第七章

「弥琴さん、朝ですよ」

 一成に起こされた。壁にかけてある時計が示した時刻は、六時。普段の俺ならまだ寝ている時間だ。

「行くんでしょう、星男に会いに。そろそろ準備しないと」

「……そうだな」

一度寝たことで、ぼんやりとしてしまった意識の中そう答える。ベッドから出ると、一成は満足そうな顔で「七時に出発です。準備が出来たら声をかけてください」と言い残し出て行った。彼の身支度は完璧だったので、もう済ませたのだろう。一体何時に起きたのだろうか、怖いのであまり考えないことにした。

身支度にはさほど時間がかからなかったので、一成を呼びに本館の方へ向かった。そこで、一成の弟たちに遭遇した。名前は昔聞いたことがあるのだが、何せ二人居るのでどっちがどっちだかわからない。

「おはようございます」

長髪の方は俺に一礼してきた。一成に所作が似ているのは、やはり兄弟だからだろうか。それとも__

「はよ」

もう一人は砕けた感じである。バイクに乗っているのは確かこっちの方だったという記憶が残っている。名前は忘れてしまったが、細かいことは案外覚えているものだ。

「おはよう」

そう挨拶すると、二人ともこちらに目線を向けてきた。

「兄貴と一緒に出掛けるんだって?」

 頷く前に

「兄さん、時々無茶なことするから……。何事もないと良いですね。いってらっしゃいませ」

と、長髪の方が会話を終わらせた。確かに一成は、時々とんでもない無茶をする。自分の力が強大だと分かっているからこそなのだろうが、見ているこちらがヒヤヒヤするのだ。

「宗吾、蒼麻そうま。挨拶は終わりましたか?そろそろ出かけたいのですが……」

 考えていたら一成が現れた。手には車の鍵。もう出発するということだろう。

「ごめんなさい、お客さんなんて珍しいから……」

長髪の方は申し訳なさそうに言った。反対に、

「お前起きるの早すぎるんだよ、朝からうるさくて俺まで目が覚めたっつーの。いってらっしゃい」

 もう一人は悪態をついた。一成の弟なのか疑いたくなるほど、性格が似ていない。顔は瓜二つなのだが……。そんなことを考えているうちに、「行きましょう」と一成に急かされた。

「じゃあな二人とも、またな!」

「別に俺はお前が居なくたって良いけど……」「同感。僕には兄さんが居ればそれで」

 つくづく可愛げのない奴らだ。俺はそのまま湯川邸を後にした。


「星男のいる場所まで飛ばしていきましょう」

 一成はハンドルを握るなりそう言った。どうやら茨城県内でも遠方にあるようだ。

「それはいいけど……お前眠くなんねーの?」

一成が起きた時間は正確にはわからない。が、俺より早いとなれば五時前には起きているはずだ。

「ええ。十分な休息をとっていますから」

コイツは鉄人なのかもしれない。そう思いつつ外の様子を眺めるが、目立ったものは見当たらないので俺の方が眠くなってきてしまった。これは昨日と同じパターンな気がするが、俺が運転している訳では無いので寝ても良いだろう。俺は瞼を閉じた。



「ここですね、神社。弥琴さん起きてください」

 次に意識が浮上した時には、もう神社に到着していた。我ながらよくぐっすりと眠れるものだと感心してしまう。

「……普通の神社じゃねえか」

 確かに念の気配はあれど、それも弱い反応だ。「星男」と言うからには夜に活発になるのかもしれないが、今のこの状態だとカシマサマや蓮を封じられるほど強いとは思わない。

「午前中ですからこんなものでしょう。いざとなれば僕と弥琴さんで何とか制圧できる時間を選びましたから。さぁ、中に入りましょう」

 だから朝が早かったのか、と一人で納得しつつ一成の後を追う。神社は地域の中では恐らく大きいのであろうが、夏梅が居た場所には及ばない。この中の念は、星男は何者なのだろう。不思議とワクワクしている自分が居た。

「星の神様、僕たちは用事があってここまで参りました。お姿を現しては頂けませんか」

誰も居ない空間に向かって一成が呼びかける。すると、何処からか声が返ってきた。

____何用だ

 カシマのように、低い声だった。星の神というだけあって、重厚感がある。

「僕たちは、貴方のことを知りたくここまで来ました。どうか、お姿を現して頂けませんか」

 一成のその声に応えてか、

「これでいいのか」

と彼は姿を現した。カシマと同じ髪の色、同じように伸びきった髪の毛。深い青色の瞳には、大きな星の模様がある。間違いなく星の神だ。気になった点と言えば、その身体が布で縛りつけられている点だ。手は手錠のように繋がれ、足もそれは同様。封印されているというのは、間違いではないらしい。

「初めまして、星神様。僕らは念を操り、人々を救っている者です。……よろしければ、星神様のお話をお聞かせ願えませんか?」

 下手に出る一成が居てくれた、本当に助かった。俺だったらもっと砕けた話し方をしてしまうところだっただろう。

「貴様らに話すような、大した話はない。俺はカシマと……ちょうどお前のような顔をした奴を封印した。それをよく思わなかった大和の連中に、俺は縛られ封印された。それだけの話だ」

 お前のような顔、というのは一成を見て言ったことだ。つまりは蓮を指しているはず。

「……何故、あの二人に封印をかけたのです?」

 当然の疑問だ。大和閥でも出雲閥でもない星神は、そんなことをする必要性がない。

「俺は、星への畏怖で構成された念だ。畏怖というものは、時に強大な力になる。それをよく思わなかった大和の連中は、武術に秀でたあの二人を使い俺を滅ぼそうとした。


だが、蓋をあけてみれば勝ったのは俺だった。俺は平穏な日常を過ごしたかった。ここから見る星空を、命ある限り堪能したかった。それこそが勝てた要因だと思っている。意志を持つものは守るべきものがあると、人一倍の力を発揮するみたいだ。そして、当時の俺の全ての力を使い封印した。それを知った大和の連中は、今度は布の神をよこしてきた。力が戻りきってない俺でも勝てそうな、か弱い神だ。


しかし、負けた。敗因はわからないが、あっさりと俺はそいつに封印されてしまった。この姿なのも、その為だ」

 なるほど、だから布で固定されているのか。一人で納得しつつ、話に耳を傾けた。

「……あの二人の封印を解こうと思ったことは?」

 一成は二人のことが随分気にかかるらしい。特に気になっているのは、蓮に関してだろう。念と人間であれほど仲が良い例は、そう存在しない。

「無いし、今更解く力も残っていない」

 星神の言葉は現実的であり、同時にあの二人の封印が解けないことの証明だった。一成も流石に落胆した様子である。

「……そうですか」

「そうだ」

 首肯する星神に興味を失ったらしい一成は

「弥琴さん、無駄足です。帰りましょう」

と一言発するが早いか、車の方へ向かっていった。俺も慌ててその後についていく。星神に一礼し、神社を去った。酷く居心地が悪かった。


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