第五章

しばらくして着いたのは、俺も見たことがある佐原邸だった。「蓮、入りますよ」と一成は勝手に扉を開けた。合鍵まで持っているとは、この二人はどんな関係性なのだろう。未だによくわからない。

「構わん、入れ」

聞き覚えのある声がした。佐原蓮__こちらも人の「強くなりたい」という信仰から出来た念__のものだ。こちらは念らしく、中性的な見た目、声である。

「蓮、今日はカシマサマのところへ行ってきたんです」

「ほう、カシマか。どうだ、変わりはないか」

世間話を始めた二人の傍で、ひっそりとたたずむ俺。蓮はしばらくの間話に熱中していたが、やがて俺の存在を認めると

「待て、名を言うな!今思い出す……貴様は橘の者だな、どうしてここに」

警戒態勢で俺の方を向いた。

「いや、カシマサマに会いたかったのは俺なんで……」

俺は、今までの流れを説明した。蓮は無言で、無表情で聞いているだけだった。

「カシマが何者か気になる、だと?」

しかし、そこに引っかかったようだった。もしかして、とんでもないことを知ろうとしているのかもしれない。

「本当に気になるのか?」

 見つめてくる青緑色の瞳は澄んでいる。俺を試すかのような言葉遣いに、衝動的に「ああ」と答えてしまっていた。

「カシマは、佐竹家の始祖だ。佐竹という家は、全員カシマから受け継いだ念の集合体だ。器はその中でも、念を感じ取れないもののみが選ばれる。その方が都合が良いからだ。器は念の代わりに、高い身体能力や頭脳を持ち合わせている。藤原家はそれが欲しいのだ、それにカシマや私は古くから彼らに仕えてきた。お役に立ちたいってところだな」

 ……お前も藤原家の手先かよ。しかしそれは今突っ込むべき内容ではないので、無言で頷く。

「カシマは私の、唯一の相棒だ。本来は二人で一緒に居るべき存在だ。しかし、星男に負けてこのザマだ。私はこの家から出られない、カシマもあの家からは出られないのだよ。そういう風に星男に封印されてしまったのだ。だからわざわざ使い魔を使っている」

 蓮がそう言うのと同時に、使い魔が顔を出した。何か言うわけでもなかったが。

「……あの」

「皆まで言うでない。わかっておる、理解できないことなど。して、何から知りたい?」

 何故かドヤ顔で蓮は問う。

「……お前は、何処かの家の始祖だったりしないのか?」

「せぬ。佐原という名字も適当に名乗っているだけだ」

確かに、蓮の性格では作ったところで破綻しそうだ。かつては作ったことがあったのかもしれないが、断言されている以上その可能性は低い。

「星男って何なんだ?そいつも念か?」

「星男という名は私やカシマが勝手に呼んでいるだけで、本当の名は……遠い昔に聞いたきりで忘れてしまった。何にせよ嫌な男だ。私やカシマを忌々しく縛り付けるとは。藤原家の敵対勢力であったが、昔に奴も封じ込められたらしい。我々への封印は解かぬまま、な。強力すぎて本人でも解けないそうだ。困ったものだな」

要領を得ないが、念ではあるらしい。藤原の敵対勢力であれば、俺達出雲派の味方だったのだろうか。しかし今封じ込められているとなると……藤原家を倒すには厳しいだろう。

「星男ってのは、今何処にいる」

 一応訊くだけ訊くことにした。出雲派にとって有力な手掛かりが得られれば、それだけでも儲けものだ。

「知らぬ、存ぜぬ。カシマなら知っているかもしれぬな。私の方が早く封印されたから、詳しいことは知らぬ」

 蓮の答えはあっさりとしたものだった。俺が出雲派ということを知っているから、過剰に情報は与えたくないのだろう。

「そういえば僕も訊いたことありませんでした、星男さんの居場所」

 一成は呟くなり、スマホを弄り始めた。何かを調べている様だ。

「ふん、知らなくていい。知る必要もない。あの男が私達の封印を解くというのなら、話は別だがな」

 蓮からこれ以上情報を引き出すのは無理だ。どうしたものか。

「まぁ、星男の話なんていいじゃないですか!ね、蓮。今日はお土産も用意したんですよ」

 一成は場の空気を変えようと、鞄から土産を取り出した。

「どうせまた新勝寺の土産だろう」

 蓮は悪態をつくが、機嫌が戻ったようだ。

「それはそうですけど……」

 一成が取り出したのは栗羊羹だった。そういえば以前もこんな光景を見たことがある。

「……ふむ、まぁいいだろう。これは有難く貰っておこう」

「気に入ってもらえたようで、何よりです。では僕達は帰りますので」

「うむ、達者でな」

 すっかりご機嫌になった蓮を横目に、俺達は帰った。一成が居なければどうなっていたかと思うと、少し腹が痛んだ。


帰りの車内で、一成は言った。

「星男、っていうのは……実は思いつくものが一つありますね」

 唐突だったので、しばらく返答できなかった。無言な俺を無視して、彼は続けた。

「古代の日本では、星というのは忌むべき存在の一つでした。星は時間の経過などで、見える場所が変わるからです。星男というのは、そういった昔の人々の想いが積み重なって出来た念でしょう。さっき検索をかけましたが、そういった神様を祀った神社も存在します。場所は茨城県。……カシマサマと、同じ県。どうですか弥琴さん、気になりませんか?」

 一成は好意で俺に話を振ってくれている。恐らく一成本人は出雲派だの藤原だのには興味が薄いのだろう。だから蓮の敵対勢力である俺にも、情報提供をしてくれるのだ。優しいと言えばそうだが、脅威でもある。相手方につかれたらたまったもんじゃない。

「……気にならねえって言えば噓になるけど」

「決まりですね。今日はもう遅いので、僕の家に泊まってください。明朝出発しましょう」

 一成は車を自宅へと走らせた。田園風景が郊外らしくなってきた頃に、湯川邸に到着した。


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