第10話

館についた俺たちが、最初にやったのは舞踏会の招待客の選定だった。


 俺の挨拶が一番のメインなので、父の代から使えてくれている人間たちが招待客のほとんどになる。そのほとんど人間と俺は初対面だ。この土地で育っていればほとんどが顔見知りになっていたのだろうが、残念ながら今はそれを悔やんでいる場合ではない。


「予想はしていたけど、ほとんどの人が初対面だよな」


 館の机の上で、俺は突っ伏す。


 大したことはしていないと思うのだが、なんだか疲れてしまったのだ。


 そんな俺を見て、フリジアは笑う。


「ルロ様は、ここで育っていませんからね。今回の招待客は、私にはだいぶ見覚えがある人たちですけど」


 そんなことを言うフリジアが、俺はうらやましかった。できることならば、俺も父の側で仕事のノウハウを学びたかった。そうすれば、今のように困るようなことはなかったかもしれない。そんな感情など言葉にはできないが、そんな思いをこめて俺はフリジアを見つめる。フリジアは、俺の視線に気が付いていないようだった。


「知らない人ばかりだとやりずらいですかね。ルロ様の知っている方も招待しますか」


 この地域に住んでいて、俺と知り合いの貴人なんていただろうか。母は舞踏会もお茶会も主催しなかったから静養地にも知り合いは少ないのだがと思いつつ、俺は疑問符を浮かべる。フリジアは、微笑んだ。


「灯さんですよ。貴族ではありませんが前領主様の元で武功も上げていますし、お弟子さんは没落したっても貴族ですし」


 フリジアの言葉に、俺は「なるほど」と思った。


 愛人を招待するのはどうだろうとも思ったが、彼は元兵でもある。医者であるから地元の名士かもしれないし、なによりシュナは元貴族のご令嬢だ。招待しても、一応はおかしくない相手ではある。


「だったら、灯への招待状は俺が直接わたすよ。今日も、帰ってこいと言われているから」


 灯は舞踏会になれているのだろうか、と俺は少し考えた。父の愛人だが男だし、表には出てこなさそうな人間である。だとしたら招待状を渡すのは迷惑かもしれない、と少し考えた。だが、背は腹にかえられない。


 俺は、フリジアから招待状を受け取った。上等な紙に、蝋の封がされた紹介状である。俺たちが初めて主催する舞踏会の招待状だと思うと、気恥ずかしいような気がする。だが、ここからすべてが始まるのだ。


 招待状を書き終われば、あとは舞踏会に必要な人員を用意するだけである。


 舞踏会には音楽や料理など、様々なものが必要になる。楽団や料理人などに、声をかけなければならない。俺とフリジアは父宛てに届いた手紙をひっくり返して、父が贔屓にしていた料理人や楽団の住所を確かめた。そして、彼らに手紙を書く。


「あとは、会場の飾りつけとかだよな。どうやっているんだ」


 俺の疑問に、フリジアは答える。


「普通ならば、使用人がやるんですよ」


「普通ならばか……」


 どうやら、父は生前は使用人をやとっていなかったらしい。そうでなければ、二階があのようなことになっているはずがない。


父が残した書類を見て少し感じていたのだが、父はどうやら自分のことや自分の屋敷にかかる費用をかなり抑えていたらしい。雇っていた使用人も最低人数で、しかも父の死後はほぼ全員が老齢を理由に止めていた。


 灯の家の食事が質素だったのも、父の趣味に合わせてのことだったのかもしれない。あと、上着を直したのもきっと灯には慣れていたことなのだとう。父が迷惑をかけていたのだなぁ、と俺は遠い目をして思った。


「通いでもいいから、来てくださる使用人を探さないといけませんね」


 結局、その日は招待状のリストアップと使用人の募集を出すことで終わった。やることは多いが、できることは微々たることだ。だが、この微々たることを積み重なるしか今はすることがない。


 フリジアは、それに飽きることなく付き合ってくれた。


「悪いな、フリジア」


 一応、フリジアは俺の部下という立ち位置になる。だが、それよりも幼馴染としての歴史が長いので、仕事に長時間突き合わせることに罪悪感があった。


「ルロ様。今は、ルロ様が当主なんですからね。そんな気持ちは捨ててください」


 言われて、俺はちょっと言葉に詰まった。


 まだ、人を使うことに俺は慣れていない。灯にも、昨日同じようなことを言われた。理想となる領主像には、まだまだ届かないということなのだろう。


だが、フリジアといい、灯と言い、俺は周囲に恵まれていると思うのだ。周囲に恵まれているおかげで、ここまで順調に仕事ができている。


「そういえば、さっき灯の弟子が貴族とか言っていたよな」


 灯の弟子と言ったらシュナだが、彼女は女性だ。貴族の女性は働かない。というより、働くことはみっともないとされているのだ。そのため、俺は医者見習いのシュナが貴族だとは思ってもみなかった。


「亡くなったご両親は間違いなく貴族ですよ。身寄りがなくなってからは、灯さんが引き取って……それで医者の真似事をしているのです」


 フリジアの表情が、少しだけ暗くなった。


 どうやら、フリジアはシュナが働いていることを快くは思っていないらしい。フリジアの感性は、普通のものだ。貴族の女性が働くのは、恥ずかしいこと。それが、一般常識だ。


だが、俺はフリジアとは同じようには思えなかった。自分で生き抜くための術を身に着けようとしているシュナが、好ましく思えたのだ。もしかしたら、貴族としてのシュナを知らないからそう思えただけなのかもしれない。


「このパーティーで、シュナさんの結婚相手も見つかってしまうかもしれません」


 フリジアは、ため息を吐く。


「十四歳ぐらいならば、まだ早いだろ」


 貴族の子女たちは、十四歳で社交界デビューをする。だが、すぐに結婚相手が決まるのは稀である。普通は十八歳から二十歳ごろにきまるもので、そこを過ぎれば行き遅れとされる。


「ですが、彼女には身寄りがありませんからね……」


 たしかに本人の気持ちよりも家同士の繋がりを重要とする貴族同士の結婚では、身寄りがないというのは辛いことだろう。


「灯さんも、医者の真似事なんてさせなければいいのに」


 着飾れば彼女も美しいでしょうに、フリジアは呟いた。


 俺は、そう言えばシュナはドレスを持っているだろうかと考えた。


 もしも、持っていなければ恥をかかせてしまうからだ。


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