第一章
数日後。俺はつくば市に居た。何故かと言えば、それは光夜の発言が気になったからに他ならない。本当に面白い話があるなら、聞くのも悪くない。
駅からバスに乗り込み、光夜が働く研究所に向かう。車内は静かで、乗客も少なかった。何処か光夜に似ている少年が居るのには驚いたが。親戚か何かだろうか。そんなことを考えつつもバスは進んでいき、研究所に着いた。少年も同じ場所で降りた。少し気まずい空気が流れている気がしたが、気のせいだろう。俺はここの研究所にも時たま出入りはするので、身分証を見せ所内に入った。少年はというと、「光希くん元気だったー?」「あのあと一回も来ないから、心配してたんだよ」と研究員に声をかけられていた。本人は「色々あって……」とはぐらかしていた。
それはどうでもいいので、光夜の研究室に向かう。地下にある彼の研究室は、研究資料と実験器具が置いてある。部屋は豪華なのに、簡素だ。
インターホン越しに「来たぞ、光夜」と言うと無言でセキュリティが解除された。俺が部屋に入ると、光夜は「待ってたぞ昴。ところで、俺にちょっと似た少年を見てないか?」と問うてきた。
「光希って子のことか?それならバスで一緒だったし所内に居ると思うぞ」
何処となく光夜の面影がある少年のことが思い浮かんだ。
「あぁ、同じバスか。ご苦労さん、俺は光希も交えて話をしたいんだけど……というか、だからお前に来てもらったって訳。中学生に神奈川まで行かせるのは、財布の事情的にも厳しいだろうしな」
それはお前がこっちに来るのが面倒なだけだろ、旅費ぐらい出してやれよ。
そう思ったが、言わないでおいた。流石に歳をくえば、言っていいことと悪いことの区別はつく。しばらく談笑していると、インターホンが鳴った。
「光夜兄さん、光希だよ。開けて」
少年の声だ。まだ大人になりきれていない、そんな声。
「あー、はいはい」
光夜は立ち上がると、セキュリティを再び解除した。ここのセキュリティは一定時間が経つと、自動でまたロックされるらしい。一人の為にここまでするとは、恐るべき研究所である。
「ロック解除してくれてありがとう。ところで、お客さん?兄さんのところにお客さんなんて、珍しいね」
少年は、やはり光夜に似ていた。ブロンドがかった髪、オレンジ色の瞳。目つきの良し悪しは、少年の方が良いが……似ている。
「俺は橋本昴。まぁ、招待されてここに来た。よろしくな」
俺は笑顔を作って光希を見つめる。
「僕は佐竹光希、光夜兄さんの……親族です。よろしくお願いします」
光希はぺこりと頭を下げた。こちらもつられて会釈する。礼儀の正しい少年だ。
「自己紹介は終わったのか?さっさと本題に入りたいんだが」
光夜はわざわざ待っていてくれた様だ。何だかんだ人間が出来ている。
「あぁ、俺は大丈夫」
「僕も。兄さん、話って何なの?」
光夜は一気に真顔になり、
「二人とも、超常現象って信じるか?」
そう訊いてきた。先日も同じ問いを受けたが、俺の答えはノーだ。首を横に振る。
しかし光希の方はと言うと、顔が青ざめていた。「……信じたくない」という声は、震えていた。
「お前は実際目にしたっぺな、光希。信じてねえ訳ではねえだろ」
身内に語り掛けるとき、方言を使うなんて知らなかった。新しい光夜の一面を発見出来たことに内心驚きつつ、光希の方を見る。
「……そうだけど」
本人は否定していたいが、彼はどうやら価値観の変わる何かを体験してしまったらしい。
「昴、笑わないで聞いてくれ。この世界には、俺達でも解明できない超常現象が存在する。光希はそれに取り憑かれてんだ」
その話に笑える要素はなかった。だが、超常現象がどうのとか言われても、ピンとこないのが実情だ。
「それをどうやって証明するんだよ」
そう言わざるを得ない。
「カシマサマって目に見えないからな。だがここに、あの日の映像が残っている」
俺には何のことだかさっぱりわからないが、光希はピンと来たようだ。顔がこわばっている。
「……それ、何で残ってるの」
「監視カメラが幸いにも壊れてねえ。だから残ってんだ。見るか?」
