第三五話 冬ちゃん

「冬崎アカゲさん、アンタに妹は渡しません」


 腕を組み、仁王立ち。眉を極限まで寄せながら、アカゲにそう言い放つ。


「兄貴!これは決定事項なの。ウチと冬ちゃんは結婚する」


「しませんよ」


 いつの間にか決定事項にされてしまっている二人の結婚。

 なんというか……みなともそうだが、その兄シンバシも大概な気がする。


「うちの妹をたぶらかして、挙句の果てに結婚?見上げた度胸ですね」

「俺はアンタみたいな軽薄そうで無気力な男が一番嫌いだ!」


 大概だった。

 シンバシは長髪を揺らし、一触即発。

 指を突きつけられたアカゲを庇うようにみなとが前に出る。


「冬ちゃんはミステリアスな男なの!知的でハンサムで、ニヒルだろ。だからウチからプロポーズした」


「されたかな」


 いつの間にかプロポーズされていたようだ。


「みなとの方から……?そんな、まさか」


 まさかですよねえ、されてないんだもの。


「ウチ、こんなに心がときめいたのは初めてだ。……この人と添い遂げるんだって、そう思った!ウチの勘が外れたことないだろ」


 アカゲは恐怖する。預言者じみた目の前の少女の言葉を鵜呑みにするなら、まさしくこれは決定事項なのか……?

 シンバシが口籠る。やっぱり勘は外れないんだ───。


「……そうか。みなとがここまで本気に……」

「───冬崎アカゲさん」


「はい」


 徐々に滲む物凄い気迫で己のプライドを噛み潰す、そんなシンバシが、アカゲに、ついに……!!


「アンタが俺の妹を生涯幸せにできるというなら……!!」


 許可を!!


