第三八話 ユクエの処分

 長く降り積もる雪、寒空を見上げ、サガミとハナビは白い息を吐く。

 そろそろ雪も弱まり、空も晴れそうな気がしていた。


「本当に、あれで良かったのかよ」


「ああ」


 ハナビの問いに、サガミは静かに答えた。


「ジジイ、アンタは相変わらず冷徹だな」


「───非道を歩むのは、老いぼれ一人で構わん。誰かが歩まねばならんのじゃ」


 ユクエは鉄の牢に勾留中であった。

 そして……同じ牢にはユノカワも。


──────────────────


 終わるユクエの独白。


 出ていけ!の怒号でユクエに向かって投げられる無数の石。

 化け物扱いされるユクエは、怯えて地面にうずくまる。


 バチバチと鈍い音を立てて当たるのを、身を挺して庇ったのは───ユノカワだった。

 見かねたサガミが止めに入って、ようやく群衆は静まる。

 ユノカワが静かに言う。


「もう、やめておやりよ。……この子が可哀想だろう」


「なぜそうまでして、その者を庇うのですか。貴女の考えていることが、ワシには分からんのです」


 薙刀を置き、そう訴えかけるサガミ。

 サガミの目を見て、答える。


「この子が……」

「この子がね。あたしの“弟”に、よおく似ていたからさ」


 うずくまったままのユクエを皆は見た。弟……?

 一同困惑する。確かユノカワに弟などいないはず。


「……50年も前にね、ミナグロ病に罹った弟が、手紙だけ残して家を出ていったんだ。あたしら家族に苦労をかけさせないように、黙ってね。……色んな人から好かれる、優しくて自慢の弟だったよ」

「記憶に残る弟の顔なんてとうに薄れてしまった、そう思っていたのにね」


 ユクエがゆっくりと顔を上げ、ユノカワの優しい目を見る。


「突然この子がやってきた、50年前のあの子とおんなじ顔をして……」

「自分の目を疑ったよ。これは何かの見間違いじゃないかって」


「ユノカワ……さん……」


「それは死んだ旦那の名だよ」

「……旧姓は、秋村。秋村トヨコ」


「……!」

「秋……村……」


 ユクエが声を失った。これは一体どういうことだろう。

 目の前にいるのは紛れもなく、自分の姉なのだと理解した。


「───トヨ、姉さん……?」


 ユノカワはハッとした顔で、ユクエを見つめる。


「そうかい、やっぱり、そうだったのかい」

「……こんな婆さんになっちゃって、ごめんねえ」


 喜びを噛み締めるユノカワは、涙を溢すユクエを抱き締めた。

 何も知らない周囲の人々は、ただ黙って見ていることしかできなかった。


「本当に、この者が……貴女の弟だというのですか」


「そうさ、不思議なことにね……」


「バカな……」


 あまりの展開に、状況を飲み込めないサガミ。


「そんなの、ただの偶然じゃねえのか」

「コイツが弟だっていうなら、流石に年が離れすぎてるだろ」


 50年前に若者だった人間が、今再び現れたというのだ。

 いやしかし、それはつまり……。

 炭化人間となった人間は、ミナグロ病に罹患した時の姿形のまま、やがて蘇ることができる……。


「いや、常識で考えられんことを、あり得ないものと掃き捨てるのは愚行じゃ」

「この者の身体の時間は、当時のまま止まっておったのかもしれん……」


「そんなことが……」


 どよめく群衆。段々と、ユクエという存在が真に怖くなり始めた。

 そんな中、当時のユクエを知るユノカワだけが、優しく頭を撫でる。


「あたしより13も下の弟で、優しい子だった」

「お手玉が得意でね、近所の子たちに“シュウ兄ちゃん”って呼ばれてた……」


 ユクエが顔を上げる。


「本当に、トヨ姉さんだ……」


「住んでいたのは、茨城県の行方なめがた郡。ユクエって書いて、なめがたって読むんだ」

「この子の本当の名前は、シュウイチ。秋村シュウイチ……」


 ……群衆は、段々と数を減らしていく。

 ユクエは、バケモノじゃなかったのか?

 子どもを殺して、大勢の人を喰らい、人を騙すバケモノじゃないのか?

 こんなものが見たいのではない。頑固で威厳のある町の年長が……。

 よく分からないバケモノを、弟だと呼ぶ。

 突然よく分からない感動モノを見せられた観客達は、次々と立ち去っていった。


 ───気付けば、アサノの姿も無い。


 アカゲとツキは、その光景を、黙って見ていた。


「その者と共にあるというのなら、いくら貴女といえど容赦は出来ん」

「生活部長の座を辞して、町から出て行っておくれ」


「……」


 サガミの通達に、ハナビは何も言うことができない。


「町を危険に晒すわけにはいかん。それが防衛部長としての責任じゃ」

「───呑んでくれ」


 ユノカワは、わかったよ。と一言だけ呟いた。


「では、勾留の後、明日の朝をもって町外追放とする」

「それで構わぬか、統括署長」


「……ああ、異論は無い」


 アカゲとツキは、顔を見合わせた。

 言葉は無くても分かる。

 明日の朝、2人と共に町を出ようという顔だった。

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