第三九話 テメエが何を救うのか

AM1:23

死者:4名 負傷者:0名


 ド深夜。雪は止み、月は真ん丸、煌々と輝く。

 お馴染みの部屋で、寝付けぬ2人がダラダラと喋る。


「おかしいだろ!!さっきまで黒かった!!」


「だからあ、そういうゲームなんですってば。挟むとひっくり返るって性質上、中央が白けりゃ白いほど黒に染まりやすいんです」


「じゃあ次!私黒やる!」


「色変えても難易度は変わりませ」


 そう言いかけたところで、ツキは右手でアカゲの口を塞ぐ。

 前にも似たような状況があった。ツキの危機察知能力は信用できる。


「(……誰か来る)」


 ツキは静かに言って、カタリと定規を手に取った。

 オセロ盤を置いたテーブルから離れ、ゆっくりと2人はドアの方に近付く。

 アカゲはジェスチャーで、電気を消すことをツキに伝えた。

 ツキの電機義眼はナイトビジョン代わりにもなるから、暗闇では先手を取りやすい。

 近付く足音を聞きながら、アカゲはパチリと部屋の電気を落とした。

 ……暗闇……静寂。アカゲが聞いても分かる、この足音は普通の人間じゃない。もっと訓練された───。


 そんな時、部屋の前で足音は止まった。ドアの両端に待ち構える2人。

 すると、バン!と小気味良い音が廊下に響き、ガギリ、錠前が破壊された。

 ドン!!そのままの勢いで蹴破られる扉!!中は暗闇だ。

 アサルトライフルに取り付けられたライトで部屋を照らす、くまなく探し、後ろを照らして……アカゲと目が合う!!すぐさま引き金を引……!!


 ザシュ─────────!!


 静かに、鮮烈に、ツキは男の背を斬り裂いた。

 ドアを閉め、明かりをつける。床には、映画で見るような特殊部隊みたいな格好の男が倒れている……。見た目から、あからさまに敵だと分かった。それも“上界”の。


「お前、意外と容赦無いんだな……」


 頬に飛んだ血を拭うツキを見て、アカゲがそう呟く。


「なんだよその言い方……。1人なら加減できるけど、アカゲの命が掛かってる」

「私は、コイツの命よりアカゲの命を大事にしたい」


 アカゲは男の死体からアサルトライフルを奪い、薬室を確認、照準器を覗いて構えた。


「ならオレも、礼儀をもって責任を果たしますよ。大人なんでね」


「あんま無茶すんなよな、てかそれ使い方知ってんの?」


 銃を下ろして、少し考える。


「あー、まあ……知識でどうにかできるモノなら大体は。映画で見たんで」


 ……ツキが怪訝な顔になった。


「とりあえず、何かしらが起こっているみたいです。さっきは相手の油断が功を奏しましたが、恐らく敵は精鋭です。ただ、単独で突入してきたのを見るに規模は大きくない。もしくはどこかに戦力を分散させている……」

「とにかくここから離れましょう、勘付かれると良くない気がします」


 この事態、考えずとも何が起こっているかは予想がついた。

 今夜は……大勢の命が失われるかもしれない。2人は気を引き締める。


「わかった。明かりはつけるな、先は私が見る」


「了解、頼りにしてますよ」


 男の死体に一瞥、2人は薄明かりの廊下へ飛び出した。


───────────────────

AM1:37

死者:29名 負傷者:48名


 カンカンカンカン!!けたたましく外で鳴る鐘の音で身体を起こす。

 勾留中のユクエ、格子窓の外から、小さく赤い光が揺れているのが見えた。

 窓に近づいて、見てみようとする。格子を掴み、瞳に赤が映った……。


 炎が、町の端からゆっくりと燃え広がっている───。


 木造家屋群はまるで導火線、町は炎で囲まれてしまっている。

 一体、これは、なんだ……?

