ユクエ編
第二三話 旅の始まり
「この箱か?」
アカゲを見てツキが言った。
ツキを見て自信満々に答える。
「ああ、“アカゲギロチン”だ」
「ダサ」
アカゲ、泣く。
───目の前にあるのは、縦に長いロッカーのような小屋。
ボロボロの端材を継ぎ合わせた、簡易的な構造。しかし、集めた素材からはアカゲの地道な努力が窺える。
箱を目の前に、アカゲは流暢な口振りでアカゲギロチンの機能を説明していた。
「……んで、炭化人間は扉を見つけると開けて入ろうとする習性があるから、それを利用して後は待てばいいってワケよ」
「なるほど……」
そう言いながらツキは両手で持った二本の紐を交互に引っ張り合う。
バシンバシンバシンバシン!!けたたましく音を上げる扉。
「アカゲ」
「なんだ」
「面白い」
よかったな……と困惑気味に声をかけるアカゲ。
ツキは、フンっ……フフ……と何かにツボっていた。
あ!思い出したようにアカゲが言う。
「それ隠れながらやるもんですよ!こんなだだっ広い場所、炭化人間が来ちゃ……ったとしてもそっか、別に問題ないか」
バシンバシンバシンバシン!!どうやら音に誘われやってくる怪物が……一匹。
浅黒い皮膚に骨ばった身体つきのソレはこちらに気付いたようで、勢いをつけ遠くから駆け出してくる。
扉の音が止んだ。
ひとしきり鳴らし終わって満足したのか、ツキは自身の右手首から麻紐をグルグルと外し……いや、外れない。
「アカゲ、絡まった」
「あー今解くんで……」
「やっぱいい」
ジョギリ、と強引に麻紐を切り飛ばして自由になるツキ。にこやかだ。
破壊の化身と相対し、微妙な面持ちのアカゲ。
「まあ、もう使わねーよな……そうだよな……」
そんなさなかにも。
ズガッズガッ!!地を蹴る音は向こうから響き、それに気付いたアカゲは身を構える。
ズァッ!!
土埃を伴って四足の駆けで現れた炭化人間!
ギュイ!と地を滑り華麗にドリフト!!
ズザザ!!ノータイムで駆け出しこちらに迫る!!距離四十メートル!!
右手の刃を煌めかせてツキが言う。
「なー、アカゲ」
「何すか急に。来てますよホラ」
「こういうの、なんて言うんだっけ」
こういうの?
頭を捻り考える。
「何でしょうね……。───リハビリ?」
「あー、たぶん……それ!」
真正面には大口を開け襲いかかる炭化人間!!10メートル……5メートル……1メートル!!鋭い爪を立てて一気に飛び込んでくる───!!
瞬間……!!
ザキュン───!!
ツキの振るった刃は、光の軌跡を描いて、炭化人間の頭と両手首を───同時に撥ね飛ばした!!
飛んでくるそれらを華麗に避け、力を失った胴体を靴底で蹴って止める。
後方にいたアカゲは自身を掠めた炭化人間の右手に情けない声を上げる。
炭化人間の首無し胴体は膝から崩れ落ち、ドサリと倒れた。
「ふふん」
機嫌の良さそうなツキ。腕慣らしにはちょうど良かったみたいだ。
「身体はもう平気なんですか」
「あー。傷の治り早いんだ、私」
自慢げに言う。
「なんつーか、色々言いたいことはあるけど。まあ大丈夫そうなら……大丈夫か」
あっさり復帰したツキ、これでアカゲギロチンもお役御免ということになる。
小屋にしては小さすぎて、箱にしては大きすぎるこの装置に、アカゲは静かに別れを告げた。
このあえて特筆するべきでもない5日間が、下界という荒廃した地に彼が順応するための、ちょっとした足掛かりになったのかもしれない。
「アカゲ」
「何よ……」
ツキはアカゲギロチンを指差し、にっこり笑った。
「やるじゃん」
「お、やっぱり?」
露骨に嬉しそうな顔をするアカゲ。
「暇潰しの道具作る才能あるよ。今度またなんか作れ」
「あ、ハイ……」
いよいよ出立だ。
……ザク、ザク。枯れた土を踏み締める音。
二人はそれぞれ荷物を担いで横並びに歩いている。
ツキは、丸まればツキ自身が入ってしまえそうなほど大きなミリタリーリュックを。
アカゲは多少重量も軽くなった炭化イノシシ肉の包みと、鹿革の無骨なショルダーバッグを肩から提げている。
これらの荷物が、彼らの全財産。
「アンタの荷物、あの崩れた家から運んでくるの、めちゃめちゃ大変だったんですからね」
「覚えてねーけど、何往復かしましたよ」
「貧弱変人キモ男」
「増やすんじゃないよ称号を」
冷たい風は過ぎ去る。
ここんとこ冷えますねだとか、寒くないすかだとか、月並みの会話を振り、アカゲは適当にあしらわれる。
大丈夫なのだろうか?この先。
薄闇は暗く辺りを覆い、どうにも変わり映えしない景色に、段々心がやられてきそうだ。もう少し暗ければ、明かりが欲しくなるところである。
……そこでアカゲが跳ねたように口を開いた!
