第四十話 DOMINATE
AM2:31
死者:175名 負傷者:270名
ここはダム施設の屋上広場、広大に開けた一本道!!
銃を持った敵兵が10人!!
爆走するツキは今までよりずっと速く!!敵目掛けて突っ走る!!
月の照らす広場、それぞれが一斉に銃を構え射撃を開始。
ダダダダダダダダダ───!!
射線は全て予測済み、電気義眼が脳に直接情報を送り込んでくる。
避けるのは容易い!!
「悪く思うなよ、痛くしないから……ッ!!」
ザギュン、定規で首を刎ね飛ばす!!
ザギュン、ザギュン、ツキの体躯はすっ飛んで行って、次々と敵の首を落とす!!
射撃の音が止む頃には、あっという間に全ての首が転がっていた……。
精鋭部隊?これでは拍子抜けだ、ヴァンキッシュの方が100倍強い。
『上の方は片付いた。あとは中に入って……』
全員にそう呼び掛けた時、ツキの背後から声がした。
「───あのさ、ちょっといいかな」
「……誰だお前」
振り返ると、敵と同じような装備に身を包んだ、白髪ウルフの女が立っていた。
ヘルメットは被っておらず、片方が欠けたツノのカチューシャを着けている。何だこいつは?
「今の凄かったね。……君、普通の人間じゃないでしょ」
「名前は?」
「……ツキ」
「へえ、ツキちゃんって言うんだね。その光ってる眼、もっとよく見せてよ」
「近付いたら殺す」
「ふーん……」
その瞬間、驚異的なスピードで間合いを詰め、ツキの目と鼻の先に女は現れた───!!
「……!!」
「アハ!殺せなかったね!」
突然にっこり笑って、ツキの顎をそっと引き寄せる。
じいっと、ツキの右眼、そして左眼を覗き込んだ。
すると女は何かに気付いて、顔を曇らせる。
「……驚いたな、キミ、強化人間じゃん。随分若いみたいだけど、何世代かな」
ツキには女の言ってることが分からない。
「でも下界人に味方してる。さっきもうちの部下殺したし」
「……面倒臭いからさ───“敵”ってことでいいよね」
そう言葉を発した瞬間、女の眼差しからぶわっと殺意が溢れ出るのを感じた!!
鳥肌が立ってツキはバッと後ろに跳び退く───。
「テメー、何者だ」
「私はD、“ドミネート”。“第一世代強化人間の最高傑作”、ある人はそう呼んだ」
「ヴァンキッシュの、仲間か……?」
「あれ、ヴァンのこと知ってるんだ。私の可愛い弟なんだけどさ、今長期療養中でね……。もしかしてキミ、誰が怪我させたか知ってたりする?」
「知ってる。私」
「へえ……。じゃあ、灰の娘ってのもキミのことなんだ」
ツキは黙って頷いた。
「面白いくらいに、キミを殺す理由が増えていくね。指揮を代わってもらった方が良さそうだ」
「……これはただの私的な恨みだし、嫉妬でもある。全部ひっくるめて───キミを殺すよ」
「勘違いするな、私がお前を殺す」
「アハ!気に入ったッ!」
───凄まじいスピードで刀を抜きツキの首に一閃を仕掛ける!!
この動きは知っていた、計算された間合いと太刀筋……ヴァンキッシュと同じだ!!
ツキは咄嗟に刃を避け……いや避けられない!!
ガギン───!!
喉元に到達する切先を間一髪定規で受けた!!