光希は首を縦に振った。恐らく振らずとも、俺が居るから見ることにはなっただろうが。
「じゃあ、流すぞ」
光夜はパソコンを立ち上げ、ハードディスクを読み込ませる。やがて、映像が再生され始めた。
*
それは一言で表すなら、異様な光景だった。着物を着た女が起こした爆風は人間が起こせるそれを超越している。光夜の研究室が壊れてしまったのも、間違いなく彼女のせいだろう。是非ともこの女に会って、インタビューをしてみたい。何を思って、そうしたのかを。
他にも、銀髪のミニスカ女の方は何やら語り掛けているのか歌っているのか__口の動きからすれば歌だろう__とにかく、言葉でその場を制圧している。恨めしそうに這いつくばる着物女。こちらも超常現象と捉えて間違いはないだろう。日本刀で刺されて起き上がっている着物女は、尋常ではない生命力だ。
「でもこれって、合成じゃねえのか?」
当たり前の疑問を口にする。こんな突飛な映像、コラ動画か何かだと思えて仕方がない。
「違う。まあお前なら疑うと思ってたけど……それを証明できる手段は、残念ながら無いな」
光夜は頭を抱えた。証明する手段がなければ、俺はこの映像を信用しきれない。超常現象なんて、あってたまるか。
「だが、お前はジンクスとか都市伝説とか、家系にまつわる特殊な話とか……聞いたことはないか?」
脳内を検索すると、幼い頃に聞いた話がヒットした。俺の家は、本家は山梨の田舎にある。名字は谷村。地元では結構な名士らしいが、後継ぎが居ないのでじきに廃れるだろう。その谷村家に関する話で、「双子は不幸になる」というものがあった。実際に数十年前に双子が分家に生まれたが、彼らは二人とも若くして未来を亡くしたらしい。片方は植物状態で、生きてはいるそうだが。
不幸な事故が起きたことは確かだが、それは言い伝えと関係があるのだろうか。答えはノーだ。そんなジンクスやら都市伝説やらに振り回されていたら、面倒くさい。
「聞いたことはあるな」
一応そう答えると、光夜は「そうか」と頷いた。何に対する肯定なのだろうか。
「一応、どんなものだったか教えてくれないか」
光夜は真剣な表情だった。つられて俺の顔も引き締まる。
先ほど思い出した谷村家の話をすると、「ありがとう」とで礼をされた。本当に役に立つ話だったのだろうか?
「昴、お前もこれでわかっただろ。科学だけでは、俺達の力だけでは解決できない大きな力があるってことを」
わかったような、わからないような。本当は疑っているが、空気を読んで頷く。これが最適解だろう。
「じゃあ、この爆風着物女もミニスカの子も、解決出来ねえって訳?」
俺の問いを、光夜はあっさり肯定した。
「今の技術じゃ、無理だ。ミニ__歌姫のボイスサンプルは何度録っても異常がない。それに着物女の方は、千年間生き続けているらしい。この謎を解き明かすのは、俺達が生きている間は無理だろうな」
俺と光夜は同時に溜め息を吐いた。世界はまだまだ、謎に満ち溢れている。
*
「ところで、さっきから言っているカシマサマって何なんだ」
聞いたこともない名称だ。
「あぁ……それは口外しちゃいけないんだよ。超常現象だし、お前が危険な目に遭うかもしれない」
ということは、カシマサマの話がメインなのではない。恐らくあの映像を見せる為だけに呼んだのだろう。それで出向いてしまう俺にも、問題はあるかもしれないが。
「知りたきゃ自分で調べろってことか」
「そうだ。佐竹の人間に訊くんだな。まあヤケを起こしてる奴でもない限り、口を割ることは無いと思うが」
無理難題じゃないか。俺は佐竹家の知り合いなんて、光夜を除けばそこの少年__光希しかわからない。しかも、話してくれそうな雰囲気ではない。
「まぁ、俺は俺で調べるよ。この現象に科学的な名前がないのも、スッキリしないしな」
それだけ言い残し、俺は部屋を出て行く。二人の視線が背中に突き刺さっているのは、承知だ。
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