「あ!そうだ」
「なんだ急に」
「見せたいモノがあって……コレ───」
鹿革のショルダーバッグから、ゴソゴソと一つの電球を取り出す。
2人が6日間滞在したサガミの隠れ家をぼんやり照らしていた、吊り電球である。
それを見てツキも反応する。
「あー、そういや朝なんかやってたな」
「ああ、出発の前に取り外して持ってきた。……勝手に外しちゃったから、あとでご老体に謝んなくちゃな」
「で、それがどうかしたのか?」
よくぞ、という顔をしてアカゲは立ち止まる。
「コレ、ただのLED電球だと思ってたんだが……」
電球の根本、ソケットの部分をキュイと捻ると。
パ、と明かりがついた。
「……ほら!」
「何?」
もう一度、今度は逆方向に捻ると、明かりは消えた……。
アカゲは目を輝かせながら、ツキに訴える。
「コレ、どこから給電してるんですかね」
「何が言いたいか、よく分からん」
「えーと……」
「明かりをつけるには、電気っつーエネルギーが要るんです。本来は電気を作る設備から電気を引っ張ってこなきゃいけないんですが。コレにはその経路が“見当たらない”」
「食べ物がないのに生きてる、みたいなこと?」
「まさにそう!いや、それいい例えだな……今度使うか……」
顎に手を当てるアカゲ。続けて話す。
「んで一度バラしてみたんですけど。このソケットに繋がってる紐も、ケーブルじゃない。切った断面見ても、ただの黒い紐なんです」
「それで、ソケット外した時に小さなマイクロチップが出てきて……。恐らくコレは、“ワイヤレスで給電できるタイプの電球”だと思うんですよね。この電子回路を核にして電力を受け取ってる感じの……」
「なら、どこから電力を得ているのか……。突き止める為に取り外して持ち出してきたワケなんですけど、こうして屋外に持ち出しても機能するっつーことはもしかして……」
「いや、詮索するのも無駄だな。あとでご老体に聞いてみましょうか……って、あれ?」
振り返っても姿が見えないツキは前方に。
既に向こうの方に見える。
電球をショルダーバッグにしまい、アカゲは駆け足気味でツキの後ろ姿を追う。
「ちょっと!先、行かないでくださいってば!」
「お前話長い私飽きる」
「悪かったって」
呼吸を整えるアカゲ。
「これ……。2日は野宿ですよね……」
「たぶん」
「今思えば、もう少しあの部屋でゆっくりしておけばよかったなあ……。雨風が凌げるってそりゃもう偉大な……」
「いや雨も風もなかったわ」
「あそこホコリっぽいから嫌い」
「ずっといると鼻ムズムズするし」
「そりゃ良くないな。ヨシ、野宿決定」
歩いていると色々な物が目に留まる。
地面に転がる古びた鉄看板を見た。眼科か何かの看板みたいだ。
文字は風化して掠れてしまっているが、頑丈そうである。。
これ持ってったら盾になりませんかねとアカゲは言う。
重いだけだからやめときなとツキは返す。
また歩き続ける。
植物はとうに絶え、枯れた土はささやかな死の音で鳴く。
「なあツキ」
なんだ?と振り向いた。
「……」
「大支柱に、行ったことあるんだよな」
「そうだけど、それ昨日話さなかったっけ」
「これからの方針考えるのにもう一度聞いておきたくて。どんな感じだった?」
「人がいっぱいいた。柄悪めなヤツら」
「出入り口っぽいデカい扉があったんだけど、正直アレこじ開けんのは無理」
「ムカついたから色んなモノぶっ壊して帰ったぞ」
柄悪めなヤツら。大支柱内外警備隊のことだ。
内外警備隊は、一種の傭兵集団である。仕事といえば大支柱に寄り付く炭化人間などを駆除したり、誰もいない荒野をひたすら眺めたり。給料も低く、仕事も単調……そのため、民度が大層悪いらしい。
金品等を渡せば、あっさり上界の情報を喋ってくれるという。
