第三十話 動き始める

 明け方、森の入り口で暗闇の中光るのは、松明の灯火……。ではなく、各員に取り付けられた暖色の照明だ。

 男どもが装備を着込み、およそ30名。リーダーを務めるのは、サガミ。


「サガミさん。4台とも、整備完了です」


 シンバシがそう言えば、列になって4台、乗用車がゆっくりと現れた。

 30名の男どもの隣に、2列に分かれて停車する。


「ふむ、頼もしい限りじゃ」

「……そういえばシンバシよ。アレからハナビはどうした」


「篭りっきりですよ。あの子への恨み口を一晩中……。いざその時になって、殴りかかったりしなきゃいいんですけど」


「ヤツの古傷が開かんうちに、落ち着かせてやってくれ」


「たぶん大丈夫ですよ。アイツは何だかんだ言って、内と外との区別を付けるのが得意です。自分の仕事はちゃんとこなせますよ」


「ほほほ、そうじゃったな。───留守の間、町はお前達に任せたぞ」


「分かりました」


 鉄のメットをガサリと被って、サガミは薙刀の石突を地面にトス、と刺した。


「では、出発と行こうかの」

「───皆の者、用意はいいか!」


 男どもは意気込みの込もった掛け声を各々口にする。

 彼らの任務は、ツキが討伐した炭化イノシシの運び込み。4台の乗用車にはそれぞれ運搬用の積み荷を載せている。

 往復100キロメートルの旅。戻ってくるまで、恐らく三日は掛かるだろう。


 シンバシに向き直り、メット越しのこもった声で告げる。


「ワシの勘じゃが……あやつらがここを訪れるのは、留守中になりそうじゃな」

「冬崎アカゲに、よろしく伝えとくれ」


───────────────────


 上界。


 気怠そうな顔の女性がガチャリとドアノブを捻る。

 タクティカルパンツにスポーティな黒のタンクトップ。

 昼の陽を浴びて輝く訓練待機所に、足を踏み入れた。


「……はーい、こんにちは。注目」


 決して大きな声ではなく、場の爽やかな雰囲気に似つかわぬローテンション。

 しかし、その場に集合していた全員が一斉にバッと姿勢を正し沈黙した!!

 隊員総勢107名、その勇敢で真っ直ぐな視線が全て彼女に集まる。


「いいニュースと悪いニュースを持ってきたんだけど……。選んでもらうのもダルいので、いいニュースから聞かせます」


 淡々と話す彼女の頭には、赤黒のツノが二本生えている。

 いや、よく見ればそれは“ツノ型のカチューシャ”である。

 ツノの片方は折れていて、彼女の真っ白なウルフヘアとの対比を見せる。

 じんわりと黄色く透き通る瞳を向けて、告げた。


「散々その力を持て余してきた我々、政府特務隊中央作戦群ですが……」

「───ようやく仕事が入りました。……旧地復興に先駆けた“大規模作戦”です」


 長机が並び、教室としても利用されるこの広い部屋の真ん中……。

 誠実そうな男性隊員に指差した。


「じゃあここで質問だ。タナカ君」


「はっ」


「大規模作戦、どんな内容か当ててみて」


「旧地復興、と言うからには……炭化人間掃討でしょうか」


「だよね、普通そうだよね。私も最初はそう思ったんだけどさ、事態はどうやら真逆みたい」

「炭化人間周りは殲滅局が出来てからそもそもウチらの担当じゃなくなってたし」


 えっと、と彼女は続けて話し出す。


「……そんで、ここからが悪いニュースになるんだけどね」

「伝達します。今回の作戦内容は」


 ゴクリ。

 ……。


「───旧地残留者を対象とした、大量虐殺です」


 元々静まり返っていた部屋が、更に音を無くした。


「あー……。分かるよ、分かる。言いたいことは」

「“下界に生き残りなんていない”だよね」


 イマイチ気分の乗らない声で、話し続ける。


「残留汚染者処置法は形式上の法律。下界落としを食らった犯罪者以外、実際には残留汚染者なんていないワケよ。そう教えられたでしょ?」

「でも、本当はいるみたい。それも……かなり大勢ね」


 淡々とした口調で、概要を説明していく。


「生き残りの下界人達を統制しているのが、下界連合と呼ばれる大きな組織。今回はその本拠地に我々が奇襲を仕掛け、下界人の首を刈り取って……持ち帰ります。敵は推定4000人、ノルマは大体……500個ぐらいかな。それ以上の積載は無理そうだし」

「さて」


 部屋を見渡して、右端の席に指差した。


「シノダ君」


「ハッ!!」


 シノダと呼ばれた逞しい男は、勢いよく立ち上がる。


「君は人一倍正義感が強く、誰よりも人のためを想って行動する、心優しい男だったね。……空自上がりの君が厳しい選抜を突破してわざわざここに入ったのも、地下の家族を養うため───」


