第十八話 VANQUISH
「我は、“V”」
「───“ヴァンキッシュ”だ」
砂煙はとうに消え、男はそう名乗った。
「ヴァ……?」
頭を捻るツキ。
「“ヴァンキッシュ”……」
「直訳すると、“征服する”、“打ち負かす”って意味の英語だ」
アカゲの補足が入った。
この奇妙な男、一体何者だろうか?
二人の視線を浴び、ヴァンキッシュは二人を見返す。
しばらく見渡して、彼は口を開いた。
「───早速だが、答えてもらう」
……。
「……どちらが“冬崎アカゲ”だ?」
黙ったままの二人。
……。
「なぜ黙っている?お前達のどちらかが冬崎アカゲではないのか」
二人はお互いの顔を見て……再度ヴァンキッシュに視線を移した。黙ったままで何も返さない。
「……我は名乗った。名乗られれば名乗り返すのが礼儀だと聞いていたが、何か間違えたか?」
「よく喋るヤツ」
ツキが言う。
同感だと言わんばかりにアカゲも頷いた。
ヴァンキッシュはしばらく一人で考え込みやがて、む!と何かに気付いた。
「そうか……冬崎アカゲは男」
「……灰の娘は、女だ」
「フフ。肝心な事を忘れていたな、我としたことが」
「つまり……」
バッ!と左手で指さした!
「お前が、冬崎アカゲだな───?」
指さされたアカゲは、フッと不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「───“正解”」
「何やってんだ」
ゴス、とアカゲは左脇腹に鋭い殴りを食らった。うぐぐ……痛みに悶える。
「フン」
「ぐぐ……あのねえ!定規持ってる方で殴んのナシにしません?怖いから!」
「今のは───」
様子を見ていたヴァンキッシュがおもむろに口を開いた。
彼の瞳孔が少し閉じたような気がする。
「“攻撃”か?」
「───いやあヴァンキッシュさん見ましたよね!これどう考えても攻撃ですよ、この暴力娘がねえ全く……」
「あ?もっかい言ってみろ」
「や、今のは口が滑っただけで本心とはだいぶかけ離れた感じといいますかアハハ……」
二人を見据え、ヴァンキッシュは何やらブツブツ言っている。
「───住居の破壊は完了。しかし保護対象は常習的に攻撃を受けていると判断。やはり任務遂行の妨げとなる灰の娘無力化を提案。レベル2までの武装使用を申請」
腰から下げた2本の鞘と胸のホルスターがピピッと電子音を発した。
「……申請承諾を確認。実行に移る」
ザク、ザク。
ヴァンキッシュがこちらに歩き出した。
なんだ?とツキは警戒する。
アカゲも一歩下がって、腰を低くする。
歩み寄りながらツキに呼びかけた。
「冬崎アカゲを保護する、渡してもらおう」
「断る。コイツは私のだ」
「……だからお前は無力化する」
「平たく言えば───“殺す”ということだ」
ヴァンキッシュの言葉に、ツキは不敵に笑って、肩に下げていたデカい肉の荷物をドサリと地面に置く。
威嚇よろしく、右手の刃をギャンと振り下ろす。ツキの気が昂るのを感じる……。
横から見ていたアカゲも、ゆっくり後退りした……。なんだかアカゲは、余計な事を言ってしまったのかもしれない……。
「お、おい……」
アカゲの声は、もう二人の耳に届かない。
互いに戦闘態勢のツキとヴァンキッシュ。
いつの間にか張り詰めた空気がビリビリと場を支配している。
ふわ……とあくびをした長火鉢ツキ。
「───やってみれば?」
「ああ───了解」
それが合図になりヴァンキッシュは歩みをほどき走り出した!
ダッダッダッダッ!ツキとの距離を風を切り詰めていく!立ちはだかるツキ───!
パキャ、鞘のロックが外され、近未来な流線的フォルムの小太刀を抜く!
狙うはツキの胴、刀を引き抜いた勢いのまま……!スパッ───と横一直線に刃を滑り通した。
しかしツキは驚異的な跳躍力で上空に跳び上がりその刃を躱す!
───体勢を立て直すヴァンキッシュ、空中から見下ろすツキ。二人の視線はスローモーションで弾けぶつかり合い、始まったばかりのバトルに拍車を掛ける!!
