第三一話 浦山要塞と髑髏の男

 森の中に聳える、要塞化されたダム。

 かつての埼玉県秩父市に拠点を構えるのは、下界連合本部。

 全国の支部を統括するその場所は、浦山要塞とも称される、いわば“下界人最後の砦”。ダム湖を中心に発展した町は、“さくら町”と呼ばれ親しまれている。

 ダム施設内やダム湖周辺には無数の木造住宅が建ち並び、3万人もの住民が密集して現在も暮らしている。


 連合内は、“生活部・教育部・技術部・情報部・防衛部”からなる5つの部署に区分けされ、18歳以上の住民はいずれかの部署に所属している。


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 “生活部”は、衣食住や物資の管理、その他広範囲の作業を担当する部署。

 配属先:農業所・炊事所・建設所・仕立所・事務所・寄宿舎・浴場


 “教育部”は、子ども達への初等・高等・専門教育から配属試験までを担当する部署。

 配属先:初等部・中等部・高等部・専門部・下界連合教育委員会


 “技術部”は、インフラや施設管理、様々な機械の整備を担当する部署。

 配属先:水道局・水力発電所・窃電管理所・整備所・研究所・武装開発工房


 “情報部”は、支部への情報伝達、連合所属地域・未所属地域への広報派遣活動、上界無線の傍受・解析等を担当する部署。

 配属先:無線通信所・腕木通信所・広報派遣所・解析所


 “防衛部”は、あらゆる脅威からの浦山要塞防衛、町内の自治警備、補給遠征、武装開発、保護した上界人の管理までを担当する部署。

 配属先:防衛隊・作戦隊・警備隊・支援隊・上界人管理所


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 生活部長:ユノカワ

 教育部長:カナモリ

 技術部長:シンバシ

 情報部長:ミズホ

 防衛部長:サガミ


 そして、5つの部署全てを執り仕切る“統括署”。その最高責任者は、“下界連合総長”と呼ばれ、皆の希望に、生きる活力に、抗う意志にその身を焚べる。

 彼の名は“ハナビ”。

 先代の死により2年前……後を任された、眼帯の青年。


 今では彼がその身を焚べて、人を護り、導いていた───。


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「着いたぞ、アカゲ。そろそろ起きろ」


「アレ……随分早かったですね……」


「感謝しとけよな、コイツのおかげだ」


 アカゲを背負うのは、ユクエ。

 肉のカバンは、アカゲとは逆側に背負っている。

 しばらく歩いた木漏れ日の道を抜け、向こうの方には門が見えた。


「……僕なら、平気ですよ。よく眠れましたか」


「おかげさまで!いやあ、まさかオレを乗っけたまま50キロ歩き切っちゃうなんて、流石ですよ」


「ただ歩いたんじゃないぞ、“早歩き”だ。コイツ、私より体力あるかもしれない」


「そりゃすごい。いよいよパワーバランスもインフレの時代か」


 ツキは荷物を背負い直して、思い返すように言った。


「……にしても、一匹も見かけなかったな。炭化人間」


「へえ、どうりで熟睡だったワケだ、珍しいこともあるもんですね」


 その言葉にユクエが少し考え込み、口を開く。


「───それはきっと……僕が原因かもしれません」


「分かってますってば!揺れも少なくて、快眠でしたよ!」


「いえ、そうじゃなくて……」


「いいかアカゲ!ユクエの力はヒミツだぞ。ここの奴らは良くも悪くも閉鎖的だから、自分達の知らないモノを怖がる」


「百も承知です。こう見えて口は堅いんでね」


 アカゲは真下のユクエと、ツキを見た。


「しかし、例え黙ってたとしても、オレたち結構怪しいですよ。すんなり通して貰えるとは限らないんじゃ……」


「明らかに一番アヤシイのはお前だけどな……。まあ心配すんなって、私が説得してやる」


「あー……そういえばアンタ前来たことあるんでしたもんね。それなら安心だ」

「いやあ、ワクワクしてきたな。下界で目覚めてから9日間、一度に3人以上と会ったことないですからね」


 ツキが済まなそうにユクエを見る。


「悪いなユクエ……。コイツどうせまだ筋肉痛で動けないだろうからさ、ゆっくり休めそうな場所に着くまでは、そのまま背負っててやってくれ」


「アカゲさん、本当に軽いですから……。僕のことなら、大丈夫ですよ……」


「いや軽くはねーだろ絶対……」


「───そして、これまた重そうな扉ですよ皆さん」


 気付けば、町の入り口である大きな門の前までやって来た。

 聳え立つ壁。……ノックでもしてみようか。と思えば、門の横にインターホンを見つけるアカゲ。

 ユクエに近くまで運んでもらい、ボタンを押した。ユクエがしゃがみ、ちょうどいい位置にアカゲの頭が来る。


「もしもし、冬崎です」


 ……反応がない。


「もしもし、冬崎アカゲです」

「……」

「冬崎アカゲ、29歳です」


「通してくれるワケねーだろそれで。ああもう、いいから私に代わ───」


『……冬崎アカゲさんですか?』


 インターホンのスピーカーから男の声がした!


