第13話

 翌日になると、俺の屋敷には何人もの女性が訪れていた。


 彼女たちは、屋敷でメイドとして働きたいという人々だった。フリジアは彼女たちが紹介状を持っているかどうか確認し、持っている数人だけを俺が面接するということになった。面接の準備を整えながら、俺はフリジアに尋ねた。


「紹介状が大切なのか?」


 フリジアは、女性たちが持ってきた紹介状に目を通しながら微笑む。その微笑は、紳士的なものだ。次男坊でなければ、きっと今頃お見合いの話がひっきりなしに来ていたことだろう。


「ええ、前の屋敷でちゃんと働いていた人ではないと信用できないですから。屋敷のものを盗まれたりしたら、大変でしょうし」


 フリジアの言葉には、納得ができる。


 鑑定眼のない俺には価値が分からないが、屋敷には花瓶や銀食器などがある。それらを盗んで一儲けを企む使用人もなかにはいるらしい。それに雇うのであれば、この屋敷では掃除が得意な使用人がいい。


なにせ、この屋敷には魔界と化した二階がある。


食事は俺もフリジアも家(俺は灯の家だが)に帰って取るから、料理はあまりできなくてもいい。お茶を入れることに関しても、味にはこだわらないので下手でかまわない。そのため、俺たちが求める人材は「通いで勤務できて、掃除がめっぽう得意で、誠実な使用人」だった。だいぶ大雑把だったが、とにかく贅沢は言わないので掃除が得意な使用人が欲しかった。


 俺はそれぞれの紹介状を眺めながら、面接を行った。紹介状を持っていたのは、四人である。女性にはまともな職が少ないので、田舎では紹介状を書いてもらうことも一苦労なのだ。面接をしたなかで、一際若い女性がいた。


 紹介状によると彼女は、近くの屋敷で働いていたようだった。以前の職場では泊まり込みで働いていたが、年老いた母の世話があるために今は通いの勤務を望んでいるようであった。紹介状には優秀であると書かれており、俺はちらりと彼女の容姿を見た。


大人びた容姿の彼女は髪をきちんと結い上げて、まじめな雰囲気を醸し出していた。歳は、俺やフリジアよりも上であろう。胸が豊満で、主人に手を出されそうな子だなと思ってしまった。俺は手を出すつもりはなかったが。


 書類に問題はなかったし、彼女自身も真面目そうだったので採用することにした。他にも紹介状を持ってきていた二人も採用することにする。紹介状を持ってきたのは四人で、残り一人に関してはすでに六十代になっていたため今回は遠慮してもらうことにした。あの部屋の掃除には、若者の体力が必要だ。


「最初は、掃除をお願いします。特に二階は入念にお願いします。埃だらけなので」


 フリジアは、雇った使用人たちに指示を出していた。


 俺も何かやったほうがいいかと気になったが、何をすればいいのか分からなかった。父ならば分かっただろうか、と不安になる。俺の不安に気が付いたらしいフリジアは、メイドたちの側を離れる。そして、俺に言った。


「何をすればいいのか分からない、と思っているでしょう」


 フリジアの言葉に、俺は驚いた。


 不安を見事に見抜かれていた。だが、同時にどんどん情けなくなってくる。部下であるフリジアに、心配されているのも歯がゆい。


「俺は領主なのに、何をすればいいのか分からないなんて頼りないよな」


 俺は、自嘲した。


 これが、俺にできる精一杯の強がりだった。俺に能力や経験があれば、もっと虚勢をはることもできただろう。だが、今の俺ではそれすらできない。


 フリジアは、首を振る。


「本来こういうことは、奥さまやお母様がおこなうことです。館の裏方の仕事なんです。ルロ様が何をやっていいのか分からないのは当たり前です」


 そういえば、母の館でも女主人として使用人たちの管理は母がやっていた。その仕事は数少ない母の仕事で、俺が関わろうとするとさりげなく遠ざけられたのを覚えている。あれは男の仕事ではない、という母なりの教育だったのかもしれない。


 何はともあれフリジアの言葉に、俺はどこかほっとした。


 何をやるべきかを分からない、というのは正しいことだったようだ。


「ルロ様、私たちはお披露目のパーティーの話を進めましょう。まだ、色々決めなければならないことがあるんですよ」


 フリジアの言葉通り、決めなければならないことは山ほどだった。


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