ジャギッ!鋭い青がアクセントに黒光りする自動拳銃を左手に構え、上空のツキに狙いを定め即座に発砲!ダダダと物凄い反動で.357マグナム弾を三発!!
ツキは空中でギャリ!と定規を強く握って左足で先端を踏んづけた!さながらサーフィンのように銀色の刃の平が一発目の弾丸にぶち当たる───!
定規は健在!なんと高威力のマグナム弾でも傷一つ付かず、その刃は勝ち抜いていた。その衝撃でグルンと身を器用に捻り、残り二発の弾丸を空中で躱した!
そしてツキはいよいよ地面に迫る!着地の瞬間をヴァンキッシュは見逃さない!
バッと勢いよく駆け出して胸のホルスターに自動拳銃をガシャリと仕舞い込む。姿勢を低くし着地するツキの胴目掛けまたもや一閃を仕掛けた───!!
───ギィイイイイイン!!
ツキが構えた定規の刃とぶつかり合って、とんでもない音を響かせる。
「……テメー、何者だよ」
ギリギリと二つの刃は互いに譲らず、鋭利なその身をかち合わせている。
「───我はヴァンキッシュ。それ以外は……“秘匿情報”だ」
顔を近づけ睨み合いながら鎬を削る両者。
───ギャン!!
と一気に音を立てたもう一つの刃は、ツキの首があった位置を通過する。
見ればヴァンキッシュの腰から下げた鞘の二つ目は抜かれており、両の手に刀は握られていた。
咄嗟に身を屈めて回避したツキ。
ザッと後ろに飛んで距離を取る。
二刀流かよ、と呟いた。
間髪入れずギュッと駆け出し距離を詰めるヴァンキッシュ。
戦いは、まだまだこれからだ。
ザキン!!ツキの刃は宙を貫き向かい来るヴァンキッシュを穿つ───!!
がそれを軽々躱し右の刀を逆手に持ち替え繰り出す斬撃!!
切り上げた刃をツキはすんでのところで回避するが、ヴァンキッシュはグッと地を捻り、すぐさま左の刀がツキの首筋を斬り落とさんと振り下ろされる!!
バサリと彼のコートが風圧で靡き、迫り来る鋭利な刃を彼女の定規はガキンと馬鹿力で弾き飛ばした───!!
弾き飛ばされた刀はギュンギュンと宙を舞ってザクリとアカゲの近くに突き刺さる。
なんだ……一体、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
ツキは瞬時に地面を左手で握りしめ、頭をグッと地に伏せ位置エネルギーを回転に乗せて!空気を弾き旋回するその足でヴァンキッシュの頭を……!!
ガツ───ン!!
蹴り飛ばした!途轍もないパワーで!!
ドッ!ガッ!ザッ!地面を擦りながらぶっ飛んでいくヴァンキッシュ!!
凄まじい瞬発力でツキは地を蹴り駆け出した!!
ガリガリガリガリ!ヴァンキッシュが刀を地面に突き刺して体勢を立て直す頃には、ツキはもう眼前に迫っていた───。
急いで胸の自動拳銃を左手で抜き取るが発砲まで間に合わずツキは懐に潜り込む!!
ドガッ!!
ヴァンキッシュの腹を大きく蹴り上げバキュンと上空へぶっ飛ばす!!
ツキもそれを追って地を跳ね大きく跳び上がり、打ち上がったヴァンキッシュの脚を狙う!
鋭い斬撃を腿に繰り出すツキ!ヴァンキッシュは咄嗟に刀を構え直し猛攻を受け切ろうとするが……!
ガキリ!!
と鈍い音を立てヴァンキッシュの刀はその刀身の根本から折れてしまった。
ニヤリと微笑むツキ。
ツキの刃はそのままの勢いで突き進む!!
ヴァンキッシュは空中で大きく身体を捻り避けようとするがどうしてもギリギリ避け切れない……!!
決まった───!
そう思った瞬間!
バキュ───ン!!
空中で自動拳銃を発砲するヴァンキッシュ!!.357マグナム弾の重たい反動が推進力となり間一髪でツキの刃を躱す!!
呆気にとられたツキ。
その瞬間を見逃さない!!
ドガッ!!
