第四一話 不死殺しの方法

AM2:34

死者:175名 負傷者:270名


 張り詰めた戦場。鉄のシールドを次々に構え、目の前には壁が形成されていく。

 間からは鉄の槍が突き出る。さながら古代ギリシアのファランクス。

 幸い向こうに飛び道具は存在しない。弓でも出てくるかと思ったが……。

 変わらずこちらは指示があるまで銃を構えて待機。貫通能力の高い自動小銃だ。あの分厚さのシールドなら貫ける。


『構え』


 既に準備は整った、開始のタイミングはドミさん次第だ。

 緊張の一瞬。あとはただ待つだけ……。


『───撃てい!!』


 その瞬間、ヒュ、と空を何かが駆け巡る音がして、直後……。

 大量の矢の雨が降り注ぐ!!

 グサリ!!と隊員の胸に突き刺さるのを合図に、火蓋は切って落とされた。


「撃て──────ッ!!」


 ダダダダダダダダダダ!!鉄のシールド目掛けて一斉射撃を開始する!!


──────────────────

AM2:34

死者:202名 負傷者:315名


『間髪入れず攻撃せい!!第二波用意!!』


 サガミの号令でファランクスの後ろに控えた弓兵部隊は一斉に次の矢を装填。


『構え』


 何としてもここで削り切らねばならん。険しい顔でそう呟くサガミ。東西共に同タイミングでの反撃だ。……先頭が肉の壁になっている間、どれだけ相手の戦力を削げるか、弾薬を消費させられるかが勝負。


『撃てい!!』


 再び矢の雨が降り注ぐ!!グサリ、グサリと着実に敵の命を奪っていく……!!

 ダダダダダダダダ!!弾丸は鉄のシールドを貫通し、防衛隊員の装備をぶち抜き腹部にめり込む!!

 次々と力尽きる防衛隊員、最期の力でシールドを地面に突き刺し己の身体で固定しようという者もいる。何という気迫……!!

 地獄はここにある。


『奇襲用意、側面から来るぞ!!』


 サガミの的確な指示。矢の雨を避けるためサイドから回り込んでくると踏んだサガミは奇襲部隊を予め配置していた。奇襲の更に奇襲、狡猾で大胆なサガミの定番戦法である。

 しかし身を守る物は何もなく、持つのは近接武器のみ。命を賭ける者たちの集まりだ。東西合わせて82名、物量で押し切る!!


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 男たちの決死の作戦、木々に紛れ込み、不意をつく!!


 ダダダダダダダダダ!!弾丸に貫かれ命を落としていく仲間、しかしその後ろに続く者たちがいる限り炎は絶えない!!

 リロードのタイミングに合わせて近接攻撃を仕掛ける!!しかし相手も経験を積んだ精鋭の兵士、格闘戦では劣らない!!

 ならば数で圧倒すればいい!!一対一を一対二に、一対三に!!次々と仲間が加勢し、死んでいく、そしてまた加勢する!!命が秒刻みに失われていくのだ。

 ナイフで喉を掻き切って敵を殺す、そして別の敵に撃たれて自分は死ぬ。

 さながら地獄の様相、しかしそこに現れた───!!


「待たせたのう」

「待たせたな」


 西にサガミ、東にハナビ。

 薙刀と大太刀を構え参戦、味方の士気は更に上がる!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 全員の声が森に響き、雪の積もる木々を揺らす!!

 掛け声に合わせ、サガミとハナビ、それぞれも獅子奮迅の勢いで突撃───!!


 ザキン!!ザキン!!素早い身のこなしで射線を切りながら前方に詰め、身の丈ほどある刀で敵を真横に両断……!!

 血の滴る刃は休むことを知らず、ハナビと共にある。先代下界連合総長から2年前受け継いだ、“五尺刀・烏輪夏暁うりんなつあけ”。

 サガミをも凌ぐ剣の実力、ハナビは今、5年前の自分に別れを告げた。

 血と汗の滲む修行の日々を思い出す。あの日の惨劇を繰り返さぬように、すべての人を守るために、強くならなければ……それだけを貫いて、今ここに立っている!!

 

 バシュ───!!弾丸がハナビの横腹を抉る!!

 ハナビは傷の痛みを確認し、不敵に笑った!!


「こちとら脳ミソ持ってかれてんだ、舐めんじゃね───ッ!!」


 ザシュ───!!ハナビの袈裟斬りが敵を葬る!!