「はい、冬崎アカゲです。29歳です」


『今伺います』


 そう言って、インターホンはプツリと通話を辞めた。


「ほらね。大人のチカラですよ」


「絶対うそだ!」


 すると、インターホン上部の鉄製窓がガシャリと開いた。


「……」


 中から男の目線がこちらを覗き、注意深くアカゲ達を見た。

 やがてツキと目が合うと、ハッとした様子で窓がガシャリと閉まる。

 そして、大きな扉が軋む音がして……。


「なんか、行けたっぽいですね」


 ───ギ、ギギギギギ……。

 ユクエは姿勢を戻し、開く門を避けるようゆっくりと後退りした。

 ドン、と扉は固定され、開け放たれた門はアカゲ達を招き入れる。


 防衛隊の制服に身を包んだ男が、帽子を脱いで敬礼した。


「お待ちしておりました。冬崎アカゲさん、長火鉢ツキさん、それと……」


「あ、僕は……ユクエです」


「ユクエさんですね。統括署長には話を通してあります」

「ぜひ中へ、私がご案内いたします」


 アカゲを背負うユクエ、あくびをするツキ。3人は言われるがまま門の内側に足を踏み入れた。

 ユクエが真上を向いてアカゲに言う。


「えっと、僕は……」

「アカゲさんを送り届けたら、すぐここを出てどこかへ……」


「それは困りますね」

「約束したじゃないですか、オレ達に着いて来てもらうって」


「はい……だからここまで」


「───ずっとですよ。アンタの目的を果たすまで、ずっとです」


「まあまあ、遠慮すんなって。コイツが動けなくなった時は、またお前に運んでもらうからさ」


「でも……。僕、人の多い場所が、その……“恐くて”───」


「それなら心配ありませんよ。一人の場所を確保できないか、後でご老体に相談しましょうか」


 何やら思い詰めた様子のユクエ。

 一行は防衛隊員の後に続き、さくら町内を歩いていく……。


 前時代的な木造建築が建ち並び、ちらほらと人影が見えてきた。

 歩いていくにつれ、道は舗装され、建物が増え、青空が眩しくなる。

 “青空”……?


「空だ!」


 アカゲが年甲斐もなく驚くと、ユクエもツキも空を見上げた。

 ずっと森の中を進んでいた二人にとっても、これが初めて見る空であった。

 見れば、ハイブエンの傘の淵、そのちょうど真下ぐらいにアカゲ達はいた。

 空の半分以上を青が埋めて、太陽の光が降り注いでいる。


「陽の光を浴びるのはね、精神的にもいいですよ」

「空が覆われてちゃ心も窮屈なんでね」


 アカゲはユクエにそう語る。


「確かに……なんだか、少し楽になった気がします」


「そりゃよかった」


 ほんのりと笑顔を見せたユクエ。

 安心した様子のアカゲは、隣のツキを見る。


「……私も空見るのなんて半年ぶりくらいだ。ずっとハコネガサキにいたから」


「やっぱり人間、空が晴れれば心も晴れやかになるもんだとね、オレはそう思いますよ」


「───うん、確かにな」


 そんな時、8歳ぐらいの女の子がこちらへ向かって駆けて来た!


「ツキちゃんだ!」


 そのままダッシュでツキに飛び込み抱きついた!!


「う、うわ!」

「あぶねーぞ!これ刃付いてるから!」


「えへへ、ツキちゃんおかえり!」


 アカゲとユクエはきょとんとしてその光景を見る。

 すると、ツキの存在に気付いたのか、他にも子供が沢山集まり始めた。


「ツキだ!」「灰の娘だ!」「帰ってきた!」


 子供は口々にそう言いながらツキに駆け寄る!