これはサガミから聞いた情報だ。
アカゲとツキの目的はただ一つ。
二人揃って上界に行く。
「───内外警備隊とかいうのに成りすまして侵入できないかとも考えたんだが、オレは顔が割れてるし、男しかいないっぽいからお前は変装無理だし。リスクがデカすぎる」
「次に来た追手の車を奪ったりするのも、やめといた方がいい。空から侵入しようにも当然一筋縄じゃいかないはずだ。追手だって、あのヴァンキッシュ並み……もしくはそれより強いヤツが出てきてもおかしくない」
「オレたちは上界のことをまるで知らない。……計画を実行する前に必要なのは下調べだ。無策の上で強行すれば、高い確率で失敗する」
ツキはあくびをしてアカゲに言う。
「……なんだか知らんが、あえて今“画鋲の外”に出ようとしてるのは、どういうことなの」
「マジで上行ける?」
そう、様々な案を提示してはいるが、アカゲの中で今進むべき道は既に決まっていた。
待ってましたと言わんばかりの顔をして、本題に入る雰囲気のアカゲ。
「───それがな。実は、この5日間で思い出したことがある」
「上へ行く方法を考えていた時に、ふとフラッシュバックして……」
「これ、大事なこと言うんでよく聞いててくださいよ」
思い出した記憶の内容を、アカゲは身振り手振りでツキに説明し始める。
「ハイブエンには構造上一つ、“厄介な点”があるんです」
「大支柱の土に埋まっている部分。コレが地中深くまで突き刺さってるんですね」
「この地下も、実は居住区になってます。工業地区と一体化してね」
「あの支柱の地面の下にも、人が住んでるってこと?」
「そういうこと。……でもそこは元々、人が住めるような場所じゃなかった」
「───空から降ってきた、つーことは、あの建物は地面に刺さること前提で設計されてるハズです。そして、半自動化された工場が立ち並ぶ地下空間は、“酸素が非常に薄い”。外から空気を取り入れたり、排出することができなくてね」
「……住めなくね?」
ツキが歩きながら頭を捻る。
「だから、ハイブエンに移住してきたばかりの人たちは、居住空間を増やすために無理やり改造を施しました。ハイブエンの傘の外まで配管を繋げて、地上のあちこちに吸気口を設置した、と」
「これで酸素供給の問題は解決したワケです。もっともその居住区も、今度は空調で制御し切れないぐらいの暑さで、夜は寝苦しいみたいですよ」
「へー。意外に物知りじゃん」
エリートなんでね、と腹の立つ笑みを浮かべるアカゲ。
ツキが左拳を握りしめると、真顔になった。
「で、それがどうしたの」
「ほら、ゲームとかで配管の中移動したりするやつ」
「あんな感じで、地上の外から地下を伝って侵入できないかな〜……とか」
「ゲーム……?は知らないけど。でもまあ、面白い作戦じゃん」
「ですよね」
二人は横並びで歩いていく。
その顔は、暗がりの中でも、一筋の光明を見出していた。
ツキの目的には、アカゲが必要だ。
アカゲの目的には、ツキが必要だ。
この協力関係をバディと称して、彼らの歩みは続く。
「とは言っても確かなことは何も分からないんで、まずはご老体が残してくれた地図を辿って、えーと……北西に40キロほど歩いて……例の下界連合本部とやらを目指します」
「本当は追いかけて合流できれば安全で良かったんだけど、5日空いたら流石にもう無理だよな……。2人で頑張りましょう」
「お前歩いてるだけじゃね?頑張るの私だから。感謝して歩け、“肉運び”」
「いよいよ扱われ方がエスカレートしてきたな」
「貧弱肉運び変人キモ男」
「オールスターだ」
いよいよ、旅が始まった。
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