第二章

……で、わざわざつくばまで行ってきたと。ご苦労様だな」

出だしから躓いた俺は、人間観察が趣味だという幼馴染__成瀬咲夜に事の顛末を話した。大学でも社会学だかなんだか、まあ人間の営みに関することを学んだ咲夜だ。少しは何か、ヒントが得られるかもしれない。

「お前、超常現象とか信じないもんな」

咲夜は目線を俺に移した。

「信じない、というか解明したいというか……」

「同じことだろ」

一刀両断だった。彼の目は、俺のことを真っすぐに見据えている。

「そこまでして解明したい理由がわかんねーよ。謎なままの方が良いことも、世の中には絶対あるんだから」

彼は溜息をついた。俺の思考を読むのは、どうやら難しい様だ。

「それでも、気にならないか?宇宙はどうなっているのか。カシマサマとかいうのは純粋に解き明かしてみたいことだな。未知数なものを、わかるようになりたいんだよ」

 咲夜はジトっとした目でこちらを見ていた。そしてしばらくした後、「そこまで言うなら」と、口を開いた。

「僕の友人に、一人そういうことに詳しい奴が居る。紹介してやろうか?」

「いいのか?」

「別に構わないけど……必ず答えに辿り着ける訳じゃないからな。勘違いするなよ」

咲夜は釘を刺した。そして、スマホを操作し始める。数分間いじった後に、

「一週間後、僕の家。来れる?」

と訊かれた。

「絶対行く」

そう返すと、咲夜は頷いた。これで、これ以上転ばずに済みそうだ。


*

 一週間後。町田にある咲夜の家に足を運んだ。そこに居たのは、家主である咲夜と大柄な男性。俺も背は高い方だが、ほぼ同じ背丈に見える。一八〇センチは超えているだろう。

「おじゃまします」

 そう挨拶しあがると、「お前が昴?」と大柄男に訊かれた。「そうだ」と肯定すると、大柄男も名乗った。

「俺は橘弥琴みこと。気軽に好きな様に呼んでくれ。何でも、超常現象について知りたいんだって?」

「弥琴か、よろしく」

頷きながら握手をする。俺と同じ大きな手だった。

「まぁ立ち話も何だし、二人とも座れよ」

 咲夜がそう促したので、俺達は対面に座った。弥琴の彫りが深い顔がよく見える。

「……で、超常現象ってどんな話なんだ?聞かせてくれよ」

俺はつくばで見たあの映像のない様を話した。咲夜は二度目なので興味無さそうだったが、弥琴は真剣な眼差しで聞いてくれた。

「……着物の女が爆風、か」

 弥琴にはそこが引っかかったようだった。

「あんな風を起こすのは、男であろうが無理だ。何か特殊な力でもはたらいてないと、説明がつかないんだよ。それを解き明かしたいのが俺の気持ちだけど」

「その着物の女の容姿とか、覚えてないか?」

監視カメラには、ハッキリと着物女が映っていた。記憶の中から彼女の姿を手繰り寄せる。

「……長い黒髪、紫色の着物。目は吊り上がっていて、鋭い眼光……」

ふと見ると、弥琴の顔が引きつっていた。心当たりがあるらしい。

「……その女以外は」

ワントーン低い声で問いかけられた。

「ミニスカの子が歌ってたことくらいしか……。あ、でもカシマサマがどうとか」

「そうか……」

 弥琴は溜息をついている。

「昴、お前って視える人?幽霊とか」

「いや、まったく」

 そもそも視えるなら、科学者にはなっていない。

「じゃあ、あんまり危険はなさそうだけど……。いいか、着物の女は会ったら話しかけられる前に逃げろ。そいつは危ない。他の奴はちょっとわかんねぇけど、着物女はヤバい」

「何がどうヤバいんだよ」

語彙の無い説明をされてもわからない。

「着物女、そいつは人間じゃねえ。ついでに言うと、カシマサマってのも人間じゃねえだろうな。二つとも元をただせば似たようなモンにいきつくだろう」

「は?」

意味が分からず聞き返してしまった。俺は自分で言うのも何だが、頭は良い方だと思っている。だが、弥琴の説明は要領を得ず理解しづらい。

「……一から説明するか。念、っていう存在はわかるか?」

「いや、聞いた事ねぇわ」

聞き覚えのない言葉だった。弥琴は「そうだよなぁ……」と呟きながらも説明してくれた。

「念、っていうのはさ。例えば、神様や幽霊って言うのはこの世の中に絶対存在するんだよ。でもそれって、何つーか……『人が居るって信じてるから』存在できるわけ」

 もうこの時点でよくわからなくなっているが、咲夜が嚙み砕いてくれた。

「幽霊見た!怖い!って話の大半は見間違いだけどな。でもまぁ、要はそれを信じてる奴らが居るから神とか幽霊も実在する……ってめちゃくちゃじゃねえか」

「難しいんだよ説明が……。俺別に語彙力あるとか頭いいとか、そういうのじゃねえし。だけどまぁ、そういうことなんだよ。信じる人が居るから神様や仏様は存在できる。実際、宗教ってそうだろ?誰も信じなければ廃れるんだよ。それと一緒。そして俺たちはそれらを念と称しているってこと」

咲夜は頷いていた。確かにわからないこともないが、何とも強引な説明だ。しかもそれと着物女の関係性が見いだせない。実はあの着物女は念?だった、とか?しかし、それでは光夜に攻撃していた理由がわからない。

「ここまではいいか?」

「まぁ……良いけど」

あまり深く考えると頭がおかしくなりそうだったので、一度話を進めてもらうことにした。

「あの着物の女は藤原千秋って言って、千年間生きている人外なんだよ」

 俺は考えることを放棄した。今の人類の最高齢でも、百十数歳程度だろう。それの約十倍、千年間生き続けている女が居るらしい。どうなっているんだ、この世界は。

「藤原千秋っていう女はとにかくヤバい。目的の為なら何でもする。多分その時はカシマサマ?が目的だったんだろうけど……とにかくお前らも気をつけろよ」

 気をつけろよ、と言われても気をつけようがない。遭遇するときはするだろうし、そこで爆風でも起こされたら終わりだ。

結局分かったことと言えば、まだまだ未知の世界があることくらいだ。カシマサマのことなんて、何もわからなかった。

「今日はありがとな!俺ちょっと用事思い出したから帰るわ!」

 そう言い俺はその場から立ち去った。もう、あんな話ずっと聞いていたらおかしくなる。古代や中世ならまだしも、今はもう二十一世紀だ。科学の時代だ。そんな意味の分からないものがあるのなら、すぐにでも研究対象にするべきだ。謎はさっさと解明した方が良い。


町田から俺の家がある橋本に向かう車窓は、一般的な家庭が立ち並ぶ平和なものだった。

これでいい。こうあってほしい。俺は景色を眺めながら、帰路についた。

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