第二七話 絶望不死ユクエ
「───え」
男の口から出た予想外の言葉に、思わず固まってしまう冬崎アカゲ。
男も口を閉じ、ただじっと、真摯にこちらを見つめていた。
と、その瞬間!
「そこだ─────────ッ!!」
突如弾丸のようにすっ飛んできた灰色の閃光!!
凄まじい勢いで側面から男を掻っ攫う!
ズガガガガガガガガと砂土を抉りながらブレーキをかけ、男を組み伏せ取り押さえた!!
ギィっと右手の刃を喉元に押し当て、威圧するツキ。
静かな空間にサラサラと土埃が舞う。
「テメー、そこの筋トレ男に何するつもりだ、ああ?」
「う……うう……」
男は突然の出来事に萎縮して怯えている。
抵抗する素振りはない。
アカゲは目を丸くしてその様子を見る。
「ツ、ツキ。お前……」
「アカゲは黙ってて。コイツ捕まえたから、尋問する」
アレ、まさか、囮に使われた?
動けないのをいいことに。
アカゲは、この謎の追跡者を誘き出すための……“エサ”。
うーん、ツキにしてはなかなかの作戦だ。
取り押さえられた男は、沈んだ目で言葉を発する。
「僕は……僕……は……」
「なんだ!言いたいことあんならハッキリ言え!」
「あ、あなた、に……。殺して……欲しい……。僕を……」
「なんで!」
「そ……そ、れ……は……」
「あ……あ、あぁ……!あぁ……!!」
謎の男は何か嫌な記憶を思い出したようで、酷く狼狽えていた。
尋常でないその怯え方に、ツキも若干調子を崩す。
「えっと……。ま、まあ……落ち着けって、な?」
少なくとも敵意を持った人物では無さそうだと悟って、ツキは彼を解放する。身体を支えながらその場に座らせ、休ませた。
「どうも、オレは冬崎アカゲです」
「こっちは長火鉢ツキ……って、さっき教えたな」
「あんま教えんなって人の名前を」
男は、俯きながら黙っていたままだった。
しかし、ボソリと言葉をこぼす。
「……です……」
「───ユクエ……です」
男の名は、ユクエ。
……今の彼に見合った肩書きをつけるとしたら、絶望青年。そんな感じだろう。
「や、どうもね、ユクエさん」
「その……なんだ、言える範囲で全然構わないんで、“殺して欲しいな〜”と思う理由をね、教えてくれると嬉しいです」
「……あ……あの……」
「え、っと…………」
「ゆっくりでいいんだぞ。コイツどうせ筋肉痛で動けないから、時間は沢山ある」
「そうですよ、話したくないことは話さなくていいですからね」
これはなんだか、取り調べみたいだ。
「ぼ、僕は……。許されない、こ、こと……を……」
「ひ、人を……。人、を……殺し……。あ……あ、あぁ……!!」
また嫌な記憶を思い出したみたいだ。
アカゲが必死に背中をさする。
「あー、お前。人殺しか」
「そんで死にたがってんだな。なんとなく分かった」
「……うう……う、うぅ……」
「あのねあんまり追い詰めるもんじゃないですよ、思い出したくないコトだってあるんだから」
泣くユクエをなだめるアカゲ。
アカゲを指差してツキが言う。
「大丈夫、コイツだって人殺したくせに見ろよこんなに笑顔だぞ?そんなに気負うことじゃないって」
「勝手に人殺しにするんじゃないよ。……まあでもツキの言う通りです」
「こんな世界なんだ、殺し殺されも下界じゃ日常茶飯事でしょうからね」
ゆっくりと落ち着きを取り戻すユクエ、アカゲとツキの懐の深さ、心の余裕が彼をじんわり温めた。
「僕は……死のうと、したんです……。耐えられなくて……」
「でも……死ねなかった……」
「無理もないですよ、死への恐怖なんてね、そうそう乗り越えられるもんじゃありません」
「どの口が言ってんだ、お前が一番乗り越えてんだろ。命大切にしねーじゃん」
「……まあでも、自分から死ぬのは確かに難しい。誰かに殺される方がよっぽどマシだってのは分かる」
納得する二人と裏腹に、彼の口から出たのは予想外の言葉だった。
「違うんです……。僕は……」
「───死んでも、死ねない……」
「“死ねない”んです」
その言葉にアカゲは頭を悩ませる。
「死ねない……?」
「言葉通りに受け取っていいなら、不死身ってことですかね」
「いやいや受け取んなよ言葉通りに。死なない人間なんていないんだから」
ふと、ユクエに目をやると、彼は……。
───自分の喉元に指を思いっきり突き刺していた!!ズシャ、グチョグチョ……。
二本目も、三本目の指もその根元まで突き刺さり、惨たらしい音を出している!!
