第四章

「弥琴さん、起きてください。着きましたよ」

「あ?」

「カシマサマのお宅です。到着しましたよ」

どれくらい走ってたのかはわからないが、一成が疲労している様子はない。恐らく成田からそこまで離れていないのだろう。辺りを見渡すと、森の中に和風の大豪邸があった。これが恐らく、カシマサマの家なのだろう。

「ほら、行きましょう」

「わかった」

 二人で車を降りる。一成はそのまま豪邸まで歩いていき、扉をノックする。

「すみません、一成ですが」

するとまもなく、「お入りください」と戸が開かれた。俺も一緒になって、豪邸の中に入る。

当たり前だが、中も豪邸だった。掃除が行き届いているのか、玄関には埃一つ落ちていない。それに高そうな絵やら壺やらが至る所に置かれている。それに奥の部屋には、重い念の気配がある。恐らくそれがカシマサマだろうと思いながら、靴を脱ぐ。

 「私、カシマサマの身辺の世話をしている佐竹航波こうはと申します。一成様と、弥琴様ですね。本日はよろしくお願い致します」

 男女どちらにもとれる中性的な見た目は、一成に通ずるものがあった。いや、顔も一成とよく似ている。決定的に違うのはブロンド寄りの茶髪と、念か人間かという二点だろう。航波は俺でもわかる、念だ。カシマサマが作り出した式神、という訳ではなさそうだが。式神にしては、オーラが自立しすぎている。好き好んでカシマサマに仕えているのだろう。それか、仕えざるを得ない理由があるか。対する一成は人間である。何かに縛られていることも無い。

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

「よろしく」

丁寧な一成に対して、適当に返してしまった俺。何となく、一成と居ると調子が狂う。

「カシマサマがお待ちです。ご案内致します」

そう言われ通されたのは、やはり重圧を感じる奥の部屋だった。

「カシマサマ、失礼致します。ご客人です」

「入れ」

重厚感のある声だった。確かに、これなら藤原と関わっていると言われても納得できる。歴史を感じる声だ。

「失礼いたします」「お邪魔します」

各々声をあげて入ると、そこに鎮座していたのは俺よりも大柄な男性__いや、念に性別などないが__だった。航波と同じ髪色であり、伸ばしっぱなしのそれはかえって重厚感を演出している。それに、着物の上からでもわかる筋肉量。どんな信仰から生まれた念なのか、うっすらとわかってきた。オレンジ色の瞳は、本来ならば安心材料のはずなのにこちらを圧迫する。オーラが桁違いだ。ここまで強いとは、思っていなかった。一成は慣れているのか平然としているが、正直に言えばその様子も化け物だ。それくらい、俺には重い。

「ふむ……一成以外の客人が来るのは久しぶりだな」

しかも相手も、俺の様子が分かっている。確実に遊ばれている。こちらへ向ける圧がどんどん強くなっていく。大したものは食べていないが、朝飯を吐いてしまいそうだ。

「……して、何の用だ。何、怒ってはいない。こんなところまでわざわざ来るとは、大切な用なのだろう」

 視線が俺に突き刺さる。しかし、思うように声が出せない。この部屋そのものがカシマサマの結界であったのだ。足を踏み入れたことを軽く後悔しながらも、

「……カシマサマ、とは何者か……それを……訊ねに来たんだ」

と、声を振り絞る。カシマサマは「ふむ。それは中々面白い質問だな」と考える素振りを見せた。

「カシマサマ……そうか、今の佐竹家はそう呼んでいたな、確かに。お前にもわかる通り俺は念。人々の強くなりたいという信念が、具現化したものだ」

 そこまでは俺も読めている。見るからに強靭な肉体だから、強化系であることはすぐにわかった。

「して、俺が何者か……お前に言ったところでわかるまい。それとも、誰かに頼まれたのか」

「……頼まれちゃ……いねえけど、知り合いが……佐竹と……友達なんだとよ。なら……土産話の一個くらい……必要だよなぁ?」

「ふむ、佐竹家の友人の友人か。それならばこう伝えると良い。今代の器は知りすぎた、新しいものを作り直すから再び仕えよ、と」

 俺には全く持って理解不能だった。だが、何となく引っかかったのは

「器……ってのを、もしかして……藤原家に献上でもしてんのか?」

「いや、邪魔が入って出来ていない。先代も今代も、仕えてくれる相手が悪かったことだけは確かだが」

つまりは、したくても出来なかったらしい。コイツが何故藤原家と関係があるのかは謎だが、俺は今凄まじいことを訊いてしまったのではないか。答えない俺の代わりに、一成が「佐竹家に伝えておきます」と返事をしていた。

「話は終わりか」

 問いただす語尾だが、明らかに会話を打ち切ろうとしている。俺は頷くしかなかった。一成は元々付き添いなので、訊きたいことなどないらしい。

「航波、客人を玄関まで送ってやれ」

「かしこまりました」

航波は、「ではこちらへ」と俺達を誘導した。結局、訊きたかったこともロクに訊けなかった。仮にも念を操れる者として、失格の印を押されても仕方がない。

「カシマサマ、久しぶりに外の方とお話しできて楽しそうでしたよ。またいらしてくださいね」

 あれでか?と疑問に思ったが、長居したくないので「お邪魔しました」と二人で一礼しカシマサマ邸を後にした。


「……なぁ、一成。アレって機嫌よかったのか?」

 一応第三者からの意見も訊いてみる。一成は意外なことにも頷き、

「圧を弥琴さんの方にばかりかけて、遊んでおられましたね」

と微笑んでいた。俺の感覚がおかしいのか、相手側がおかしいのかもうわからない。

「……ところでカシマサマ、って一体何だったんだ?」

本人にはぐらかされ、よくわからないままだ。

「もう、本人が仰っていたではありませんか。そういうことではなくて、ですか?」

一成は急に真面目な瞳になった。運転中なのでこちらを見ることは無いが、真剣さだけは伝わる。

「……確実に安心なところに行くまでは、お預けさせてください」

どうやらカシマサマの監視のことを、暗に言っている様だった。俺は「わかった」と言い、運転を見守っていた。

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