 急いで隣の壁を叩く。


「トヨ姉さん、起きてますか」


 しばらくすると、返事があった。


「……ああ、見えてるよ。町が燃えていくのが」


「あんなの、ただの火事じゃない……!一体、何が起きて……」


 死を悟るようなユノカワの声が告げた。


「ついに来おったかい……」

「───“灰の男”が」


───────────────────

AM1:40

死者:32名 負傷者:52名


「ダム施設の占拠は完了、こっちで終わらせといたよ」

「えーと各員、これより第三フェーズに移ります。追い込み漁の始まりだね」


 無線機で各部隊へ通達する後ろ姿。ウルフカットの白髪を風に揺らし、遠くに燃える炎を見つめる。彼女は政府特務隊中央作戦群、隊長の土見。

 電子端末を確認し、首を傾げる。


「あれ、タナカ君死んじゃってるじゃん……。どうしちゃったんだろ」

「……アレだけ油断はするなって言ったのに、しょうがないなあ」


 ゆっくり目を瞑って、腰の鞘に手を伸ばした。


「安心して眠っていいよ、後片付けは私がやっとくからさ」


───────────────────

AM1:58

死者:144名 負傷者:232名


 燃え盛る業火、町の端から中央に、炎で満たされ広がっていく……。


「子どもたちの避難を最優先!!動ける大人は総動員で!!」

「西との連絡を続けてください!!負傷者は速やかに寄宿舎へ!!」


 バチバチと建物は焼け、逃げ惑う人々。

 雪と炎が闇に溶け合い混沌たる午前2時、教育部長カナモリは避難指示に徹していた……。

 町の様子は徐々に変貌を遂げ、火の粉が舞い散るようになり、ババババと激しい銃声も近付いてくる。


「───サガミさん。町を……子どもたちを。どうか、頼みます」


───────────────────

AM2:11

死者:161名 負傷者:270名


「ハナビよ、前線を北側桟橋まで下げるぞ!!来たる敵をそこで迎え討つ!!」


「それじゃ敵の思う壺だろうが!!要塞内はとっくに全滅してる筈だ!!」


「要塞奪還は長火鉢ツキに任せるのじゃ!!今はそれしか思いつかん!!」

「どちらにせよアレが相手では分が悪すぎる!!」


 バババババババババ!!空を駆る鉄の籠!!

 武装を積んだ輸送ヘリ5台が、燃え盛る眼下を見下ろす!!

