第二四話 ツキの嫌なもの

 何時間か、歩いただろうか。

 疲労感、ヘトヘトなアカゲ。

 ……ツキは微妙な表情で、一歩後ろを歩くアカゲを不安そうに見る。

 足取りも少し重たくなり、先行きが不安になってきた。


 アカゲはやはり貧弱である。

 長距離を歩き続け、脚はとっくに疲れ果てた。

 そして景色は変わり映えしない。

 何となく傘の外に近づいている感じはするのだが……。

 気分転換にぼーっと上を見上げた。

 上空を覆い隠すハイブエンの巨大さを改めて実感する。


「……」


「……」


 会話も尽きてしまった。


「疲労困憊……ってカンジです」


「あー……。ご飯食べる?」


「食べます」


 ホラ、と何かが投げ渡され、パシ、とキャッチしたものを見ると……。

 枯れ木の破片……?いや、これは例のビーフジャーキーだ。

 栄養豊富な炭化人間の肉。五日間で味には流石に慣れたのだが……。


「……」


 モグモグ。


「うーん……」


 相変わらずマズい。変な風味だ。最悪だ。


 旅立ちとは、こんなにも救われないものなのだろうか。

 何も華々しくない。地味で苦しい旅の始まり。


 ザク、ザク……。

 景色も変わり映えしない……。


「もう歩けねえ……」


「情けないなーお前。ぶん投げて運んでやってもいいんだぞ。キャッチしないけど」


 板挟み。満身創痍だ。


「少し……休ませて……」


 アカゲ、余裕もなくなり。

 ツキは、後方を少し確認して、仕方なく頷いた。


「……ちょっとだけな。私もちょうど喉乾いたし」


 アカゲ、嬉しい。


───────────────────


 空気はひんやりと冷たく、手足の末端も冷えてくる。

 鉄筋が剥き出しになったコンクリート壁がところどころに立ち並ぶ。

 アカゲとツキは、上手く身を隠せそうなビルの残骸に潜り込み、暖を取ることにした。

 パチパチと焚き火に当てられて、暖かい光は夜の地をぼんやり照らす。


「よっこらしょ……」

「うお……腰痛てえ……」


「お前そんなんでこの先大丈夫か?」


 炭化人間の肉を齧りながらツキが言う。

 手の平を擦り合わせて温めながら、アカゲは息をついた。


「そう、それなんです。一見上手くいきそうな計画でもね、実際の行動を想定してみるとどうにも上手くいかなそうなことを、“机上の空論”って言うんですよ」


「うん。今それ聞いてないんだ」


 水筒の蓋をキュポ、と外して水を飲むツキ。

 足手まといを再度自覚して、ため息をつくアカゲ。


「いやマジ、スンマセン……。このままだと三泊は必要かも……」


「まあそう気にすんなって、貧弱キモ男に期待とかしてないからさ」


「そりゃアンタが頑丈すぎるのよ」


 ……思えば、ツキはあの重傷から復帰したばかり。目を覚まして僅か一日だ。

 彼女はどうしてこうも元気に動けるのだろうか。

 ツキがヴァンキッシュとの戦闘で負った痛々しい傷。

 それも今は綺麗に塞がっていた。

 あの戦闘は今思い返しても凄まじく……。


 ん?待てよ。あるじゃないか、話のネタ。

 ツキの見せた力、魔眼の正体。

 アカゲの影響で力が覚醒した、っぽいことをヴァンキッシュは言っていたが……。

 しかし今まで……というか昨日か。どうにも聞く勇気が無くて、困っていた。

 ───もしかして、今なんじゃないか?


「なあツキ」


「なに?」


「───お前のその……アレよ」

「“魔眼”の話なんだけど……」


「しっ」


 左の人差し指を唇の前に出すジェスチャーをして、ツキは言葉を遮った。

 困惑するアカゲ。

 やはり触れてはいけない話題だったのだろうか……。

 ツキはキョロキョロと周りを見渡し、こちらに座ったまま顔を近づけて、ヒソヒソと話し始める。


「(今あんまりそういう話しない方がいい)」


 少し張り詰めた空気が漂う。

 ……。


「(聞けアカゲ)」

「(言ってなかったんだけど、さっきからずっと“後ろをつけてくるヤツがいる”)」


 !

