第四二話 生神

AM2:39

死者:475名 負傷者:982名


 ドガッ!!ユクエの身体は太い木の幹に打ち付けられ停止した。

 じわじわと身体が再生していき、頭もくっついた。


 こうしちゃいられない、そう思い、ズザ……ズザ……と這いながら立ちあがろうとするユクエ。その時。


「……んだよ……テメエも来たのか」


 そう、後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには木に寄りかかって座るハナビの姿が……。


「あなたは……」


「……強え奴とやり合ってたんだろ……聞いてたぜ」


 ハナビは右耳のイヤホンをトントンと指した。


「……!!」


 そこでユクエは気付く。暗くてよく見えなかったが、ハナビの腹部は穴だらけ、血が溢れ出している……!!


「大変だ……すぐ寄宿舎に……!!」


「……無駄だ。俺が助かって……どうなる」

「ドミネートとかいうのを……ぶっ飛ばさねえ限り……俺たちに未来は無い」


 ドミネート……。彼女の強さを目の当たりにした今、どう頑張っても勝てるビジョンが浮かばない……!!不死の力があっても、ただ死なないだけ。

 強くなった気でいたが、ドミネートを倒すのはやはり不可能……。


「あの人は……。頑張ったって、勝てるような相手じゃ……」


「もう、弱音かよ……」

「護るんだろ……?お前が」


「……!」


 そう、確かにユクエは言った。皆を護ると。


「アイツの……ツキの言ってた言葉がな……。今なら……分かる気がするんだよ」

「結局俺は……皆を救えなかった。けどな、今誰か1人を守れるっていうなら……」

「───俺は……お前を守りたい。皆を護ろうとする意志を持ったお前を……」


「僕が……」


 ハナビは、血に濡れた顔を上げ、ユクエをまっすぐ見ていた。


「……俺からお前に、最期の頼みがある」


 ゴクリ、息を呑んだ。


「───俺を、喰ってくれ」


「……!!」


 ハナビの提案。それは、自らの脳を、ユクエに喰わせることだった。


「できません……ッ!!それだけは!!」


 ユクエが強く抵抗する。


「あと1人で、生神ってヤツになれんだろ……?」

「そしたら、ドミネートにだって……勝てるかもしれねえ……」


「そんなの……せめて、あそこで死んでる兵士とかでも……!!」


「───頼む。俺を……連れて行ってくれ」


「……」


 ハナビの真剣な眼差し、ユクエは言葉を失った。


「……アカリとな、約束したんだ。二十歳になったら……結婚しようって」

「……もうすぐ誕生日が来ちまう、迎えに行ってやらねえと」


「そんな……そんなのって……」


「お前が喰ってきた大勢の人間がお前に恨み口を吐こうが……」

「その時は、俺がお前を守ってやるよ。……いつでも、俺がすぐ側にいる」


 ハナビの笑顔を初めて見た。

 ……そして、長い時間をかけて決意した。


「───分かりました」


「お前の言葉、重たいな。そう言うと思ってたぜ……」


 ハナビはイヤホンを外し、ポケットの通信機を取り出した。


「俺を喰い終わったらこれを付けろ……。アイツらの声が、聞こえるはずだ」

「……あとな、中古で良ければ……コイツを預ける。……意味は分かるな?」


 手元の刀を持ち上げた。五尺刀・烏輪夏暁───。


「───はい」


「……助かるぜ。───じゃあ、後のことは頼んだ」


 刃を、自身の首元に当てる。これが、最期の瞬間だった。


───────────────────

AM2:40

死者:492名 負傷者:1023名


 味方はジリ貧、このままでは負けが濃厚だが、サガミの的確な指示もあり、何とか膠着状態に持ち込めていた。しかし、みなとの予感は的中する。


『みなとちゃん!!ヘリが!!』


 ミズホからの無線が鳴り響く、カタカタカタカタカタ、無心でキーボードを叩き続けるみなと。整列した文字が次々と並び、あっという間に流れていく……!!


