉に、俺は首を振る。


 俺は、もう自分の領地が好きになっていた。ずっとあそこを守っていきたい、と思うようになった。


「宮仕えの興味はないよ。俺は、父親が残したものを守るためにいる。それは、領地と灯――お前たちだ」


 俺は、灯に手を伸ばした。


 灯は、俺の手を両手で包み込んだ。傷だらけ指に包まれると、それは温かかった。まるで、励まされるようだった。


「傷だらけの手だな……」


 俺は、小さく呟いた。


「全盛期を過ぎた手ですよ」


 灯は、残念そうに呟いた。けれども、灯の瞳に鋭い光が宿った。その光は鋭く、恐ろしい者に見えた。


「ならば、あなたが守りたいものを守れるように……私も戻りましょう。今から、私は貴方の剣です。あなたの兵士として、復帰します」


 灯の言葉に、俺は驚く。


「いいのか……その手の怪我は」


 灯は、利き手の握力ない。


 それが理由で引退していた。


「利き手だけはどうにもできませんが、それ以外は鍛えなおします。使い捨ての駒ぐらいにはなれるように頑張りますんで」


 灯の答えが、俺には怖かった。


 灯をいつか戦争で失うかもしれないのが怖かった。


 父も、こんな気持ちだったのだろうか。


 戦争で灯を失いたくなかったのだろうか。


「長生きしてくれよ」


 俺は、無意識にそう言っていた。

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