手元に固定していなければツキの刃は弾き飛ばされていただろう。凄まじいパワーだ。
「遅いね、ツキちゃん。死んじゃうよ?」
「うるさい……」
「私はね、アクション映画みたいな甘ったるい駆け引きは嫌いなんだ。これはフィクションじゃない」
「───悪いけど、すぐに殺して任務に戻るよ」
気怠げな顔から滲み出る殺意、確実に殺すという意志のこもった黄色い眼。
『おい、ツキ。大丈夫か。何があった』
右耳から聞こえるアカゲの声。
『……大丈夫だから。心配すんな』
目の前の強敵を見据えながら……。そう答えた。
───────────────────
AM2:37
死者:177名 負傷者:272名
「トヨ姉さん、掴まって!!」
鉄の牢から素手で抜け出したユクエ。
崩れ落ちる家々の屋根を裸足で飛び交いながら、ユノカワを抱えて走り抜ける。狂った月夜と溶けかかった雪、そして真っ赤な火の粉が舞うさくら町。コントラストは無情にも美しい。
燃えていく西側の街並みを見下ろしながら駆け、寄宿舎が向こうに見えてくる。
すると、道の真ん中に立ち尽くす人影を見つけた。あれは……。
アサノだ、誰かを探すように辺りを見回している。
こんな場所にいては危険だ。すぐにでも後ろから兵隊が来る。
ユクエは一度降りて、アサノに声を掛けようとした。その時───。
「───危ない!!」
アサノに向けて銃を構えた兵士が視界に映り、咄嗟に声が出る。
頭より先に、身体が空気を掻っ切っていた!!
ドガン!!衝撃波を伴う強力な蹴りを兵士に喰らわせる!!
ぶっ飛んだ兵士の身体は建物の壁に突き刺さり、ユクエはユノカワを心配する。
「ごめん、ちょっと動きすぎちゃって、身体は何ともない?」
「……ああ、少しびっくりしたくらいさ。大丈夫だよ」
兵士の返り血がびっしり付いたユクエの足を見て、アサノは言葉を失う。
アサノの顔が怖くて見れないユクエは弱々しく尋ねた。
「あの、えっと……。ごめんなさい、大丈夫ですか」
「……大丈夫」
一言、そう返す。
「あの、よければ……。トヨ姉さん……。ユノカワさんを、みんなのいる場所まで連れて行ってもらえませんか」
「僕は……そこには行けません」
俯いたままのユクエを見て、アサノは声を掛けた。
「あなたは、どうするの」
「僕は……。僕は、どう……すれば」
戸惑うユクエ。見かねたアサノが一歩踏みだす。
「実はね、あなたを探していたの」
「僕を……」
「死ぬ前に、どうしても伝えたいことがあって」
「死ぬ……って……」
この状況、死が避けられないとアサノは覚悟しているのだろう。
ユクエが少し顔を上げる。
「……私、あなたを絶対に許さない。命が尽きるその時まで、ずっとあなたを恨んでやる」
また俯いてしまって、顔が震えた。
「そう……です……よね……」
「───でも、それも死ぬまで」
「向こうで2人と会ったら、あなたとの思い出、たくさん聞かせてもらう」
「え……」
アサノの眼を見た。気付けば、アサノの顔には微笑みが溢れている。
何でだろう。どうしてだろう。ユクエは考える。
「あなたに伝えておきたかったことがあります」
「……はい」
「───あの子たちと遊んでくれて、ありがとう」
「……!」
その時、アサノは笑った。
ユクエの目から、途端に涙が溢れ出していた。
「あなた、戦えるんでしょう?」
「だったらあの子を、助けてあげて」
アサノが指差す方向は、遠く。ダムの屋上広場。
潤むユクエの眼にもハッキリ映った。長火鉢ツキ。
「───今度はあなたが、みんなを護って」
今、ユクエに呪いの言葉が刻まれた。必ず助ける。
だから……。
───────────────────
AM2:38
死者:177名 負傷者:272名
どうやら戦いは一方的だった。
これもやはり狩りだ。太刀打ちできないツキと、それを追うドミネート。
間合いに入ったら死ぬ、間合いに入ったら死ぬ。気付けばツキはそれしか考えられない。喋るのをやめたドミは、冷たい瞳でツキを追い詰めた。
ガギン!!ガギン!!絶え間なく繰り出される剣撃を、ツキは危なくも防ぎ切る。
その一方、余裕すら感じられるドミネートは、今2つの狩り方を試していた。
一つ。ツキの素早くも短絡的な動きのパターンを掴み、手を読んで逃げを潰す。
二つ。刃を折る。
一つ目は面倒だ。しかし二つ目も面倒になってきた。折れない。
ソマリ鋼製の特殊軍刀は、いかなるモノでも両断できる力を秘めている。
しかし、力を込めても一向に折れる試しがない。それはつまり……。
まあそれはいいとして、ツキの狙いは消耗戦に持ち込むことだ。体力には自信があるらしい。正しい選択ではあるけれど、戦い慣れていない愚か者の策だ。
おかげでこんなに面倒なことになる。ハッキリ言ってストレスが溜まってきたよ。
「キミ、戦うの下手だね。飽きてきちゃった」
「……うる、さいッ!!」
───ガギン!!
