第二六話 殺してください

 夜中。

 毛布にくるまったツキは……。

 ふと目を覚ました。


 まだ重たい瞼を擦りながら、焚き火のパチパチという音を聞く。

 ……その側に、もう一つ音が。


「……4……」


 耳をすましてみれば、何か聞こえる。


「3……5……」


 アカゲが、何かしている……?

 何だ、こんな夜中に。


「36……」


 何の数字だ?

 何を数えている……?


「37……」


 いや、本当にアカゲなのか?この声は……。

 よく聞けば、少し息遣いが荒い。

 何かに苦しんでいるような……。


「……38……」


 もしかしたら、“アカゲの声をしたアカゲじゃない何か”が……。

 そうなるとまさか、幽……。


「3……9……」


 こ、怖い!

 考えたくはないけど……そしたら本物のアカゲはもう───!

 ……頑張れ、私。

 ───アカゲの仇、私がやるしかない!!


「悪霊退散─────────ッ!!」


「4……0……?」


 勢いよく起き上がったツキは、腕立て伏せをするアカゲと目が合った。

 お互い硬直したまま見つめ合う。

 ……。


「……いきなりどうしたのよ、怖い夢でも見ました?」


「……ふざけんな!!何してんだお前!!」


「筋トレです」


「紛らわしいことすんな!!悪霊め!!」


「悪霊はアンタだろ……。ビックリしたわ」


───────────────────


 ……鋭い目つきのツキがいる。


「で、理由を聞こうか。変人筋トレ男」


 腕を組みながら理不尽な不機嫌をぶつけてくる、悪霊暴力娘。

 アカゲは座って壁に寄りかかりながら話し始めた。


「それぞれ戦い方が違うんだ」


「あ……?」


「ヴァンキッシュとの戦闘を思い出して……自分なりに分析してたんです」


 ツキ、しばらく悩んで口を開く。


「よく分からないけど、筋トレで分析できるってこと?」


「いや違う。筋トレで分析はできない。まあまずは聞いてくれ」


 回りくどいな、と腕をまた組み直して話を聞く体勢のツキ。


「───ツキの戦い方は、直線的だ。破壊力はあるんだが、隙が多くて悟られやすい」


 身振り手振りで説明するアカゲ。


「ヴァンキッシュは最初こそお前の蹴りを喰らってたが、その後は動きを読んで完璧に対応していた」

「たぶん、相当な戦闘訓練を受けた軍人のハズだ。“魔眼”の力が無きゃ、勝ち目も無かったと思う」


「悔しいけど、まあ、確かに……強かった」


 頭を捻ってアカゲは言う。


「変なこと訊いていいすか」


「だめ」


「もしかして、蹴り以外の技が無かったりします……?見てる限りじゃ、全部直感と動体視力で動いてるイメージだけど」


 うーんと悩んで口を開くツキ。


「……あるには、ある。でも使うことないし、忘れた」


「忘れた?」


「……うん。技を習ってた、“刃道”ってやつ。師匠のジジイがいたんだけど、すげー怖いヤツでさ」


「なるほど。あの蹴り技は確かに我流じゃ会得できんでしょうね」


「蹴りもよく分かんないから適当にやってるんだよな。今ジジイに会ったらボコボコにされると思う」


 ふむ、と考えるアカゲ。


「いいかツキ、よく聞いてくれ」


「やだ」


「今度またヴァンキッシュに会うことがあれば───」

「その時は、確実に負けます」


 ツキは、むすっとアカゲを睨む。


「そんなことない。“かくせいモード”も使えるようになったし、次は完璧に勝つ」


 ボロい天井を仰ぎ見るアカゲ。


「いや、無理だな。当然向こうも、その力の対策をしてくる。ツキの勝率は、多く見積もっても四割」


 ツキの険しい顔。


「結局、何が言いたい」


「───お前は、“戦術”を覚えるべきだ。……頭を使って戦えってことよ」


 露骨に嫌そうな表情をするツキ。

 真面目な顔のアカゲ。


「ヴァンキッシュは戦術マシーンみたいなもんで、恐らく戦闘のプロフェッショナルなんだと思う」

「だからお前も、それに負けず劣らずの戦術を身につけようって話」


「無理。戦いながら考えるとか、できないし」


 ツキの言葉を聞いて、待ってましたと言わんばかりにアカゲが鼻を鳴らした。


「そのために、オレがいるんです。───ツキの頭脳、司令塔として、これからはオレが指示を出します」


 苦渋を飲み干したような顔になるツキ!


