夜に書いた手紙

鈴木松尾

夜に書いた手紙

 返信は要らないです、と書いておいたのに、自宅を出る度に郵便受けをつい確認してしまう。返信の手紙はまだなかった。ボクには決まり文句で、返信は要らないです、と書いている節がある。それでもこれまで彼女は返事をくれていた。空の郵便受けを見た後、駅までの徒歩でいつも通り、送った手紙の内容を思い返す。


 定期検診で月島に行っています。月島はもんじゃ焼きが有名で、徳島にあるかどうか分からないけど、美味しいので送りますね。ボクはこの店のすぐ前にある自販機でこのもんじゃを買って、自宅で母と食べてみました。けっこう美味しかったです。同じ明太チーズのもんじゃがこの手紙が届いた後、届くと思います。同じ自販機で買った物なので、同じ味がすると思います。

 病気の事を教えてくれてありがとう。何て言うべきなのか分からず、ボクは何の役にも立てないのが分かっただけですが、自宅近くの神社で、悠花さんが早く治るようにお祈りしました。また美術館で絵を教えて欲しいです。鮭、についてボクは最近知りました。こないだ紹介した動画で、高橋由一がなぜ鮭を描いたのか、の回がUPされていました。あの鮭の絵はすごく好きだったので、後で見る、に入れずにすぐ観てしまいました。言葉による説明の限界を、写実した絵で乗り越える、って目的があったようです。質感とか遠近感が当時の日本画にはなくて、カラー写真がなかった頃にリアルさを追求すると画家による絵しかなく、奥行きや影を表現した絵を記録として近代化に使った、そうです。いつの時代も、可視化、は大切なんですね。確かに、今でも、待ち合わせとかで場所を説明するのに地図の方が、言葉で伝えられるより理解しやすいです。

 そういう意味ではお見舞いに行きたいのですが、東京の隣りに住むボクが徳島に行くとなると何か迷惑を感じます。何か手伝える事があればいいけど、離れた所に居ると役に立たない言葉しか送れない、無職無能の自分を悠花さんにアピールするだけですね。

 返信は必要ないです。ボクは手紙とかはがきを書くのが好きで送っています。一方的な感じ、ごめんなさい。年賀状も送りますが、こちらも返信しなくて良いです。ボクは何年か前に手術した後、麻酔から醒めてベッドから起きたときにiPhoneを起動してLINEを使っていたら、3分もしない内に疲れてしまった事があります。ブルーライトは身体に強烈なんですね。ちなみに8月末に退職してからLINEを開きたくなくてメッセージを確認していなくて今日に至っています。理由は分からないんだけど、LINEを開けなくなってしまいました。アプリが壊れたとかでないんだけど、どうしても触れなくて、ちなみになぜか電話にも出れなくなってしまって、iPhoneの電源は切れたまま、になってしまいました。もし悠花さんからメッセージをもらってたらごめんなさい。ノートを使って、メールは開ける心境を維持できているので、何かあればそちらに送ってもらえると助かりますが、無理しないでくださいね。だいぶ、字が下手でここまで読んでもらっているとしたら、申し訳なくなってきました。またね!


 駅に着くと、もう送ってしまった手紙だし、と諦めの気持ちに落ち着くのもいつもの決まり事になり始めていて、改札を抜けてからいつもの乗車位置に着くと、返事が来たら次は何て書いて送ろうかと思ったり、もんじゃは食べれたかな?と思ったり、今日の診察でこの事も話した方がいいかな?とか、一方的な事への罪悪感も、忘れてしまう。

 月島から帰って来て、母さんが作ってくれた晩ご飯を食べた後、居間でゆっくりしていると、あの事も書けば良かった、と後悔する自分に半笑いして、ノートにYouTubeとネトフリを開いてダラダラして25時近くまで過ごしてしまう。それからgmailを素早く開いてすぐ閉じた。iPhoneの電源は切れたまま。ノートの画面の光が、キーボードのファンクションキーのF3辺りから横に寄り掛かっているお気に入りのシャーペンを照らしている。

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夜に書いた手紙 鈴木松尾 @nishimura-hir0yukl

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