 外では輸送ヘリのガトリング砲が回転を始め、邪魔なバリケード目掛け一斉掃射を開始する……!!轟音が鳴り響く!!デカい蜂の羽音みたいな凄まじい音を出しながら邪魔なバリケードもろともあっという間に吹き飛ばす!!


 砂塵吹き荒れる研究所内、壁にはドカドカと風穴が空き、いつ喰らってもおかしくない!!そんな中みなとは、最後のエンターキーを押した───!!


 その瞬間、遥か上空に浮かぶヘリが全て、駆動を停止する。

 電力供給を失った5台はコントロールが効かなくなり、グルングルンと回転しながら地上に激突した!!大きな爆発が起こり、それが反撃の合図となった……!!


 防衛隊ではない町の男たちが、自身の命を顧みず、ただ仲間を……家族を守るために立ち上がる!!全員が武器を持ち、雪崩のように向かっていく……!!


「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 激しい気迫に気圧されて、敵は慌てて引き金を引く。もう手元の弾薬も残り少ない、けれど必死に抵抗する他なかった!!

 ダダダダダダダダダダダダダ!!

 ───敵も味方も、全ての命が失われていく。


───────────────────

AM2:42

死者:1008名 負傷者:1825名


「ガハッ、ゴホッゴホッ……!!」


 長火鉢ツキは水を吐いて目を覚ました。


「ツキ!」


 真ん前には、ずぶ濡れのアカゲが。

 多分、岸まで引き上げてくれたんだろう。


「あ、アカゲ……」


 腹部からは血が止まらない。

 ……私、ここで死ぬのかな。


「超過稼働状態にして、一旦止血します。耐えてくれ」


「……う、わかった……」


「オーディオ・ブレイン・プロトコルを始動」

「機能診断」

「超過稼働を開始」


 ツキの網膜に次々と文字が投影されていく。

───────────────────

 認証成功

 オーディオ・ブレイン・プロトコル

 全機能チェック完了

 超過稼働を開始 “3” “2” “1”

───────────────────

 キィィィィィィィン──────……。

 瞬時に、バチバチとした感覚が全身に走って、筋収縮により血が止まる。

 右眼は青く光り輝き、鋭い音と共に視界が歪み始める……!!


「───アカゲ」


 立ち上がったツキは、定規の刃を握り締めた。


「行ってくる」


「ただ血が止まって今はお前の身体が麻痺してるだけだ!もし勝てたとしても、反動が……!」


「心配すんな。大丈夫、アカゲは私と一緒に上へ行くんだ」

「───だから私は、絶対死なない」


 ツキの真っ直ぐな眼から感じるのは、信頼。

 アカゲは立ち上がって、ツキの頭をポンポンと撫でた。


「……引き止めるだけ、時間の無駄っぽいですね」

「行くならこれ持ってってくださいよ。予備の通信機」


 足元に置いてある通信機を拾い上げ、水没したツキの通信機と取り替えた。


「それとね、ドミネートを倒せるかもしれない作戦をさっき思いついたんです」

「今、技術部長のシンバシさんが指揮をとって、進めてくれています。詳細はこっちで話すんで、聞き漏らさないでくださいよ」


 イヤホンをトントンと指して、アカゲは言った。


「わかった、頼りにしてる」


 ツキはそう言うと、バシュンと地面を蹴って空高く跳び上がっていった。


「全く、身体が丈夫にも程があるんだから……」


 アカゲが呟くと、みなとから通信が入った。


『───苦し紛れ感はあるけど、ヘリを落とした。灰の娘は無事?』


『ちょうど、ハイになって飛んでいきました』


『そう……。にしても冬ちゃんの作戦大胆すぎ、“ヘリ落とすために明星を直接シャットダウンさせる”なんて普通考えても言わないでしょ』

『……ウチのクラッキング技術が素人だったら全員死んでたよ。まあでも、流石冬ちゃんだね。好きになっちゃいそう』


『記憶はないけど、構築されたプログラムの穴は分かりました。どうやらあの衛星を設計したのはオレらしいです』


『本当にウチじゃ身に余るんじゃないかと思えてきた……。それはそれとして、プロポーズの返事は考えといてくれよな』


『だからしませんってば』

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