「「オイオイオイオイオイオイオイオイ」」
状況が飲み込めない二人!
「いくらなんでも急ぎすぎだ!心の準備ができてないから!私が!」
「……えっと、あー……。よしツキ、介錯してやってください!このままじゃ痛いですよたぶん!ホラ、血もこんなに流れて───」
「……って、アレ」
ユクエの指が深く突き刺さった彼の首元からは、一滴の血も……。
「流れてないぞ、どうなってんだ?痛くないのか?」
気道の塞がりかけた喉から息を絞り出してユクエは言う。
「───し、ぬ、ほ、ど、い、た、い、で、ふ……」
「痛いじゃねーかやめとけって!」
「指抜きましょう!一旦!ね!」
───────────────────
ユクエの喉から指は引き抜かれたのだが……。
なぜかそこには、穴どころか傷跡すらなかった。一瞬で塞がったようにも見えた首の傷……。
「よ、よかったですね!危うく死んじゃうところでしたもんね」
「そうだぞ、無事でよかったな!」
ユクエは深く息を吐いて、吸った。
「───死ねないんです……。こんな感じで、傷が……塞がって……」
「殺してください……お願いします……。僕を……殺して……」
二人は顔を見合わせる。
どうしたものか……。
「僕は……消えなきゃいけない……。生きてちゃ、いけないんだ……。苦しい……辛い……死にたい……」
ツキは、何だか微妙そうな顔をしてその言葉を聞いている。
「嫌だ……。苦しい……殺して、欲しい……。お願い……します、お願い…………」
するとツキが立ち上がった。
手には定規の刃。
「───わかった。恨むなよ」
ザシュ─────────ッ!!
ツキの動きを捉える前に、その刃は……。
“ユクエの首を斬り刎ねていた”
「……!!」
アカゲ驚愕!!あっけなく、ユクエの命は……。
ドサッゴロゴロゴロ……。首は地面に転がって……壁で止まる。
し、死んでしまった───。そう思った次の瞬間。
残されたユクエの胴体が、サラサラと流れて消失していく……!!
と同時に、向こうを向いた首から下が、物凄いスピードで再生していく……!!
消えた肉体が次から次へと首の方へ流れて繋がっていくようにも見える。
その状況を二人は驚いた表情のままじっと見ていた……。
程なくして……。
壁を向いて横たわったユクエの、無傷の裸体がそこにはあった。
「マジかよ……」
そう呟いて、アカゲは筋肉痛に痛みながらも、ユクエが着ていた衣服やマントを放り投げ、彼に被せる。
「おいアカゲ、アイツ……マジで死なないの……?」
「みたい、ですね……。見た限りは」
「───うう……うっ、うう…………」
向こうの方でうずくまったまま、死ねない悲しみに、絶望に泣くユクエ。
彼は一体……。一体、何者なのだろうか。
───────────────────
「不死の存在」
服を着たユクエを前に、アカゲはそう呟いた。不死の存在だと、そう考えるしか……さっきの現象を飲み込むことができない。
「ツキやヴァンキッシュだけでお腹いっぱいだったところに、いきなり不死か……」
「どうなってんだ、この世界は……?」
そんなもの、フィクションでしか見たことがない。だが実際に、そこにいるのだ。目の前に。
そしてその彼は、切実に死にたがっている。“不死への絶望”みたいなありがちなものではなく、彼を死への欲求に駆り立てたのは“殺人を犯した”という事実。
ユクエが犯した殺人についてはまだ分からないが、彼の心を芯まで蝕む程の絶望が……その内に巣食ってしまっているのだろう。
それは一体、どれほどの痛みだというのか。まだこの時は、分からなかった。
「頑張って、受け入れる……。お前は、死なない……。私、受け入れる……」
ツキは何とか目の前の事象を現実のものとして咀嚼すべきと試みているみたいだった。
そして、アカゲは口を開く。
彼の考えを、ユクエに示す。
「本当に、死にたいんですね」
「……はい」
ユクエの返事を聞いて、真剣な顔をした。
「どんなに痛くても、死ぬ為なら、我慢出来ますか」
「───はい」
「我慢、できます……」
よほどの覚悟だ。……背負っている絶望の重さが計り知れない。
その揺るがぬ決意をアカゲは受け取り、ツキを見た。ツキは言葉を受け取らずとも、自分が次にどうすればいいのかというのを、大体把握した……。
「今からコイツがアンタに、恐ろしく惨たらしい事をします。それでも死ねなかった場合、オレ達と一緒に来てください」
「───分かりました。お願いします」
刃を強く握る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます