第二十話 赤い血、青い光

 辺りは静かに闇。

 ツキの右眼は瞬いた。





 キィィィィィィィン──────……。





 つんざくような音が鋭く鳴って、ツキの視界はぐわんぐわんと歪み始める。


『“超過稼働中”』


 ……電気の瞳は輝きを放つ!

 身体の芯までビリビリと、駆け巡る何かが……!

 聴覚は鈍くなり、周りの音がみるみるうちに遠ざかっていく……。


 まるで耳鳴りのように、こもった遠くの音が、微かに……。


 舞い散る砂埃の、一粒一粒が、“鮮明”に“くっきり”と、ゆっくり……。


 ダメだ……視界が、重なって……。

 ツキは左の瞼を閉じ……“右眼の視界”を全て受け入れた。

 周囲はまるでスローモーション。

 行かなければ、アカゲの元へ───。


 ガリッ!!と固い地面を蹴って走り出すが……。

 ───音が……。

 追いついてこない……。


 ザッ……!跳躍するが、体感的にいつもの飛距離ではない!!これは……!!

 風はぶわっとツキの髪を通り抜け身体は宙を滑る……!!


「(今なら……行ける───)」


 さながら世界は重力を失ってしまったように……ゆっくりと勢いよく空中を駆け、着地…………!


 もう一度、跳ぶ……!!



 ザッと地面を踏み締めて、腿の力をふくらはぎに、脛に、骨に、全ての筋肉に、そして足の裏はまるで爆発する強靭なバネのように!!届け!!




 ダキュン──────!!




 颯爽と跳ね飛んだ!!

 身体はまるで銀色の弾丸。

 ただひたすらに、上空へ、飛ぶ───!!


 凄まじい速度、しかし右眼は全てを捉えている、空気の一粒までその身を貫くように……。

 なおも世界は暗く光の線を描き、残像はゆっくりと後ろに下がっていく……!!



 高く高く昇るツキ!浮上装甲車輌との距離はみるみるうちに接近して……!


 ギャアッ─────────!!


 空気を突き抜けた!!

 “高さ20メートル”!!


 コックピットのヴァンキッシュと上空で目が合う……。


───────────────────


 目の前に現れたのは、長火鉢……!!


「───ツキ!!」


 後ろのアカゲも咄嗟に叫ぶ!


 彼女は左眼をギュッと瞑り、すごい形相でコチラ睨みつけてくる!!

 

 銀の刃を振りかぶりながら何かを叫ぶツキ!!だが外の音もこもってよく聞こえない……!!

 だが口の動きで分かる、何を言っているか……。


───────────────────


「返せ─────────────ッ!!」



 ダンッ!!

 ボンネットを右足で勢いよく踏み付け凹ませる!!

 そのまま大きく振りかぶった刃を、右から一閃……!!


───────────────────


「───“申請省略”」


 即座に呟いて、ヴァンキッシュは胸のホルスターをバンッと叩いた!!

 ピピッと電子音が鳴って、自動拳銃を急いで抜く!!


 ───ギャバリバリ!!


 フロントガラスをキラリとツキの一閃が貫いた!!

 ガラスの破片は室内にギラギラ舞い込み、ヴァンキッシュは姿勢を伏せて突き抜ける刃を躱す!!そして引き金を!!


 バキュン───!!


 ヴァンキッシュが躱しざま放った一発はツキの頬を掠めた!!


 頬から血が流れ出す隙もなくバリバリと割れたフロントガラスをくぐり抜け、ツキはヴァンキッシュの首を勢いよく鷲掴む!!


「ぐ……」


 途轍もない握力でヴァンキッシュの首はミシミシと音を立てる……。

 ───その時!


 バギャッ!!

 左手でコントロールパネルのボタンを叩き割り、後部座席の“脱出装置”を作動させたヴァンキッシュ!!


 ギュインと後部座席の天井が開いて、アカゲ射出───!!


「うおおおおおおおおおおおおっ!!」


 パシュン、上空に打ち上げられたアカゲのシート、程なくしてパラシュートが展開した!

 バサリ。


 霞む眼でそれを見届けたヴァンキッシュ、首を引きちぎられそうな勢いで掴まれ続け姿勢は仰け反る。


 ジャキリ!続けざまに刃を首元に突きつけるツキ!もう後がないヴァンキッシュ!!


 勝負は決した───!!


 ……そう思った瞬間!!

 ヴァンキッシュは右足でガチャンと強引に、操縦桿を蹴り飛ばした!!


 機体は瞬時に揺らめいて、後部がグオンと持ち上がる!!

 ギュウウウウウウウウウウン!!ジェットの音!!


「───!!」


 姿勢を崩すツキ!

 そのまま機体は持ち上がって、上下逆さまに───!!


 ツキは不意に手を離してしまう……ボンネットから転がり落ち、20メートルの高さから落下……!!


 すかさずガシャリ。収納スペースから自分の太刀を取り出すヴァンキッシュ。


「───あの眼……」


 呟いて、反対になった浮上装甲車輌から颯爽と飛び抜けた───!!


───────────────────


 びゅうと風は吹き付ける!!

 ツキが落下!!姿勢を戻さなければ!!


 ギュンと身体を空中で捻り!


 ───ダガン!!

 地面を打ち砕いて着地した!!


 ……続けてヴァンキッシュが落ちてくる。

 地面は近い!!