「絶対やだ、マジで。死んでも嫌」


「と、言われることも予想済みで、筋トレをしてました」


「?」


「アンタはオレのこと足手まといにしか見てねーみたいだし、実際その通りだから。こうして体力つけて、実戦で動けるようになっときたいんです」

「───そしたら少しは見直されるかもだし、オレの言うことも聞いてくれるようになるかなって」


 ツキは、なるほど……と考えた後、顔を戻しアカゲを見た。


「あっそ。いい心がけじゃん」


「でしょ!やっぱりそう言ってくれると思いましたよ」


「で、何の筋トレしたの」


「腹筋100回、スクワット100回、腕立て伏せ……が、40回ですね」


「ふーん。それで、明日動けるんだ」

「痛いと思うけどな?“筋肉痛”」


「……」

「あー。それは、予想してなかったかなぁ……ハハ」


「ぜってー動けねーじゃん!!バカだろお前!!」


───────────────────


 翌朝。


「い、いてて……痛い痛い痛い」


「───バカだわ……」


「無理やり起こすなって、おいやめろ痛い痛い痛い痛い」


「荷物あるから担げねーぞ、どうすんだ今日」


 アカゲは賢い。

 賢いが、ふとした時に後先考えず行動しがちだ。これがアカゲ特有の詰めの甘さ、空回りの原因だろう。難儀な性格である。


「スンマセン……。ちょっと、今は、動けそうにないかな……」

「ひとまず今日のところは、そうだな……。昆虫採集でもどうです?」


「置いてくか」


 ごそごそと出立の準備を始めるツキ。

 定規を右手に縛り付けて立ち上がる。

 ずしゃ、ずしゃとほぼ炭になった焚き火を踏み付け消火する。


「じゃな、バイバイ」


 絶望の表情を浮かべるアカゲ。


「あ、待って!!置いてかないで〜!!」


 彼はここで、死んでしまうのだろうか。

 デカいリュックをドサリと背負い、アカゲに持たせていた鹿革のショルダーバッグと肉の包みを担ぐ。


「重いな……」


 なんとか全ての荷物を背負い、歩き出す。


「……え、マジで行くんすか」


「うん。死なないといいね」


 残すアカゲに容赦もなく、ビルの残骸を後にするツキ。

 ザク、ザク。

 枯れた土を踏み締めて去っていった……。


───────────────────


 唐突に取り残されたアカゲ……。

 壁にもたれかかって座りながら、呆けた顔をしていた。

 事態を理解することができない。

 そんな調子で、待っていたが。

 何分か経っても、ツキが戻ってくる気配はなかった……。


「……ドッキリだな」


 肩を少し持ち上げようとして、イテテと呟く。


「出てきてくださいよ〜!!死んじゃいますって〜!!」

「ツキ?……」


 呼んでも、静かなままだ。

 ドッキリにしては、いい加減長い気もする。


 壁の裏にでも隠れているのだろうと、アカゲはそう思っていたが。

 どうやら本当に一人にされてしまったみたいだ。


「誰か〜〜〜〜!!助けて〜〜〜〜〜!!」

「殺される〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「───……」


 か細い叫びはひんやりと朝の空気に吸い込まれ消えゆく。

 誰の元にも届かず、ただ虚しく項垂れた。

 微睡むような仄暗い世界の中で、彼は一人思う。


 ああ、終わった───。

 冬崎アカゲは死ぬのである。




BLAZIER 完
















 ザク……。ザク。

 足音。


 ……項垂れて座る筋肉痛男は、近寄ってくる人の気配を感じた。

 ツキか?

 ……なんだ、やっぱりドッキリだったのか。

 ───?

 でもなんか、アイツの足音って、もっと、こう……。

 

 アカゲは瞬時に察知した。

 これはツキじゃない。

 だとすれば……!!


「(───まさか……)」


 小さい声でアカゲが呟く。

 

 失念していた。

 アカゲは今一人。

 身動きも取れない!

 だとすれば、狙うには絶好のタイミングだ!!

 

 ビルの残骸にその人物は、ゆっくりと足を踏み入れる。

 アカゲは黙って息を呑んだ。

 頭フル回転。今すべき行動は……。

 いいや出来ることは何もない!!


 ザクリ……。


 足が、見えた!!

 ボロボロになったスニーカー。

 脚は……。くたびれたジーンズ……。

 マントのようなガサガサの外套を首元まで巻いて、その顔が。

 姿を見せる……。


 ───男だ、若い。


「いらっしゃい!」


 気が動転して訳も分からず挨拶するアカゲ!


「……」


 こちらをじっと見つめる男。

 歳は二十代前半だろうか。

 額の真ん中で分けた黒髪。

 疲れ切った目元。

 冴えない雰囲気の塩顔。

 まるで人生に、全てに絶望したような虚ろな表情……。


「……」


「……」


 二人はじっと互いを見つめ合う。

 ツキが感じていた気配の正体は恐らくこの男だ。しかしコイツが何者か、何が目的か、何を考えているのか分からない。

 どうすればいいのか。

 話しかけた方がいいのか。


 怪しい素振りは、無い。

 五メートル前に、ただ突っ立っているだけだ。

 男の次の行動に身構えながら、アカゲは息を呑む。

 そして、しばしの沈黙を破り……。


「───あの……強い……女の、子……」


 不意に男が言った。


「強い、女の子……。えっと……ツキのことですか……ね」


「ツ……キ、さん……」


 何だ?ツキに何か用事があるのだろうか。

 しかし、残念ながらツキはここにはいない。

 なぜならアカゲは見捨てられて、こうして一人でいるのだから……。

 その時、男が泣きそうな声で言った。


「お願い、します……。お願い……します……」


「?」


「僕、を……」


「僕を?」


「───僕を、殺してください……」

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