グルンと捻ったヴァンキッシュの体躯から繰り出される重い蹴り!凄絶な勢いでツキは地面に叩き落とされる───!!
ズガン!!
砂埃を辺りに撒き散らし、途轍もない衝撃で着地した───!!
そのスキを逃さずヴァンキッシュの追撃が来る!!折れた刀を投げ捨て、ツキの腹に強烈な蹴りをドゴッ!!と捻じ込んで着地!
「ガハッ───!」
衝撃で口から血を吐き出したツキ!
鈍痛が身体を駆け巡り末端が痺れて上手く動かない。しかし彼女は諦めなかった。
仰向けのまま血塗れの口でヴァンキッシュの足に噛みつこうとする!その顔を、ドガッ!ヴァンキッシュは踏ん付けた。
「歯応えはあるが───弱いな、下界人」
踏ん付けたツキの顔を見下しながら言う。
ツキはモゴモゴと何かを訴えている。恐らくは罵倒だろうが……。
「───得物を切らした。灰の娘の完全な無力化にあたり、レベル3の武装使用を申請」
ピピッと背中の太刀が音を出す。
奇妙な形のその太刀は、黒い刃と赤白い双槍のような部分に分かれており、合わせてみれば刀身の幅が異様に広い大振りな剣であった。
自動拳銃を再度胸のホルスターに仕舞い込む。
「申請承諾を確認。実行」
刀身の剥き出しになっている太刀をスルリと背中の留め具から引き抜いて、左手で構える。
黒い刃の切っ先をツキの喉元に向けた。
「───さようなら、灰の娘」
ドスッ。
今の音は……?
ヴァンキッシュが振り返ると、何かが地面に転がっていた。
これは、“石のプレート”?
再度石のプレートが飛んできて、今度はヴァンキッシュに当たりそうになった。太刀を途端に煌めかせ、飛んできたそれをギャイン!!と真っ二つにする。
なんだ?今のは。
すると……。
「あの……!!」
「……ええと!あー、弱いものイジメ!ダメ、絶対……すよ。ハイ……」
声を振り絞って呼びかけたのは、冬崎アカゲだった……。
「───?」
「あー、アハハ……」
狼狽えるアカゲ、苦笑いをして動揺を隠しつつも隠れていない動揺が窺える。アカゲは焦っている。この一瞬のような戦闘の間、彼はずっと考えていた。
「オレは、わかんねーけど……。一体、何がなんだか」
「アンタら、が。どうしてオレに拘るのか……。でも」
胸に掛けたカメラをそっと撫でた。
「ツキが殺されるのを見ていることしかできないのは、ダメだ」
覚悟決めろ、冬崎アカゲ。
デカいイノシシの時、戦士になったばかりだ。たとえ無力に見えても、できることがあるはず。何かしら。
「必要な事だ、冬崎アカゲ」
「───殺さなければ、我はお前を保護することができない」
ヴァンキッシュは静かにそう言う。
「そんなに大事なんすね!このオレが!」
「……ですがねオレは、そこで踏ん付けられてる“野良犬”の方が、よっぽど大事なんですよ───!!」
そう言って冬崎アカゲは途端に走り出した!一体どこへ?
答えはすぐ見えた!
彼の走る方、ツキが弾き飛ばした一本目の刀が地面に突き刺さっている!!
「その暴力娘殺すんだったら!オレは死にますよぉぉおおおおおお!!」
スピードこそ彼らに見劣りするが、なかなか凄い勢いだ!
アカゲの猛進は止まらない!
パッと急に慌てた表情になるヴァンキッシュ!!
「待て!」
ヴァンキッシュはツキを置いて風を切り駆け出した!!
ぐったりと横になったまま呟くツキ。
「……おせっかい……空気読めない……役立たず……足手まとい……マジでキモい……マジで……」
「───バカ」
突き刺さった刀を抜いて自死を図ろうと迷わず走り行くアカゲ!
「待て!それは───!」
「うおおおおおおおおおおお」
刀に到達!グッと力を込めて、握る!!
引き抜こうとするが、思いのほか固く突き刺さっていて抜けない───!!
そこへヴァンキッシュが颯爽と駆けつけ「危ない!」と叫んで冬崎アカゲを傍らに抱え跳び抜ける……!!
ピ。電子音が鳴った。
ドカ───ン!!
「!?」
刀を中心に爆発が起こり!!爆風はヴァンキッシュのコートの裾を焦がしながら勢いよく吹き抜けた───!!
砂煙が大きく舞い上がって、辺り一面は途端に視界不良に陥る。
「な、何が起こった───?」
アカゲは困惑と動揺を隠し切れず、スタ。と着地したヴァンキッシュに尋ねた。
ヴァンキッシュは冬崎アカゲを下ろし、その場に立たせ、怪我がないかをチェックした後答えた。
「あの刀は、我以外の人間が柄を握れば、“爆破装置”が作動する。あのように」
と後方を振り返ったが、もはや砂煙で何も見えない。ただでさえ辺りは暗いというのに……。
「何より、無事でよかった」
ヴァンキッシュは言う。
アカゲは、微妙な顔をしながら見つめていた。暗い夜に巻き起こる砂煙の壁を……。
そう。
そして、上空から砂煙を纏って長火鉢ツキが飛び出した。
「そいつは、私の、バディ、だああああああああ!!」
咄嗟に臨戦体勢を取るヴァンキッシュ!大振りなその太刀を胸の前に構え、降ってくるツキに備える!!
ギィイイイイイイイイイン!!
二人の刃はぶつかり合い!ツキは空中から捻じ込むように思いっきり力を込めた!!
ギギ、ガリガリガリ………ガキリ、ギギ。
「!」
ヴァンキッシュが驚いた顔をする。
見れば、ヴァンキッシュの太刀の刃が、この一撃でボロボロと欠けている。
ガギャン!!
ヴァンキッシュは太刀の物量でツキを一気に押し返し、距離をとった。
「───その刃……」
訝しげな表情のヴァンキッシュ。
いつの間にか遠くに下がって見ていたアカゲも、実は不審に思う。先程からあの定規……ただの金属製定規にしては、あまりにも硬く丈夫すぎる。
「……“ソマリ鋼”か?」
「知るかっつーの!!」
ギャン!!駆け抜けて近づき刃を振り下ろす!!
だがスキが大きくてヴァンキッシュには躱されてしまう!!
太刀を逆手に持ち替えてヴァンキッシュはツキの胴を斬り伏せる……!!
が、バッと上へ飛び抜けたツキはそれを軽やかに躱す。
「甘い」
ヴァンキッシュはそう言い放ち剣撃の後の勢いを解き放ってそのまま後ろ蹴りをツキの顔面にガツンとヒットさせた───!!
ツキは後方にぶっ飛ぶ。
ズガガガガガガガガ、地面を擦りスライドしながら体勢を整えるツキ。休む間もなくまた走り出した!!
ヴァンキッシュ目掛け凄まじい瞬発力で駆け抜けてくるツキ!!
「家、返せぇぇえええええッ!!」
途轍もない剣幕だ!!瞬時にズァッと跳び上がり、上空から再度攻撃する!!
「二度目はない」
「知るか───ッ!!」
定規を、振り下ろす!!
ヴァンキッシュは変わらず太刀で受けようとする!!
待ってましたと言わんばかりのツキ、左足を定規に乗っけて刃を押し込むように渾身の力で捻じ蹴る───!!
「!」
ズギャ!!鈍く鋭い音がしてガキガキとヴァンキッシュの太刀は削れていき、遂にヒビが───!
ガギャリ!ヒビが入る前にヴァンキッシュは跳び退いて太刀を伏せた。
そのスキを見逃さない!!ツキの猛追!!
バッと素早く距離を詰めて渾身の蹴りを顔面に───!!
ガッ!
「!?」
太刀を地面に置いたヴァンキッシュは、眼前に来たツキの蹴りを左手で受け止めていた。
グッ、グッ、動かそうにも動かせずガッチリと足首を掴まれている。とんでもない握力だ。
「二度目はない、そう言った筈だ」
そうヴァンキッシュは言い、グアッとツキを上空に放り投げた───!!
「───やば」
ツキが己の運命を悟る頃にはもう遅く、瞬時に抜かれた自動拳銃はヴァンキッシュの右手にあった。
バキュ───ン!!
上空を見据えて放たれたその弾丸は、見事にツキの左胸を撃ち抜き。
血飛沫は美しく雨を散らした。
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