 静かに驚くアカゲ。


「(マジか。……情報は?)」


「(……たぶん人間。後ろ、三百メートルぐらい)」


「(三百メートル……。けどもし追手なら、会話は確かに聴かれてるかもしれない)」

「(……前に言った、知能の高い炭化人間の例もある。下手に動かずに、今は様子見でいこう)」


「(……うーん、分かった。でも近づいてきたら、私が迷わず殺すから)」


 二人の後をつける謎の人物の存在。

 一体何者なのだろうか?

 ヒソヒソを終えて、二人はさっきの間合いに戻る。


 ツキの鋭敏な感覚が感じ取る人影は、後方三百メートルの距離を保ってこちらを尾行しているようだ。ツキもバケモノだが、謎の追跡者も相当なバケモノだ。何かしらの装置でこちらを捉えているのか、それとも……ツキと同じように鋭い感覚の持ち主か……。

 しかし、ツキといいヴァンキッシュといい、この世界はヒトの範疇を超えたヤツらが多い気がする……。そろそろ感覚が麻痺しそうだ。


 慎重に身支度を済ませ、再度出発の準備をする。

 上から砂をかけて火を消しながら、アカゲは言った。


「何の話だったっけ」

「ああ、魔眼か。中二病、アンタそろそろ卒業した方がいいぞ」


「中二病……?なんだ中二病って」


「ミナグロ病の次にタチの悪い病ですね」


 驚くツキ!


「マジか、初めて聞いた!つか大丈夫なのか私、死ぬのか?」


「ある種死ぬ人もいますね。世間的に」


「え、えー!どうしよう……。全然分からんけど、どうしよう……」


 他愛のない会話を繰り広げる。アカゲなりの誤魔化しだ。

 姿の分からない、謎の追跡者を判定するための。


「そういや中二病って、確か前も言ってたよな……。どんな病気なんだ。治るのか……?」


「そう慌てる必要はないですよ、安心してください、治るから」


 ほっと胸を撫で下ろすツキ。

 ……お互いに水分補給を済ませ、荷物を背負う。


「行くぞアカゲ」


「はいよ、今行きます」


 二人は歩いて行く。枯れた土を踏みしめながら。

 ザク、ザク……。

 空気は心なしかさっきよりも温まっただろうか。

 相変わらず辺りは薄暗いが、日が暮れるまではまだ時間がある。


 なんとも地味な旅路の一日目は、こうして半分を超えた。

 彼らは歩くだけだ、サガミの待つであろう、目的地を目指して。


「おいツキ、ココなんかいるぞ」


 アカゲが呼び止めて、地面を指差す。


「ん、ひゃあっ!」


 突如動き出した足の沢山ある背骨のような形の虫!ツキは悲鳴を上げる。

 これはムカデだ。

 下界で初めて見かける虫にワクワクのアカゲ。

 振り向いて、鳥肌を立てるツキを面白がるように笑った。


「アレ、ムカデ怖いんすか。お前の好物かと思ってた」


「怖くねーし、つか誰が好物だオラ、口開けろ食わせんぞマジで」


「アンタどうせ触れないんだから無理ですよ残念でしたね」


「うぐぐ……」


 アレ、とアカゲが気付く。


「前イノシシの炭化生物いましたけど、もしかして虫でも……?」


「あ〜〜〜あ〜〜〜」


 耳を塞ぐツキ!全てを拒否している!


「あー、やっぱり……」

「ほら……でっかーい、ムカデ型の炭化生物とか……」


「あ〜〜〜!!あ〜〜〜!!」


 どうやら、ヴァンキッシュよりも手強そうなヤツが見つかったみたいだ。


「あ、ホラ。ムカデそっち行きましたよ」


「う、うわ!!キモい!!マジでやめろ、マジでやめろ!!」


 そう、彼らはこのままひたすら歩くだけ。

 ただ一つ気掛かりなのは……。

 謎の追跡者───。

 その正体は分からず、ただ背後に気を配りながら、進む。


「……」


 珍しく、アカゲも引き締まった表情をしていた。

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