 焼夷弾が投下され、地獄が広がっていくのが手に取るように分かった。

 トランシーバを握ってサガミは声を上げる。


「───全ての生き残りに告ぐ!!前線を北側桟橋東西に展開!!」

「敵は浦山要塞側・さくら町側双方から挟み撃ちを仕掛けるつもりじゃ!!避難者を戦火に曝す訳にはいかん!!命を賭けて押し返すのだ!!全力で死守せい!!」


 こちらから攻撃しなければ、連中は撃っては来ない。

 敵の術中にハマりつつも、苦し紛れの幸いだ。

 ───奴らの狙いは、ダム施設にできるだけ多くの人間を集めること。

 そして恐らく、あの輸送ヘリ5台は最後に、ダム施設の屋上へ降り立つだろう。


「ワシらも急ぎ向かうぞ!!被害を最小限に食い止めねばならん!!」


「ああ、分かってる!!」


 身の丈ほどもある大振りな刀を腰に下げ、ハナビは走り出す。

 まるであの日の再来だ。しかし今は……今の自分なら……。


───────────────────

AM2:28

死者:175名 負傷者:291名


「全生存者の集結完了!!ここが最終防衛線です!!」


 防衛隊員の駒沢は、ボロボロになった隊服で汗を拭い報告する。


「いよいよ相手も本腰じゃろう、ここからが本番じゃ。気を張れい!!」


「ハッ!!」


 ───生存者数、3728名。

 集結地点は東側と西側に分かれ、それぞれ工学研究所と寄宿舎を拠点に構えている。

 生き残った防衛隊員数、208名。既に全体の6割は命を落とした。


「……この短時間でこうも追い詰められるとは、戦術に長けておるようじゃ」

「しかし奴ら、ワシらのことを未開の原始人だと思い甘く見ておる」


 ババババババババ!!上空に悠々と飛ぶヘリを見上げて考える。


「短期決戦で仕掛けるからには、燃料もそう多くは積んでおらんじゃろう」

「持久戦に持ち込めば、あるいは……」


 しかし考え付くのは妙案ではない。ヘリを落とせたところで、絶対的な戦力差はどうにもならない。この戦い……負けが濃厚。いや、最初から戦いにすらなっていない。

 これは───“狩り”だ。


───────────────────

AM2:30

死者:175名 負傷者:270名


「長火鉢!!」


 ツキとアカゲの姿を見たハナビは、急ぎ駆け寄る!


「アンタは……!」


 避難所の真ん前、アカゲはハナビに気付いた。

 2人の前にズザザと止まる。息を切らし、訴えた。


「この状況……分かってると思うが、お前の力が……必要だ」

「お前にとっちゃ薄い三日間だったかもしれねえ、だがな……ここには全てが詰まってる。下界連合本部は下界人の希望だ、陥落しちゃならねえんだ……!!」


 ツキは、両の眼で、その姿をじっと見ていた。


「だから頼む、皆を救ってくれ。お前じゃなきゃ出来ねえ事だ」


「……私は」

「私は、どうすればいい」


 暗闇にツキの右眼が淡く光る───。


「もうすぐ奴らの総攻撃が始まる筈だ。俺達でそれを迎え討つ。その隙に、お前は要塞内に巣食う連中を全員排除して欲しい。あのヘリが地上に降り立つ前にだ」


「分かった、任せて」


 そこへミズホが駆け付けた!


「ツキちゃん!!……行くなら、これ持ってって!!」


「ミズホ……!」


 両の手には4台の携帯型通信機、コードが束ねられ、イヤホンと繋がっている。

 ツキのポケットに端末を入れ、イヤホンを装着させた。

 アカゲ、ハナビ、ミズホの3人も同様に装着する。


『どう、聞こえる?』


 イヤホンをつけた片耳からは、目の前にいるミズホの声が軽いノイズに乗って聞こえた。


『これで離れてても声が届く。電源は付けっぱなしだから、送信ボタンとかいちいち押さなくても声は垂れ流し。誰かがピンチの時はすぐ分かる』


『随分便利ですね、これなら多分“アレ”もできると思います』


『確かに、アカゲと一緒にいる必要がなくなって動きやすくなった。ありがとなミズホ』


『西側はジジイに任せてきた。東側の指揮は俺が代わるぜ。ミズホは東西の情報統制を頼む』


『分かったよ、みんな死なないでね』


 互いに目を合わせて頷く。地獄の業火を目の前に、心が一つになった気がした。


「アカゲさんはこのまま付いてきて、あなたの力が必要なの!」


「オーケー、すぐ行きましょう」


 アカゲとミズホは研究所の方へ走って行く。

 ツキも現場へ向かおうとした時、ハナビが呼び止めた。


「おい」


「んだよ、まだ何かあるの」


 ツキの眼を見つめて、真剣な眼差し。


「───俺は、最初の日。“そんなモンは正義じゃない”、お前にそう言った」

「守りたい奴だけを救い、関係のない奴は放っておく。そんなお前の生き方を」


「……」


「それを撤回するつもりは微塵も無え。……だがな、俺は見てるぜ」

「───テメエが何を救うのか」


 そう言い残して、ハナビは去って行った。

 ……1人になったツキ。白い息を吐く。


「……何だアイツ。気持ちわる」


 それぞれの目的へ散り、彼らは走り出していた。

 ツキの刃は、より一層強く握られている。

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