第32話

悲しみに包まれた葬儀が行われた。


参加者全員が喪服に身を包み、若くして亡くなった王を教会で悼む。王の肉体は神父に祈りをささげられたのちに、王家の墓地に運ばれてそこで永遠の眠りにつくのだ。


 儀式を終えるまで、王族と護衛以外の武器は許されていない。俺やフリジアも正式な喪服を身に着けてはいるが、武器は帯刀していない。王族ではないからだ。逆に王族であれば、幼くとも帯刀する。母の隣にいるスーリッツも幼いながらに、儀礼的な剣を腰につけている。


「ねぇ、母上。父上はもうお仕事できないの?」


 幼い故に父の死を理解できないスーリッツが、王妃のドレスの裾を掴んでいた。純粋な疑問の目に涙はなく、代わりに王妃が涙を流していた。王妃と王は政略結婚だったというが、それでも仲はむつまじかったという。そんな人を亡くした女性を慰められる人間など、一人もいなかった。


 城の外では、国民たちも若すぎる王の死を悼んでいた。


 俺はそのような葬式に参加しながらも、なお自分の父親のことを考えていた。


父が死んだときは、母の屋敷に電報が届いただけであった。


だが、領地では父の死を領民の全てが悲しんだのだろうか。そう思うと自分が引き継いだものが、今更ながらにどしんと重くなったような気がした。


「スーリッツ王子は……噂通りに幼いようですね」


 フリジアが、ぼそりと呟いた。


 俺からしてみれば、スーリッツ王子は年齢相応の子供に見える。だが、王族ではそれではダメなのだということも嫌というほどわかっていた。なぜならば、彼がこれから王位を争う相手は叔父であるベリルなのである。


 もしも、これでスーリッツが神童であるという噂でも立てばスーリッツ派が多くなるかもしれないが、あの年齢相応の幼さではあまりに情けない。王妃も葬儀の最中は泣いてばかりで、いかにも弱弱しい女然としていた。あれではとてもではないが、王子の後任に立つのは難しいのではないだろうかと思わせた。


「新しい王位はベリル様でしょうか……」


 フリジアは、呟く。


 だが、俺の意見はフリジアとは違った。


 俺は、ベリルの傲慢さを恐れていたのだ。


現状では、ベリルには幼い王子以外にライバルになるような相手がいない。それが、ベリルを益々傲慢にしているような気がした。昨日だって兄の葬儀の前にもかかわらず、灯を愛人にと望んだのだ。


 彼の傲慢さは異常だ。


 誰も意見できない王になったとき、ベリルの傲慢さは益々膨れあがるのではないだろうか。俺は、そんな危機感を覚えていた。


「為政者に過剰な傲慢さは必要ない」


 俺は、ぼそりと呟く。


 その言葉を聞いていたフリジアは、最初こそ驚いたような顔をしていた。だが、すぐに小さく笑う。


「そう言えば、前当主様も同じことを言っていました。統治者が傲慢になれば、他者の声は聞こえなくなる。民の苦しみも見えなくなる……と」


 フリジアは、俺を見つめる。


 その目は、真剣な目であった。


「しかし、為政者には多少の傲慢さも必要です。優しいばかりでは、国は立ち行かなくなります」


 フリジアの言葉は真剣だ。


 それは貴族として、政治を学んできた者の正直な言葉であった。


 だが、俺は故郷となった領地の人々を思い出す。あの土地を、日々を暮らす人々の様子を、それらを思えば傲慢になどはなれないと思うのだ。


「それでも俺は、傲慢にはなれない。為政者が傲慢になるのは、すごく簡単なことだと思うんだ」


 血統だけで偉くなり、それだけが理由で、様々な人が膝をつく。


 それに胡坐をかくのは簡単だ。


 だが、なぜ自分に頭を下げてくれるのかを考えた時に俺はやはり傲慢にはなれないと思った。


「ベリルは、たぶんそれが分かっていないように思える。ベリルの傲慢さは危険だと思う」


 俺はベリルではなく、スーリッツ王子の陣営につくことに決めた。


 フリジアは、俺の気持ちを見抜いたようにため息をつく


「為政者には、多少の傲慢さも必要なんですからね」


 たしかに、そうであろう。


 優しすぎる王など、無能であると同等だ。それぐらいは、俺にも分かる。だが、それは傲慢すぎることを肯定する理由にはならない。


そんな人間の下にいる部下たちは、きっと可哀そうだ。俺は、灯やフリジアをそういう人間の部下にはしたくないと思った。


「俺は、灯やフリジアを不幸にはしたくないよ」


 そう呟くと、フリジアは呆気にとられたような顔をした。


 そして、静かな声でいう。


「ルロ様は、為政者に向いていなかったかもしれませんね」


 フリジアの言葉に、俺は少なからず衝撃を受けた。


 けれども、それは自分でも若干ではあるが考えていたことでもあった。優しいだけでは、為政者は務まらない。だが、自分はきっと優しいだけにしかなれないかもしれない。


 俺は、自分を変えるべきなのだろうかと思った。


 優しさを少し捨てて、傲慢さを得ることができれば理想の為政者になれるだろうか。


 そんなことを俺は考えていた。


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