第34話

「灯は自分の意思で、俺の仕えると言ってくれました」


 俺は、ベリルに向かってそう言った。


 その言葉に、灯は眼をむく。


「ルロ様、なにを……」


 戸惑う灯を制して、俺ははるかに格上の相手に向かって口を開く。一言間違えば、俺の首が飛び、それが違法とならない相手と話している。それが、こんなにも怖いとは思わなかった。


「俺の命を人一にとっても、灯がベリル様のところには行きません。灯は、自分の意思で俺のところにいます。そして、俺が死ねば自分の意思で別の主を探すでしょう」


 灯の意思は揺らがないだろう、と俺は言いたかった。


だが、これは嘘だ。


実際のところ、俺の命が危険にさらされれば、灯は簡単に自分の身を売るであろう。俺は、灯のそういうところを何度もみている。


「灯が、主の命よりも自分の意思を優先させると思うのか?」


 ベリルの言葉に、俺はにやりと笑ってやった。


 まるで、挑発するかのように。王族相手にこんなに不遜なことをしているなんて、と俺は自分で自分に驚いていた。


「自分の意思を優先するように、命令しています」


 灯は、俺の言葉に目を丸くする。


 そして、灯はきつく目をつぶっていた。


きっと、彼の神に祈っていたのだろう。異国からやってきた灯が、どんな神を信じているかはしらない。けれども、願える相手がいるのがいることが幸せなことかもしれないと思った。


「灯、俺の命を優先するな。自分の仕えたい人間に、仕えろ」


 俺は、そう言った。


 灯は、唇を噛む。


 そして、灯は立ち上がった。この国の礼儀を知っている者ならば、灯の行動が無礼だということがわかる。灯が、この国の礼儀を知らないわけではない。だから、灯はあえてやっているのだ。


 あえて立ち上がり、ベリルと敵対をしているのだ。


「もしも、主の命を天秤にかける気ならば……容赦はしません」


 灯は腰を落として、拳を握る。

もしも、俺になにかがあったのならば、灯は何のためらいもなく戦うであろう。そう知らしめていた。だが、灯の手に武器はない。


「剣相手に、素手で戦うつもりか?」


 ベリルが、灯に尋ねる。


 灯は、無感情に答える。


「死ぬまで戦うだけです」


 それは、きっと真実であろう。俺に害がなされた途端に、灯はきっと死ぬまで暴れるに違いない。灯の素手の戦いは見たことがなかった。だがきっと、鬼のように強いであろうことは想像できた。


「けっ、喧嘩は止めてください」


 教会に、甲高い声が響いた。


 それは王妃の腕に抱かれた、スーリッツ王子のものであった。スーリッツ王子は、涙をこらえながらも叔父のベリルにそう声をかける。幼い王子にそう声をかけられたこともあり、ベリルも剣を納めないわけにはいかなかった。舌打ちをし、ベリルは剣を納める。灯も、拳を納めた。


 俺が後ろを振り向くと、フリジアも胸をなでおろしていた。彼はこの数分で、あやうく上司と部下を同時になくすところだった。フリジアには、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ルロ様……灯さん。こちらの寿命を縮めないでください」


 心労でげっそりとしたフリジアに、俺は本当に申し訳ない気持ちになる。この心労で、おそらくフリジアは三年ぐらい寿命が縮んだに違いない。


 フリジアは、自分よりも年上の灯を睨みつける。フリジアは、本気で灯に怒っていた。いや、俺に対しても怒っているが、まず灯に叱責しているのだ


「灯さんも、自分の命は大切にしてください!あなたにはシュナもいるんですから」


 幼い少女の名を出して、フリジアは灯を叱る。


 灯が亡くなった時、一番悲しむのは間違いなくシュナであろう。フリジアは、遠く離れた片思いの相手のことを思って怒っていたのだ。こんなに思っているのに、片思いだけど。


 だが、灯は微笑むばかりだった。


 その微笑の異様さに、フリジアは「なんで笑っているんですか?」と尋ねる。灯は嬉しそうに


「シュナは一人でも生きていけるように、色々と教えていますよ。だから、大丈夫です」


 と答えた。


 その返答に、フリジアは頭を抱えた。今日だけでフリジアは何歳老け込んだのだろうか。あまり老け込むとシュナとまた年が離れてしまうので、ほどほどにしてあげたい。


「そういう問題ではなくて……」


 フリジアがため息をつくなかで、レンズが切った部下が運び出されていく。その光景のぞっとしながらも、葬儀は再開されたのだった。


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