 あっという間にツキの周りには人だかりが出来て、どうやら子供だけでなく大人も大勢、ツキをひと目見ようと訪れているようだった。


「アイツ、どうやら有名人みたいですね……。サイン会でも開けそうな勢いだ」

「……って、アレ、どうかしました?」


 ユクエの顔を見ると、彼は何だか具合が悪そうだ。

 顔は青ざめ、口を結んで、肩が震えている。


「大丈夫ですかユクエさん。流石にちょっと、人が多過ぎますよね」

「息苦しいようだったら、すぐオレを降ろして下さい」

 

「だ、大丈夫……です。ぼ、僕の……こと……なら」


「いやあ、そうは言っても。見た感じアンタが思ってる以上に、身体に負担が掛かってると思います」

「無理はしないでくださいよ、オレのことは───」


「オジサンだれ?なんでおんぶされてんの?」


 アカゲは男の子に話しかけられた。

 男の子は興味津々な顔でユクエに近づく。

 自分より年下の青年に背負われた顎髭のおじさんは、うーんと唸りながら頭を掻く。


「おじさんはね、実は全治二ヶ月の怪我を負ってしまったんだ。そこでこちらの逞しくも心優しい好青年、ユクエくんの背中を借りて……」


 と言ってる間に、男の子はツキのところへ。

 ふう、と溜息をつくアカゲ。しかし何やらユクエの様子がおかしい。


「ちょっと、ホントに大丈夫ですか。救急車呼びましょうか」


「……う……ッ……ぐ……」


 顔は更に青ざめ、眼はぐるぐると虚ろになって、息は荒く、何かに苦しみ耐えているようだった。


「あ、あの!」


 アカゲが急いで先ほどの防衛隊員に声を掛ける。

 防衛隊員はすぐにこちらへ駆け寄り、状況を確認した。


「さっきから気分が優れないみたいで、どこか一人になれそうな場所で休ませてあげられませんか」


「分かりました、ユクエさんは生活部の寄宿舎へお連れいたします」

「代わりの案内役をご用意しますので、少しお待ち下さい」


「よかったですね、さあ、降りるんでしゃがんでください」


 アカゲの言葉に強がる余裕もなく、ふらふらとユクエはしゃがみ込んだ。


「いてて……」


 アカゲはゆっくりと地面に降りて石畳に座る。

 防衛隊員は胸元のトランシーバーで連絡を取っていた。


「こちら南門駒沢、繰り返す、こちら南門駒沢」

『こちら本部、用件送れ』

「南にて急病者1名、寄宿舎へ送り届ける、自分の後任として冬崎アカゲ、長火鉢ツキ両名の案内をそちらに───」


「その必要はねーよ」


「!」


 何者かが遮った!

 現れた黒髪の男……!アカゲが見上げる。

 左眼に黒い眼帯、目つきの悪い青年が、そこには立っていた───。


「案内なら、俺がやる」

「ボケっとすんな。その人連れて、さっさとユノカワさんとこ行けよ」


「と、統括署長!!」

「分かりました!」


 防衛隊員は肉のカバンを持ち上げ、ユクエに肩を貸し、向こうの方へ歩いていった。

 気付けばツキに出来ていた人だかりは消え、子どもたちは眼帯の青年へ一斉に駆け寄る。


「ドクロ兄ちゃんだ!」「ドクロ兄ちゃん!」「遊んで遊んで!」


 ドクロ兄ちゃんという愛称で呼ばれながら、あっという間に子どもたちの輪に巻き込まれる。ドクロ兄ちゃんの目つきは鋭く、一瞬……ツキを睨んだ。

 懐を見れば構って欲しそうな子供たちが、足や腕にしがみ付いてくる。

 一見、子供とは相性の悪そうな彼だったが……。


「お前ら、そろそろ昼休みも終わりの時間だろ。すぐ教室戻れよ」

「また明日遊んでやるからな」


 見かけによらず、優しい声色のドクロ兄ちゃん。

 頭を撫でられた子供たちは聞き分けがよく、元気に返事をしてすぐに帰っていった。


 ……残されたのは、遠くからこちらを窺う大人たちと、アカゲ、ツキ。

 ドクロ兄ちゃん。


 もう一度ツキを睨みつけると、アカゲを見下ろして彼は言った。


「冬崎、アカゲだな。ジジイから話は聞いてる」


「はい、冬崎アカゲです。29歳です」


「───俺はハナビ。歳は二十歳」


 アカゲは座り込みながら、どうも、と会釈する。


「……とりあえず、立てよ」


「ちょっと厳しいですね」


「そうか」

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