第12話
食事を終えると、灯は自室へと籠った。
どうやらそこで、ドレスをシュナに合わせるための手直しをやっているらしい。シュナに刺繍を教えたり、俺の上着を直したりをしていたのは知っていたが、ドレスの手直しまでできるとは。とことん器用な人間である。
「ドレスなんていらないのに……」
食器を片付けていたシュナが、小さく呟く。その呟きが不満げで、俺は少し気になった。シュナぐらいの年頃ならば、舞踏会が一番楽しい年頃のはずだ。
「舞踏会は苦手か?」
年頃の娘らしくない、と俺は思った。俺が想像する年頃の娘というのは、舞踏会を楽しみにドレス選びをする子たちだ。灯のドレスも若い子向けではないが、素晴らしいものだったので楽しみにしているものだと思ったのだ。
「私には、不相応よ。私は、ここで灯様の医療を学べるだけで十分なのに」
シュナは、ため息をついた。
どうやら、シュナは舞踏会が憂鬱であるらしい。
「貴族の娘が働くというのは、いい顔しない者がほとんどだろう。結婚すれば、医者として働かなくても良くなるかもしれないぞ」
俺の言葉に、シュナは不機嫌そうに膨れる。
こういう子供っぽいところが、灯に妙に似ていると思った。夫婦は似てくるというが、子弟も似てくるものらしい。
「そんなことは知っているわ」
シュナは、きっぱりと言った。
彼女も幼い子供ではない。普通ならば、社交界デビューしている年頃の立派な女性である。自分がしていることが、普通の男性には好まれないことをちゃんと理解しているのだ。
「でも、私は自分の力で生きていきたいわ。たとえ、結婚できなくて一人で生きていくことになってもね」
シュナの考えは、一般的な女性らしくなかった。普通の女ならば結婚に夢を見て、より社会的地位の高い男性と結婚することを望む。そのために自分の美を磨き、舞踏会で輝けるようにダンスを学ぶのだ。
そんな女性ばかりだと思っていた俺には、シュナの言葉は好ましく聞こえた。そして、同時にとてもたくましくも思えたのだ。それと同時に、このような女性を教育している灯のことをすごいと思った。
「いいな。自分の力で道を切り開くって」
俺の言葉に、シュナは眼を見開く。
まるで、俺がそんなことを言うとは思わなかったような表情だ。あたりまえからもしれない。シュナの生き様は、普通の男ならば理解しがたいものだ。
「……本当にそう思っているの?」
シュナは、いぶかしむように俺を見つめる。
俺の考えが、信じられないと言ったような顔だった。
「おじさんでさえ、私が医学を学ぶことはいい顔をしなかったのに」
父も貴族の娘が働くことに賛成をしなかったらしい。だが、後見人が灯ということもあって面と向かっては何も言わなかったようだ。しかし、歓迎されていないことはシュナも感じており、ひっそりと「おじさん」と父に悪態をついていたらしい。
俺は、苦笑いした。
父へのおじさん呼びは、ちょっとしたシュナの反抗心からだったらしい。
俺は、シュナの目をまっすぐに見て言った。
「働くことは悪いことだとは思わない。それが、貴族の娘であってもな」
俺の言葉に、シュナは少しだけ嬉しそうな顔をした。
その表情は、とても幸せそうだった。自分の生き方を肯定されることは、シュナにとってこの上ない幸せだったのだ。
「よかった。灯様しか、私の生き方は賛成してくださらないから……」
賛成されない生き方をしていたシュナは、孤独だったのかもしれない。その孤独を気の強さで今まで隠していたのだ。それを思うと、彼女も可哀そうな子だったのかもしれない。
「灯様が、周囲の意見を気にしないのは異国の人だからだし……」
ああ、そうか。
俺は、納得する。
灯にとって、この国の貴族の娘が働かないというのは知識としては知っていても実感はないことなのだ。もしかしたら、灯の国では女性でも手に職を持っていたことが珍しくなかったのかもしれない。だから、シュナに知識を教えようとしているのだろう。自分がいなくなっても、彼女が困ることがないよういに。
「そのことが、私にはありがたいんですけどね」
シュナは、そう言った。
シュナも灯が異国出身故に、この国の常識に疎いことはちゃんと理解している。そして、それを理解しているうえで利用しているのだと言った。
シュナは利用というが、彼女と灯の関係はもっと穏やかなものだと思うのだ。彼らは子弟の仲を超えて、親子のような関係を築いているように思った。そうでなければ、褒美でもらったドレスをシュナのために仕立て直すはずがない。
「シュナ!」
嬉しそうな灯が、部屋から出てきた。
その機嫌の良さに、俺もシュナも少しばかり引く。灯はシュナの首根っこを掴むと、自分の部屋に引っ張り込んだ。
「髪飾りとかアクセサリーも選びましょう。靴も必要ですし。ほら、このなかから選んでください!」
灯は、うきうきとしていた。シュナは、あきれ返ってため息をついていた。俺は開けっ放しになっていたドアから、灯の部屋をのぞいてみた。
部屋の机と床にはきらびやかに輝く、髪飾りや靴がいくつも並べられている。俺は女性のアクセサリーには疎いが、どれもがシックで大人っぽいデザインだった。あきらかに灯に合わせて作られている。
「靴にはサイズがありますから新調しなければならないかもしれないですけど、どのようなものが好みなのかを知る手がかりにはなるでしょう」
灯は、青色の靴をシュナに持たせてみる。その青い靴も男のものとは違って、デザインが凝っている。ドレスの裾でほとんど見えないはずの靴にまでオシャレの情熱を注ぐなんて、女性は大変である。
「髪飾りは、そのまま使えますよね?どれが好みですか」
今度は、灯はシュナに次々と髪飾りを見せてくる。パールで作られた豪奢なものもあれば、花を模した銀製のものなど、様々なものがある。
俺は、はっとした。
「おい……その髪飾りとか靴って」
灯が、自分で購入するはずがない。
だとしたら、答えは一つだった。
「前当主様から頂いたものですよ」
俺は天を仰いだ。
父よ、愛人に色々と贈りすぎだ。
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