そうだった、向こうは本気なんだ。
……でも何か、ビミョーに嫌な予感がする。
この時ドミネートは感じ取っていた。ツキが奥の手を隠し持っていることに。
雪の積もる屋上広場を2人は滑り駆ける!!ツキの予想以上に相手は別格だ。
ヴァンキッシュとは比にならない、あれだけ予習したハズなのに、一向に通用する気配がない……!!
「もうしんどいんじゃない?息切れてるよ」
「大人しく切られてくれれば、私も疲れないんだけどな」
ハア、ハア。距離をとって、2人は見つめ合う。
ツキの眼光は睨みを効かせ、暗い月夜に青が映えた。
……アレを使うべきなのか。しかしタイムリミットがある。最悪のタイミングで途切れたら……。
いいや、速攻で決めればいいだけの話だ。
───ドミネートは、そんなツキの動きを何となく察知した。
『(アカゲ)』
そう小さな声で呼び掛ける。
『どうした』
右耳からアカゲの声がした。
『(アレを使う)』
『ああ、分かった。───“オーディオ・ブレイン・プロトコルを始動”』
『どうだ、文字は映ってるか』
視界の端に目をやると、確かに文字が。
“認証成功”、“オーディオ・ブレイン・プロトコル”。
『(大丈夫。今、映っ)』
──────ギ。
それは、また目と鼻の先に、ドミネートが現れた瞬間だった。
しまった、油断した───っ。
ザシュ……。ツキの腹部を軍刀の長い刃が貫く。
じんわりと暖かく、そして、尋常でない痛さ。
「ツキちゃん、よそ見はダメだよ。弱いんだからさ」
「今殺してあげるからねー」
バン!火薬の弾ける音が鳴り、ツキの腹にもう一つ穴が空いた。
何事だろうか、見れば、彼女の持つ軍刀にはこれ見よがしに柄と一体化した自動拳銃が───!!
乙二式短銃刀。彼女が振るう刀の名。
バ!!バ!!至近距離で更に2発、ツキは目を点にして血を吐いた。
グリグリ、刀身を腹の中で動かし、血が溢れ出る。声にならない痛みを叫ぶ。
そのままゆっくり、刀を引き抜いて、血塗れの刃をツキの衣服で丁寧に拭った。
『ツキ、何があった!!』
アカゲの、呼ぶ声がする……。もう、意識が……。
「これでよし、ヴァンの仕返し分の痛みは与えたでしょ」
「気を失ってないのは感心するよ、よく耐えたね、えらいえらい」
その時、ドミの通信機に入電があった。
『第三・第四班共に、一斉突入の準備が整いました』
『いつでも開始できます。ご指示を』
『あー、了解。指揮は任せるよ、すぐにでも始めちゃっていいからね』
『私も今からそっちに───』
ドガン!!
鈍く強烈な音がして、ドミネートは横へ凄い勢いでスッ飛んでいった。
音の正体は、凄まじい強さの“蹴り”……!!
地面に伏したままその後ろ姿を見上げた。
血を吐き出してツキは言う。
「お前……は……」
「……酷い傷だ。でももう大丈夫です、今アイツを何とかします」
「───僕があなたを、助けますから」
闇夜を突き抜けて真の救世主が現れた。
名を、ユクエと呼ぶ。
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