「ぐ……認めてあげますよ───!!二人の、結婚を───ッ!!」


「しませんよ」


───────────────────


「どう?ここがこの町で一番大きな農場だよ!」


 山沿いに、見渡すばかりの田畑。

 山で鳴くような鳥の声が聞こえて、半分影になった空からのどかな光が差す。


「おお、私の村にもあったけど、その5倍くらいデカい」


 農作業をする町民が、麦わら帽を被りながらあちこちで手を動かしている。

 ツキはその広さに感心した。田畑の隣には牧場もあった。


「牛さんも豚さんも鳥さんも、みんなここで大きくなるんだよ」


「牛さんって見たことないな。後で見に行きたい」


「うん!牛乳も後で一緒に飲もうね!」


 元気いっぱいなミズホ。

 “ギュウニュ”とは一体何かについてツキが考えていると……。

 向こうからスーツの男が歩いてきた。ツキにとっては彼が二人目のスーツだった。


「おや、誰かと思えば。ツキさんですね、半年前はお世話になりました」


 肩まで伸びた雑な髪に、楕円形のメガネ。背筋はよく、胡散臭い喋りの男。30代後半くらいだろうか。

 しかしツキに覚えはない。


「誰だ?」


「この人はね、教育部長のカナモリさん!若いけど、さくら町全体の“校長先生”みたいな人だよ」


 ツキの村にも学校はあった。ごく小規模なものだが、そこでは国語や算数、農業や狩りの仕方を学ぶ。

 なるほど、似たような感じか。


「いかにも、私がカナモリだよ」

「ところでミズホさん、珍しく今日は休日ですかな?」


「そうなんです!ツキちゃんが来たって聞いてソワソワしてたら、みんなからお休みもらっちゃって……」

「だから今日はツキちゃんに目一杯この町を紹介して周ってます!」


「それはそれは、ツキさんもお勉強中なんですね」


「カナモリさんは、見回り中ですか?」


「午前の授業が始まりましたので。東校舎、西校舎、専門学校の……見回りというか、視察でしょうかね」

「そこが西校舎ですよ」


 農場の隣にある、いかにも学校っぽい木造校舎を指差すカナモリ。


「……近いな」


 ツキは双方をキョロキョロ見渡す。


「食育の一環で、学校と農場は併設されてるんだよ」

「農場を管理する生活部は一番人手が必要な部署だから、その勧誘も兼ねてるんだけどね」


 なるほど……分からん。


「さてと、私はそろそろ失礼しましょう。名残惜しいけれど、油を売っていては言伝でユノカワさんにどやされてしまいますから」


 そう言ってカナモリは先程の校舎へ歩いて行った。

 スーツが去って、二人は顔を見合わせる。


「なんか気難しそうなヤツだったな」


「まあね〜、でもすごく良い人だよ」

「私が専門学校卒業する前くらいにはもう教育部長だったし、ふらふらしてるようで、実力派なんだよねたぶん」


「そうなんだ」


「じゃあ、牛さんに挨拶しに行こっか!」


「やった!」


 ……牛と挨拶し“ギュウニュ”の味を知ったツキは、ミズホに手を引かれ、町をぐるっと一周回ることになった。


「ここが船着場、東と西の行き来は船に乗るよ」

「ここがお風呂屋さん、夜は激混みだよ」

「ここが交番、統括署の認可を受けた防衛隊の人が働いてるよ」

「ここが腕木通信所、アレを動かして遠くの人とお話しするよ」

「ここが上界人管理所、上から来た人達の戸籍を管理したりしてるよ」


 ミズホのガイドは賑やかで、街行く人々も笑顔で二人を見た。


「……そうだ、アサノちゃんとは知り合いだったよね」

「あの子も上界出身だから最初はここで登録してね、今は炊事所で研修受けてるみたい」


「アサノ……」

「あの母親か」


 アサノと別れたのは、9日前。

 アカゲが出会ったという二人の少女の死から始まった。


「凄いよね……。下界に来てから二人の子を産んで、何年も隠れながら暮らしてたって」


「アイツは、いい母親だと思う」


「うん、私もそう思う」


 湿っぽい空気になったが、日差しは少し暖かい。

 太陽が差し込んで、昼の到来を告げていた。


「それにしても、いっぱい歩いてお腹空いちゃったね」

「そろそろご飯の時間だから、ダッシュで食堂に戻ろっか!」


「食堂ならすぐそこになかったか?」


 ツキが後ろの方を指差して首を傾げる。


「私達は原則、中央食堂のご飯しか食べちゃいけない決まりなんだ」

「ほら、日毎に人数が変わってご飯が余っちゃったら面倒でしょ?」


「なるほど。広いと大変なんだなぁ」


 ミズホは隣で準備運動。走る用意万端だ。


「よーし、じゃあ食堂まで競争だよ!」

「ツキちゃんは1分間のハンデね!」


「それでも勝つぞ……?」


───────────────────


「オレにはツキの行く末を見届ける責任があります」

「だからアンタを幸せにできる保証はありません」


 そう言い切った冬崎アカゲ。

 うぬぬぬ、とみなとが悩む。


「分かった、冬ちゃんがそこまで言うなら……」

「保留でいい」


 疲れ切ったような長いため息を吐き出して、みなとは机にもたれた。


「ウチなぁ、ウチより賢い人が好きなの。でもそんな奴ここにいないからさ」

「冬ちゃんなら、ウチと同じ目線、いや……ウチより高いところから見てくれるかもしれないって思って」


 みなとの心情を聞き、シンバシはアカゲに語った。


「コイツ、幼い頃から友達少なくて。……どうも頭の回転が早すぎるみたいなんです」

「自分より賢い人を知らないから、アンタみたいな人に憧れてたんでしょう」


 いくら人を見る目があるからといって、人の賢さというものを出会って15分で測れるのだろうか?


「そりゃ光栄ですけど……。そこまで頭良さそうに見えますかね?オレが」

「割とツキからは───」


「自分を見ろ、冬ちゃん。ウチの眼は誤魔化せない」

「ウチは分かってる。冬ちゃんの実力を、ちゃんと分かってるから」


 顔を上げたみなとは、アカゲを励ますように、いや……真実を伝えるようにそう告げた。

 シンバシの動揺を見れば───その言葉が偽りでないと分かる。


「みなとにそこまで言わせるなんて……」

「アンタ一体、何者なんですか」


「いやあ、大した者じゃないですよ」

「ただの冬崎アカゲです」


 やっぱりこの男、見込み違いじゃない。

 本物だ。


 口をU字に、みなとが不敵に笑った。


「おーけー冬ちゃん。惚れた男に、下界の知識全部教えてやるよ」

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