 なんだ、大したことねえ。人間なんてどこ斬ったって死ぬ。バケモノ相手より楽じゃねえか。


──────────────────

AM2:35

死者:329名 負傷者:540名


「キミ、今のいい蹴りだね」

「不意をつかれたとはいえ、パワーあったよ。……何者かな?」


 起き上がり、ドミネートがそう言った。


「……ユクエ、気をつけろ……。アイツ……」


「ツキさん、もう喋らないでください。……死んでてもおかしくない傷だ」

「知っての通り、僕は大丈夫ですよ。死にませんから」


 にこりと笑って、ユクエは目の前の敵と向かい合う。


「僕はユクエです」


「ユクエ君か、よろしくね」

「ああ、えっとね、私はドミネート。……って、キミ。なんかおかしな匂いがするね」


 ドミネートはひとしきり考えた後、何かに気付いた。


「あー、もしかしてキミ、生神イキガミかな?それともまだ炭化人間?」


「生神……?」


「知らずにそこまで来たの?すごいね」

「炭化人間は、人間の脳を捕食することで徐々に生神───不死の存在に近づいていくんだ」


「人間の、脳……!」


「相当な量食べなきゃダメなんだけど……。キミ、無垢な顔して結構残虐なんだね」

「それもそっか。生神になることができるのは心の綺麗な人だけだから。皮肉なもんだよね、可哀想にね……」


「あなたは、何が目的なんですか」


「仕事だよ?命令されたから、遂行する。私の部下もみんな同じ」


「仕事……それだけの理由で、大勢の人を……!!」


「あのね、もっと多面的に考えようよ。こんな事、やりたくてやってる人がどこにいるの」

「……キミたちに殺されるか、キミたちを生かして国に殺されるか、キミたちを殺して私たちが生きるか。選択肢なんてそんなもんだよ。やんなっちゃうよね……」


 ──────ギ。


 また目と鼻の先!!ドミネートは唇が触れ合うギリギリまで顔を寄せた。

 ……ニッコリと笑って、ユクエに告げる。


「アハ!どうやらキミ、“リーチ”だよ」

「あと1人食べれば、生神になれる。自分でも何となく分かってるんじゃない?」


「───僕はもう、人は食べないと決めました」


「生神になれば、発作も、食欲も収まる。楽になれるんだよ……?」

「ホラ、そこのツキちゃんとかちょうどいいんじゃない?もう死にそうだし」


「……ふざけないでください」


「ふざけてないよ、私はキミが生神になる瞬間が見てみたいだけ」

「それにキミのことも心配してるんだよ。随分辛かっただろうに、ここまでよく頑張ったね」


「……さっきから何なんですか、あなたは」

「人殺しは人殺しらしく振る舞ったらどうですか。同じ仲間でしょう」


「釣れないなあ……。死なない相手を殺すのって、面倒なんだよ……?」


「だから僕があなたを止めに来た。そしてツキさんを、町のみんなを」

「───助けます」


「分かった、分かったから。お望み通り、付き合ってあげるよ。ほら」


 ザシュ──────。刹那の一閃、ユクエの首を刎ね飛ばした。

 ……が、すぐさま頭と胴体はくっつき、ユクエは真剣な眼差しでドミネートを見つめる。


「今の、見えてなかったでしょ。やっぱり反射神経の方はツキちゃんの方がいいね」

「でもキミの気概は気に入った。飽きるまで輪切りにしてあげる」


「飽きる前に、僕があなたを葬ります」


「できることとできないことの区別くらいつくようになった方がいいよ……?」

「そういうの社会で生きていけないし……」


「皆を護るんだ……僕が……!!」

「僕はあなたを……許さない───!!」


 ユクエの繰り出した強烈な右フック!!空気の圧縮により拳は赤熱する……!!凄まじい速さのパンチは抉るようにしてドミネートの顔面に……!!


「ほらね?できない」


 止めていた。左手でパシッと掴み、軽々しく相殺する。


「予備動作長すぎ、そんなんじゃ避けられちゃうよ」

「お手本、見ててね」


 パッと右手の刀を離し、目にも止まらぬスピードで握り込む。空気を貫く槍と化した拳が、ユクエの顔にめり込んだ。

 パンッと弾け飛ぶユクエの頭部、そのカケラが一瞬で集まり、再生する。

 再生し切ったユクエの頭部の真ん中に、ドミネートの腕が封じ込められている。


「へえ、そういうのもできるんだ」


 捕まえた、と言わんばかりのユクエの眼。

 これなら予備動作なんて関係ない!!もう一度あのパンチを……!!

 ユクエが構えた時、ドミネートは地面に落ちる前の軍刀をカツンと足で小突き上げた。空いた左手でパシリと逆さに掴んで、ユクエの首を断ち切る───!!

 そのまま小指でトリガーを引く。ダン!ダン!ダン!三連射!!

 全弾ユクエの拳に命中!!怯んだユクエにグルンと身体を捻り……。


 ドガ─────────ッ!!


 凄まじく強力な蹴りを繰り出した!!ユクエの蹴りとは比べ物にならない威力だ!!ユクエの身体は千切れ飛びながら遠くの方へ吹っ飛んで行く。


「ああごめん、これも返すよ。二度と来ないでね」


 腕に残ったユクエの頭部を、グッグッと腕から外し、サッカーボールみたいに同じ方向へ蹴飛ばした。


「こう見えて私も忙しいんだ、構ってる暇はないんだよ」

「……キミにもね」


 そう言って瀕死のツキを見下ろし、胸ぐらを掴んで引き寄せ……。

 眼下に広がるダム湖へ軽々と放り投げる。

 ざぶん、暗闇に音がして、ツキの身体は水に落ちた。


 何だコイツ……強すぎる……。

 沈む意識の中、最後にそう思った。

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