 グルンと太刀の切っ先を地面に突き刺して回転する!!

 衝撃を吸収してズザザと着地した。


「ガルル……」


 怒りを剥き出しにするツキ。

 右眼で前方のヴァンキッシュを、ギリギリ睨みつける。


 ヴァンキッシュも、彼女の右眼をまじまじと見ていた……。

 よく見れば、ヴァンキッシュの頬には汗が……。彼は今何を感じている……?

 カチリ、懐のボタンらしき何かを押して……呟いた。


「───その身体で、よく立てるものだ」


 言い放つヴァンキッシュ。


「黙れ……殺す、黙れ……」


 見れば、ツキの身体は微妙に震えている……?

 筋収縮で塞がったと思った左胸の貫通銃創からは再び血液が流れ出していた。

 身体に過度な負荷がかかり、耐え切れなかったのだろう……。


 ───さなか、操縦者を失った浮上装甲車輌はグルングルンと左右に回転して落ちてくる!!


「その“眼”の力で、無理に動かしているな。……人体への負荷は計り知れない」

「───これ以上は、死ぬぞ」


「うるせえええええええええええッ!!」


 ドガ────────────ン!!


 ヴァンキッシュの背後でデカい鉄の塊は落下し、大きく炎を焚き上げる……!!

 それが合図となって。


 ダギャン──────ッ!!


 ツキが地を蹴って勢いよく飛び抜ける!!

 迎え撃つヴァンキッシュ……描写する時間も無い!!

 ギラリと光を飛び越して、ヴァンキッシュの首を刈るツキの刃──────!!


「おらぁぁあああああああああああッ!!」


 ガギャ─────────ァ!!


 ダギン!!

 すかさず構えたヴァンキッシュの太刀は、ツキの攻撃を真正面から受けたが、凄まじい衝撃に黒い刃は中心から折れてしまう!!


 やはり、という顔をしてヴァンキッシュは飛び退いた!しかしツキの猛追は止まらない!!

 瞬発力で腕をぶん捻り、刃で殴りつけるようにヴァンキッシュを穿つ───!!

 ダッと地を捻って渾身の力で!!


 ───ガギ──────ィ!!


 柄のガードと一体になった黒い刃を瞬時にパージして、“赤白い双槍”はツキの刃を受け止めている!!

 いよいよとばかりに双槍は熱を発し始め、ジワジワと周囲の空気を溶かしていく。


「!!」


 定規が赤熱している……!!

 ぶつかり合って接する部分が極度に熱されて、今にも溶け出しそうだ!!


 バッと身を引いたツキ、定規をブンブン振って熱を冷ます。


「……コレが、効くか」


 ヴァンキッシュが呟く。


 ガルル、ツキは睨みつけてまた飛び出した!!

 姿はさながら四足歩行の獣!!

 ギャンと風を切って速攻でヴァンキッシュの懐まで───!!


 ギン!!


 ジュギギギギと攻撃を受けた赤白い双槍は、ツキの刃を熱し溶かさんばかりに侵食する!!


 ガリガリガリガリ、ギギギギギギ……。


 ヴァンキッシュは汗もダラダラと滲む顔で言った!!


「諦めろ、灰の娘───!!」


「いいいいい、やあああああ、だ─────────ッ!!」


 ギイイイイイイイイイイイイイイイン!!

 ツキの右眼が激しく明滅し駆動音を発する!!


「!」


 バギャ!!双槍を跳ね除けて……。





 

 ドギャン─────────ッ!!






 グオンと一閃を繰り出した!!

 ツキの馬鹿力───!!


 グルリと斬撃は円を描き、なんとヴァンキッシュの両腕を斬り飛ばした───ッ!!


「!!」


 肘から下の両腕を失ったヴァンキッシュ、柄を掴んだ状態の腕は、そのまま向こうに飛んでいった───。


 すかさずザッと後ろに飛び退くヴァン───。

 ギャリン!!鋭い凶器の音が遅れて聞こえ、ヴァンキッシュの右脚は宙を舞った……。


 視界に捉えきれない速さの斬撃……。

 右脚の膝から下が、斬り飛ばされ、血が飛び散った……。

 目の前の娘が、まるで鬼神のようだ……。


 ハァァァァ…………。


 ツキは立ち尽くしながら深く息を吐いて……ヴァンキッシュは運命を悟る。

 ツキの息は熱を帯び、その場で白く蒸発した。


 ギッ─────────!!


 もはやギャンという音も聞こえず、ツキは空間を切り裂くように刃をその場で振り下ろした。


「……」


 ツキはもう、何も言わず、激しく肩を上下に浅い息をしている。


 地面にグッタリと追い詰められたヴァンキッシュも、失くした両腕と右脚から血液を垂れ流していた……。


 ヴァンキッシュが、少し苦しそうに口を開く……。


「灰の娘……」

「我を、殺せ……。お前に……とっての、壁を……。障害、を……」

「そして、冬崎アカゲを、守れ……我ではなく、お前が……」


 ……。


「……いち、いち……。うる、せー……」

「よく、喋る……ヤツ、だ……な」


 刃をゆっくり振りかぶって、ヨロヨロと歩み寄る、ツキ……。


「───言われ、なくても……」


「……」


「殺、す……お前、を……」

「とに、かく……かな、らず……殺───」


「……!」


 

 バタリ。

 娘は力を失って、倒れた。



 ドサリ。

 遠くでパラシュートが着地した。

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