「ハッ!!そうであります!!」


「そんな君は、この作戦……どう思う?」

「罪の無い人々の命を、一方的に奪うんだ。これは善か、それとも悪か?」


「紛れも無い!!悪でありますッ!!」


「アハ!正直だね!その通りだよ」


 一瞬上機嫌な顔をしたが、しばらくして気怠そうな真顔に戻った。


「よし、じゃあその“紛れも無い悪”に手を染めていこうか」

「気は進まないだろうけど、“内閣総理大臣”さん直々のご依頼なんだよね。……どういう意味か、流石に分かるでしょ」


 全員が固唾を飲んだ。

 シノダを着席させ、真剣な眼差しで言う。


「決行は三日後、拒否権ナシだよ。セ特からは逃げられないんだから、腹括って頑張っちゃおうか」

「よし、今日のブリーフィングは一旦これだけ。作戦の詳細は明日また伝えます」


 全員の真剣な表情を確認し終わると、入り口ドアの四角窓から何やら視線を感じた。

 部屋の外には、男の影が。


「……あー、では、各自栄養補給を怠らないように。一〇二五に再集合です、解散」


 隊員一斉に覇気のある返事を返し、空気が震える。

 各々が準備のために無駄のない動作で席を立ち、忙しなく動き始めた。

 驚くべきはその表情。虐殺を命じられたとは思えないほど、全員の顔には一切の迷いや曇りがない。

 彼らが皆、軍事のため鍛え抜かれた精鋭集団であるというのも理由の一つだが……。


 皆を率いる彼女のカリスマ性が場の一体感を作っていた。感情のブレがなく、一貫した彼女の思想や言動、超人的な戦闘技術は、隊員達に常に信頼と安心を与えている。皆が一体であるが故、精神の綱渡りは難しいものではない。


 部屋の外には、やはり男が立っていた。

 やれやれ、と微妙な顔をしてドアノブを握る。回す。開ける。

 ガチャリ。外に出ると、その顔が見える……。


「ドミネ───」


 男が口を開こうとするのを、シッと指で制す。

 

「場所を考えろ。……くださいよ」

「今の私は、ドミです。政府特務隊“土見中央作戦群長”です」


 何となく突っぱねた口調でドミが言うと、男は少し俯いた。


「すまない。悪気はなかった」


「当たり前です。……あったらぶん殴ってるっつの」

「……で、また超久々に会いましたけど。一体何の用件ですか。───“サカダ殲滅局長”さん」


 右眼に傷のある男は、白髪を揺らし答える。


「様子を見に来た。先程『政府特務隊を動かす』と夏山総理から私宛に通達があった」

「……調子は、どうだ」


「気の毒ですね。そんで、非常に不快です」


「そうか」


 ……。

 頭をわしゃわしゃと掻き、サカダに向かってガンを飛ばす。


「それより、五ノ……。あー、風の噂で聞いたんですけど」

「───ヴァンがやられたってマジですか」


「ああ」


「よくもかわいい末っ子を……」

「───“灰の娘”ってヤツがやったって聞ぃ…きましたが」


 常に無気力な風貌のドミにしては珍しく、不機嫌そうにしていた。

 対するサカダは、鉄仮面とも言える無表情を貫く。


「ああ。それを誰から聞いた」


「風の噂です」


「そうか」


 険悪そうな雰囲気が二人の間にあった。

 まるで思春期の娘と父親のような……。

 実際、ドミの外見は二十代後半のクールな女性であったが……。


 少し沈黙が流れた後、サカダが口を開いた。


「───何年か見ない間に、君は明るい様子になった」


「そーですか。……確かにこの職場はラクで、楽しいです」

「昔みたいに退屈することもない、です」


 また沈黙が流れた……。

 そして、またサカダが口を開く。


「土見中央作戦群長」


「何ですか急に……。ドミでいいですよ」


「ドミ君」


「はい」


「───敬語が使えるようになったのだな」


「はあ、何それ、嫌味?」


「それは違う」

「───私は嬉しく思っている。君の成長に」


「あー、そういうのダルいダルい……。もういいから、帰って」


 ドミに両肩を掴まれ、グルンと逆を向かされるサカダ。


「ああ。失礼した」


 と言い残し、すぐに歩き出して帰って行ってしまった……。


 何とも奇妙な雰囲気の二人である。

 訓練所に陽は差し込んでいた。


「向こうは窮屈そうだなー……」


 腕時計を眺めながら、ヴァンキッシュの様子を訊いておくべきだったなと考える。

 ───ドミは、見舞いに行くことができない。

 向こうにいる仲間達のことをしみじみ思い、会ったこともない末っ子の心配をすることしかできないのだ。


「結局、こっちが勝手にお姉ちゃん面してるだけだもんなぁ」

「……で、そろそろ時間か」


 今は、別の仲間がいる。

 理解者ではないが、勇敢な仲間達だ。

 昔に比べれば、これほど充実する日々はない。

 ───ここには、彼女の天職があった。

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