第29話
自分に、灯が相応しいか否か。
そんな懊悩を抱えながら、俺たちは王都の王宮へとたどり着いた。城を基調とした城は荘厳なつくりをしていて、俺はそれに圧倒されていた。だが、俺以外の人間は王宮に来たことがあったらしい。お上りさんのように王宮に認めていたのは俺だけであった。
王宮にたどり着くと、何人もの使用人に頭を下げられた。そして、客室へと案内される。灯や俺たちの荷物を通された客室へと運び込み、そこから喪服の皺をとったりと色々なことをしていた。その忙しさは、彼も王宮の使用人だといっても通じるほどであった。その後、正式な服に着替えてから王妃への目通しである。
「ようこそいらっしゃってくださいました」
俺たちに声をかけたのは、王妃マグロリータだった。喪服を身にまとった彼女は、まだまだ若く美しいと言える容姿をしていた。その隣に立つ幼い少年は、スーリッツ王子なのだろう。王候補の一人の登場と王妃の登場に、俺たちの間に緊張が走った。
「この度は、非常に残念でした……」
俺たちは、それぞれに頭を下げる。
王妃は扇で顔を隠し、悲しみに耐えているようであった。順当ならばスーリッツ王子が王座に就くべきだろう。だが、スーリッツ王子はまだ七歳程度。とてもではないが政治ができるような歳ではない。だから、本来ならばスーリッツ王子の宰相としてマグロリータ王妃が立つ。だが、今回はそれを許さない人間がいた。
「もう次の王者だって顔かよ」
ベリルである。前の王の弟だが、全王とは歳がはなれていて、現在の俺たちと同じくらいの年齢だったはずである。
俺たちよりもわずかに年上の男は、喪服こそ来ているが無遠慮な様子で王妃へと近づく。
「次の王者は、このスーリッツ王子に決まっています」
王妃は、毅然とそういった。
「幼いだけの王子に何ができるっていうんだ。あんただって、政治をやったこともないくせに」
ベリルの言葉に、王妃は言い返すことができなくなっていた。
普通、女が政治の勉強をすることはない。そのため、王子が幼いゆえに宰相に立つといっても実権を握るのは別人となるだろう。
「そんな七面倒くさいことになるよりは、俺が王になったほうがマシだろうが」
ベリルの言葉にも、一理あった。
だが、王妃は一歩も譲らない。
「いいえ。王になるのは、この子です!」
王位候補同士が敵対しているなかで、俺たちはどうするべきかを途方に暮れていた。何せ、国の二大勢力が目の前で喧嘩をしているのである。
「まぁいい。どうせ、兄貴の葬式までは動けないんだ。それまでは、仲良くやろうぜ」
ベリルは、王妃から視線を逸らす。
そのことに、俺はほっとしていた。これ以上、殿上人の喧嘩など見ていたくなかったのだ。巻き込まれるのも恐ろしいというのが、本音だ。だが、俺はどちらかを選ばなければならない。
どちらかを選び、どちらかのために戦う。
それが仕事だ。
「おっ」
急に、ベリルの足が止まった。
彼の視線は、俺の後ろにいる灯をうつしていた。
「いい女だな。お前の使用人か?」
ベリルは値踏みするかのように、灯の全身を見つめる。灯は、ゆったりとした黒の礼装を着ていた。そのデザインは男女兼用でも通じる模様が描かれており、何も知らなければ灯が女性用にも見える外見だった。
ベリルの視線に嫌なものを感じて、俺は思わず灯を隠してしまいたい気持ちにおちいった。だが、それは不敬である。
「決めた。今日、俺の部屋に来い」
ベリルの言葉に、灯が一礼しながら答える。
「失礼ながら、僕は男です」
灯の表情は、ほとんど無表情に見えた。
だが、なれているものならば灯が「してやったり」という表情をしているのがわかった。灯の物腰や服や顔だけを見ていると女にしか見えない。俺もその失態を思い出し、思わずベリルに同情した。ベリルはしばらくの間、茫然としていた。
「男。こんなにちんまいのにか?」
灯は、ニコリと答える。
「はい。今回はルロ様の医者兼護衛役として同行させていただきました」
灯は、よどみなく答える。俺は別に医者を同伴させてまで城にくるほどひどい病気は持っていないのだが、灯の肩書で一番重要な肩書が医者なので医者と最初に名のらなければならない。
「それでも、いい」
ベリルは、そう答える。
灯は、何も答えず作り笑顔のままだ。
「お前、俺の部屋にこい」
そう言われて灯が見つめたのは、誰でもない俺だった
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